理学療法士として、効果につなげる評価をしよう
公開日:2018.08.20 更新日:2023.03.14
文:福辺 節子
理学療法士/医科学修士/介護支援専門員
前回の「セラピストの評価の効率的な進め方」では、以下の2つが重要なポイントであることをお伝えしました。
1.対象者の主訴からダイレクトに目標設定をする
「目標の設定」が、さまざまな検査・評価の後では遅すぎます。
対象者の主訴の実現が私たちの責務です。そのためには、単に対象者の機能を上げる従来の医療型モデルのリハビリテーションだけではなく、さまざまな環境を利用して必要なサポートを提供する能力が要求されます。
2.目的を持って評価する
必要だろうと思われる検査を漠然とする評価は、時間や労力の無駄使いです。目標達成のために必要な評価、アプローチにつながる評価だけを選択しましょう。
さて、今回は実際に評価を行うときに、どのように考えてどんな評価を選択し、施行するかを考えましょう。
例えば、前回のケースにあったように、「家に帰りたい」という対象者さんがおられたとします。この対象者さんが家に帰るためには、“車椅子からベッド、車椅子から椅子、車椅子から便座、などへの移乗が必要だ”とします。
セラピストはそれを可能にするアプローチを提案しなければなりません。そのためには、身体的な構造や機能評価、環境を評価し、現在の対象者の状況を把握することが重要です。
短期目標程度で実現できるならば、環境はあまり考慮しなくてもよいかもしれませんが、中期、長期にわたる目標となるならば、対象者の機能を上げなくても目標を達成するために、環境にもアプローチする必要性が出てきます。
このように、全ての検査項目を漠然と施行するのではなく、まずは“車椅子からベッド、車椅子から椅子、車椅子から便座、などへの移乗”に必要な評価を行います。
仔細な評価のためにどの検査を選ぶかの振り分けとして重要な能力が「動作観察」です。
具体的な動作観察の方法
それでは、具体的な場面で考えてみましょう。
ベッドの端に腰掛けているAさんに「お食事に行きませんか?」と声をかけたとしましょう。Aさんはこちらを向いて頷き、少し身体を前に傾けて、足を引くような仕草が見られましたが、実際にはほとんど足は動きませんでした。
さて、Aさんはどんなことができているでしょう?
このシチュエーションだけから想像できることに限定して、考えてみてください。
<座位保持能力>
まずはベッドの端に腰掛けている、ということなので、背もたれなどがなくても座位を保持する能力があると考えます。
端座位保持するための能力として、頭部、頚部、肩甲帯、体幹、骨盤周辺、上肢、下肢に必要な筋力があるのだろうと想定されますが、必ずしも多くの筋力が必要ではありません。ある動作が遂行できなくなる原因で筋力低下は1~2割です。ただし関節可動域は必須です。特に股関節の屈曲は確保できなければ座位は不可能です。その他、座位保持のためには、痛みや恐怖心がないこと、バランス感覚がよいこと、精神的に落ち着いていること、などの能力が必要です。
この場面で必要なバランス感覚は、座位保持に必要な静的バランスだけではありません。こちらを向く、頷く、身体を前傾する、足を手前に引く動きなど、バランスを乱す状況の中で座位を保持できているので、これらに必要なバランスをとるを有していると判断します。
<聴覚/視覚><高次脳機能・認知能力>
次に、こちらを向いて頷き、その後に適切な動きをされたので、耳が聞こえる、言語が理解できる、目が見える、見たことを理解できる、人の顔を識別できるなどの、認知や高次脳機能の大きな障害もなさそうだと想像できます。
音が聞こえるかどうかは“聴力”です。○Hz~○Hzでこんな音色の音は「人の声だ」と判断するのは“認知能力”です。「何歳くらいの男性か女性か、誰の声か」と判断するのも“記憶”と結びついた“認知能力”です。
<言語能力><認知能力>
「日本語だ」と判断し、「食事」「行く」という単語の意味がわかる。「行きませんか?」が疑問形で依頼なのだとわかる。「お食事に行きませんか?」というセンテンスの意味がわかる。これらは“言語能力”です。
頷くのは、言語能力ではありませんが、ノンバーバルなコミュニケーション能力です。Aさんは、適切な場面で、頷く能力を持っています。
難聴、失語症(感覚性・運動性)、失語以外の高次脳機能障害、いわゆる認知症などの対象者も日常のやり取りの中で、振り分けできる能力が必要です。
これは聴力だけでなく他の知覚に関しても同様ですし、失語だけでなく、失認、失行に関しても、日常の関わりの中で選択できる能力が必要となります。
<動作遂行能力>
少し身体を前に傾けて、足を引くような格好をしたということなので、食事に行くための動きの順序や方法をプログラミングする能力を持っているのでは、と考えます。
言語から動作の“イメージ”を作り、「声かけした人に協力しよう」「食事に行こう」と判断する。食事に行くためには、歩く、あるいは車椅子での移動が必要で、そのためには立つか車椅子へ移乗しないといけない。身体を前傾させ足を引く動作は、立位や車椅子移乗のためにすべき最初の動きなのです。
このように、Aさんは実にたくさんの能力を持っていることに気づいたと思います。一人で立つことができる、車椅子に移ることができる、という行為の結果だけに注目するならば、Aさんは何もできない人になってしまいますが、動き出すまでにもこんなにたくさんの能力を使っています。
詳細な評価は、問題点を提示するために必要なのではなく、その対象者さんができることを探し、その人の願いを叶えるために私たちができるサポートを選択するために必要なのです。動作観察で対象者の能力や現状の予想を立てるにあたり、それらの裏付けや、より仔細で正確な評価のために、必要な検査を選択し施行していきましょう。
福辺 節子 (ふくべ せつこ)
理学療法士・医科学修士・介護支援専門員
一般社会法人白新会 Natural being代表理事
新潟医療福祉大学 非常勤講師
八尾市立障害者総合福祉センター 理事
厚生労働省老健局 参与(介護ロボット開発・普及担当)
一般社団法人 ヘルスケア人材教育協会 理事
大学在学中に事故により左下肢を切断、義足となる。その後、理学療法士の資格を取り、92年よりフリーの理学療法士として地域リハ活動をスタート。「障がいのために訓練や介助がやりにくいと思ったことは一度もない。介護に力は必要ない」が持論。現在、看護・介護・医療職などの専門職に加え、家族など一般の人も対象とした「もう一歩踏み出すための介助セミナー」を各地で開催。講習会・講演会のほか、施設や家庭での介助・リハビリテーション指導も行っている。
<著書>
イラスト・写真でよくわかる 力の要らない介助術/ナツメ社(2020)
生きる力を引き出す!福辺流 奇跡の介助/海竜社(2020)
マンガでわかる 無理をしない介護/誠文堂新光社(2019)
福辺流力と意欲を引き出す介助術/中央法規出版(2017)
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