第55回言語聴覚療法における半側空間無視への対応
公開日:2022.04.08
文:近藤 晴彦
東京都言語聴覚士会 理事 広報局局長
今回取り上げる過去問は「半側空間無視」です。脳血管障害では、右半球に広範囲な損傷を負うと、左半側空間無視を認める頻度が高く、日常の言語聴覚士の臨床では半側空間無視の患者さんとお会いする機会も多々あります。
臨床場面では机上の検査結果をどう解釈するかも重要
半側空間無視の方に対し、実際の臨床場面では机上の検査を実施することは多いと思いますが、検査結果をどのように解釈し介入していくのか迷うこともあるのではないでしょうか。
そこで今回は、実際の臨床場面における半側空間無視への対応について紹介していきます。
《問題》左半側空間無視の症状でないのはどれか
【言語聴覚士】第21回 63問
左半側空間無視の症状でないのはどれか。
<選択肢>
- 1.左側から声をかけても右を向け続ける
- 2.トレイの左側にあるおかずを残す
- 3.左手の麻痺を否定する
- 4.右にばかり曲がり、迷う
- 5.車椅子の左側のブレーキをかけ忘れる
解答と解説
正解:3.左手の麻痺を否定する
実務での活かし方
それでは、実際の臨床では「半側空間無視への対応」について、どのように考え、どのように介入していくのか、解説しましょう。
(1)半側空間無視の症状
まずは、半側空間無視の症状について押さえていきましょう。
半側空間無視は、高次脳機能障害のなかでは「視空間認知の障害」に分類されます。
視空間認知には、左右視野に視覚性注意を等分に向ける能力、自己を空間内にする能力、空間内に定位した対象に手を伸ばして到達する能力などが含まれます。
半側空間無視とは、大脳半球損傷測と反対側に提示された刺激を発見し、その刺激に反応して、その場所を定位することの障害であり、視空間認知障害の代表的な障害と考えられています。
半側空間無視には、右半球損傷での「左半側空間無視」と左半球損傷での「右半側空間無視」がありますが、症状は左半側空間無視の方が出現しやすいです。これは、左右半球の空間性注意には機能差があり、空間性注意は右半球に優位性があることが原因であると考えられています。
(2)半側空間無視の評価と介入
それでは、実際の臨床では、半側空間無視の方に対しどのように介入にしていくのでしょうか。評価と介入について解説していきます。
①半側空間無視の検査
行動所見やスクリーング検査で半側空間無視が疑われる場合には、鑑別診断検査を実施します。半側空間無視の鑑別診断検査としては、標準化された包括的な検査である「BIT行動性無視検査」を実施することが多いです。
②合併する症状の評価
左半側空間無視は、右半球の広範囲な損傷で出現するため、他の高次脳機能障害を合併することがあります。左半側空間無視に合併する可能性のある高次脳機能障害には、病態失認、感情と情動の障害、右半球損傷に伴うコミュニケーション障害などがあり、これらの症状の有無や重症度を評価することが重要です。
また、広範な病巣であることから、知的機能の低下を認めることがあり、MMSEなどの知的機能の評価を実施することも必要になります。
知的機能の検査については、次の記事で詳しく解説しています。
失語症の方への知的機能の評価:RCPMとコース立方体組み合わせ検査
③行動評価
半側空間無視の症状は、日常生活にも影響を及ぼすため、机上の検査のみならず行動評価を実施することが重要です。
・左側の声かけに対し顔を向けることをしない
・左側に置いたものを見つけられない
・食事の際に左側の皿を見つけられない
・車いすの左側のブレーキをかけ忘れる
・左側にぶつかる
・左側の部屋を見つけられない
・左折ができない
④半側空間無視への介入
半側空間無視への介入では、BITなどの机上の検査結果と行動評価を組み合わせて評価し、介入していくことが重要です。
具体的には、机上の介入場面で左空間への視覚探索において目印などの手段が有効であるならば、日常生活にも応用していきます。しかし、病態失認など他の高次脳機能障害や知的機能の低下を認める場合には、目印などの手段が有効ではない場合があるので注意が必要です。
また、机上訓練のみならず移動や移乗、食事動作など日常生活への介入を行うため関連職種と連携し介入していくことが重要です。
まとめ
半側空間無視について、実際の臨床場面での評価や介入を中心に解説しました。
半側空間無視の評価は、BITなどの机上の検査結果と行動評価を組み合わせて解釈していくことが重要になります。また、机上での介入だけでなく関連職種と連携し日常生活への介入を行っていくことが重要です。
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出典・参照
藤田郁代ら.標準言語聴覚障害学 失語症学.医学書院,2021

近藤 晴彦(こんどう はるひこ)
東京都言語聴覚士会 理事 広報局局長
国際医療福祉大学大学院 修士課程修了。
回復期リハビリテーション病院に勤務する言語聴覚士。
東京都言語聴覚士会
http://st-toshikai.org/
東京都におけるすべての言語聴覚士が本会に入会され、自己研鑽に励み、地域社会に貢献することを目指し、活動中。
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