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義足の理学療法士福辺節子さんの笑顔義足の理学療法士福辺節子さんの笑顔

第5回セラピストの評価において最も重要なこと―「意欲のない人」をどうするか

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病院や施設でセラピストや看護・介護職から、「患者さんが口では●●したいと言っているのに、リハビリをしようとしない」「本当に良くなりたいと思っているのかわからない」といった、対象者に対する評価や相談を受けることがあります。そういった対象者に対して、どう考え、どのように対応すればよいのでしょうか。
学生時代の私は、実習レポートで、対象者の問題点として「意欲がない」と挙げたことがあります。すると、普段は優しい担当の教師から「『対象者の意欲がない』は、『私は無能です。患者さんの問題を解決する能力がありません』と言っているのと同じだ」と、厳しく叱られたのを今でも覚えています。
 

対象者の主訴を探る

アセスメントとは、「この人はどんな人なのだろうか?」とその人に興味を持って理解しようとすることです。その中でもまず一番に考えなければいけないことは、相手の人が何を望んでいるかです。
「認知症だから本人は何も考えてない」ことは決してありません。誰でも、こうなりたいという願いがあります。必ずしも表面化、言語化されているとは限らないし、本人の言葉がストレートにその願いを表しているとも限りません。「放っておいて」「このままでいい」「バカ」など、時には全く正反対の言動がみられることもありますし、あるいは本人でもわからない無意識の望みがあるかもしれません。
例えば、高位の脊髄損傷で受傷し、年数も経て大きな回復は望めないAさんが「歩きたいし、もう一度走ってみたい。いつかパラリンピックにも出場するんだ」と言ったとします。しかし、「わかりました。願えば望みは叶います。一緒にやってみましょう」と言って、歩行の実現のためにセラピーを始めるセラピストはまずいないでしょう。では、セラピストはどんな対応をすればよいのでしょうか。

「歩きたい。走りたい」と言い出した今のAさんに対して、「車椅子でもやれることはいっぱいありますよ。歩けなくても人間としての価値は少しも変わらないのですよ」という説得は無意味です。「歩きたい。走りたい」と言ったAさんの真意は何なのでしょうか?
もっと認めて欲しい。もっとできることがあるはずだ。自由になりたい。独立したい。自立したい。もっと関わって欲しい。――考えられる限り想像してください
もしかすると、本人も気づいていない心の奥の思いがあるのかもしれません。表面的な言葉の意味だけでなく、対象者の心の奥に潜む、真の想いや望みを探ってみてください。ずっと探り続けて、その望みに対して対応してください。失敗しても構いません。本気であなたが対象者に臨むなら、対象者に伝わります。対象者とあなたとの信頼関係を築くことができれば、きっと対象者は動き始めてくれるはずです。


表面的な主訴と真の主訴

また、あるいは「歩けるようになりたい」と言った高齢のBさんがいます。その言葉の真意は何なのか?
家に帰りたい。家で暮らしたい。買い物に行きたい。旅行に行きたい。お墓参りに行きたい。昔暮らしていた場所に行ってみたい。今はオムツだけれど、トイレで排泄したい。
これらは歩けなくても、車イスで環境を整えさえすれば実現できることです。では、歩けなくても車イスで実現すれば満足してもらえるのか? それとも、やはり歩いていかなければ満足してもらえないのか? Bさんの真の望みはどこにあるのでしょうか?

実際に最近あった事例です。グループホームに入所しているCさんは「歩けるようになりたい。ここでは歩く練習ができないので、歩く練習のできる病院に行きたい」と訴えられていました。Cさんは膝の屈曲拘縮があり、90度程度しか膝は伸展できないので、完全な立位はとれません。グループホームのスタッフたちが立位練習をしてくれていたのですが、重心が後方に残ったままで、あまり役に立っていないようでした。私は両足底位重心がくるような立位練習をスタッフに伝えました。また、膝から足部にかけての浮腫も強く、伸展だけでなく屈曲方向にも、足関節にも運動制限がありました。立位で荷重しての運動は難しそうなので、車イスで足漕ぎをしていただくことにしました。ポジショニングも併せてお願いしました。
 

「歩きたい」Cさんの真の望みは?

もともとのスタッフからの要望は、「現在Cさんのトイレ介助を3人でしているので、なんとか一人でできないか?」というものでした。そこで、車イスの位置、手すりとの相関的な位置、足底に重心がかかる立位をCさんに取ってもらうこと、便座に移った後、もう一度立ち直してから下着の脱着をするなど、介助の方法をスタッフと確認し、スタッフ一人でもトイレ介助ができるように練習をしました。
そして1カ月後、Cさんは膝の浮腫と動きの改善、足漕ぎでの車イスの移動の自立などが可能になり、トイレ介助も一人で定着したようでした。

以前は介助者が3人必要なので、Cさんからトイレの訴えがあっても、スタッフが揃うまでいつも待っていてもらっていました。しかし現在はCさんがトイレに行きたいとスタッフに合図を送り、自分で車イスを漕いでトイレまで行きます。スタッフは便座までの移乗を介助し……というように変わっていました。また、Cさんは足漕ぎで自室に戻ったり、自由に室内を移動できるようになっていました。
Cさんとお話をしたのですが、あれほど「歩きたい」という希望が強かったCさんからはもう、「歩きたい」という言葉は一言も出てきませんでした。Cさんの本当の望みは「歩きたい」ではなく、「自由に動きたい」、「トイレに行きたい時にサッと行けるようになりたい」だったのかもしれません。
 

何でもできる寝たきりのDさん

最後に、私が訪問リハを初めて間もない頃のケースをご紹介します。
ほぼ寝たきりという60代の片マヒの女性Dさんの訪問を依頼されました。伺うとDさんはご主人に介護されてベッドの上で1日を過ごされていました。ところがリハビリを始めてみると、とてもレベルがよいのです。坐位や立位練習の必要はなく、その気になれば家事も可能な身体レベルです。にもかかわらず、起き上がりや車イスへの移乗、トイレや入浴、更衣まで全てご主人の介護で生活されていました。
私は、Dさんに対しては少し練習すればほとんどご自分でできること、ご主人にはこれまでのように助けなくてもDさんが何でもできること、やりすぎると能力が落ちてしまうことを伝え、自立への練習を始めました。
結果は、数回の訪問の後、訪問を断られました。私の30年近い訪問リハ歴で断られた唯一の経験です。私は何故断られたのでしょうか
高度経済成長期の昭和40年~50年当時、今では死語かもしれませんが「企業戦士」という言葉がありました。このご主人がまさしくそれで、いつでも仕事が最優先。Dさんはご主人の定年が来たら一緒に旅行にいくことを唯一の楽しみに、寂しい思いでずっと過ごして来られ、これからという時にご自分が倒れられたのです。
Dさんはご自分を介護してもらうことで、ご主人を繋ぎとめようとしておられたようです。今、自分がよくなってしまうと、ご主人はまたDさんを構わずに一人でどこかに行ってしまわれるように思っておられました。
Dさんは自分が自立しては困るわけで、それをさせようとする私の働きかけはとんでもないことでした。もちろんDさんが意識してされたことではなく、無意識のうちのことですが。
では、Dさんに自ら動いてもらうようにするためには私はどうすればよかったのでしょう。Dさんにご自分が何かできるようになっても、決してご主人が以前のように離れてしまわないことを伝え、一つひとつ確認しながら、リハを進めていくべきだったのです。
貴重な経験でした。対象者は様々なことを私たちに教えてくれます。

その人の真意がわからなければ、願いを叶えたことにはなりません。対象者の究極の望みは叶わなくても、こちらの働きかけに対して対象者が納得してくれる頃には、とてもいい関係が作れているはずです。

>>訪問リハビリまるわかりガイドを見てみる

福辺 節子

福辺 節子 (ふくべ せつこ)

理学療法士・医科学修士・介護支援専門員
一般社会法人白新会 Natural being代表理事
新潟医療福祉大学 非常勤講師
八尾市立障害者総合福祉センター 理事
厚生労働省老健局 参与(介護ロボット開発・普及担当)
一般社団法人 ヘルスケア人材教育協会 理事

大学在学中に事故により左下肢を切断、義足となる。その後、理学療法士の資格を取り、92年よりフリーの理学療法士として地域リハ活動をスタート。「障がいのために訓練や介助がやりにくいと思ったことは一度もない。介護に力は必要ない」が持論。現在、看護・介護・医療職などの専門職に加え、家族など一般の人も対象とした「もう一歩踏み出すための介助セミナー」を各地で開催。講習会・講演会のほか、施設や家庭での介助・リハビリテーション指導も行っている。

2017年8月に中央法規出版から新著「福辺流力と意欲を引き出す介助術」を出版


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