身体障害者福祉センター勤務から訪問リハビリテーションへ
公開日:2018.10.05 更新日:2021.04.07
文:福辺 節子
理学療法士/医科学修士/介護支援専門員
前回まで少し寄り道になりましたが、セラピストにとってのリハビリテーション、自立、ICF、障害、アセスメントについて説明しました。本筋に戻して、私の身体障害者福祉センターでの勤務から訪問リハビリテーションを始めた経緯をお話ししたいと思います。
リハビリ 維持期と回復期の違い
「担当している利用者さんが少しも変わってくれない。リハの方法が間違っているのだろうか。」訪問のセラピストや看護師から相談を受けることがあります。答えはYESでありNOでもあります。
対象者が10の能力があるのにもかかわらず、普段の生活のなかで5のレベルのことしかできていないのなら、サポート側の責任です。
でも、すでに10の能力を出し切っている対象者が変わらない場合は、対象者を何年も同じレベルに維持できているので、優秀なサポートをしているといえるでしょう。元気なお年寄りでさえ能力が低下していくなか、同レベルに維持できているということは、相対的にみれば機能が向上しているといってもよいからです。
維持期の対象者の機能的なランクを目に見える程向上させるためには、回復期の患者の10倍も20倍もの力が必要になります。特別な理由がない限り、この時期にそれだけの努力をする必要があるとは思えません。時間・お金・体力・労力どれをとっても、犠牲にするものがあまりにも多すぎます。私が、理学療法士として初めての職場である身体障害者福祉センターで最初に学んだのは、「急性期や回復期の理学療法をそのまま維持期に当てはめることはできない」ということでした。
在宅でやっていること、できること
他にも、講義でも実習でも習わなかったことで、気になったことがありました。
利用者さんが入院中にできるようになったことを、在宅ではやっていないのではないだろうか、という疑問でした。利用者さんができるはずのことを、付いてこられたご家族がほぼされてしまうからです。
車椅子からプラットホームに移ってもらう一連の動作、立ち上がる、座る、靴(下肢装具)を脱ぐ、坐位保持、横になる……。当然、杖歩行のレベルの方ならほぼ自立しているはずです。ところが、センターで利用者さんにベッドに移っていただくようにお願いすると、家族の方がすべて介助してしまいます。ベッドから起き上がって歩行訓練をしていただこうとしても同様です。家族の方に手伝われて起き上がり、靴を履かせてもらい、立ち上がりを介助され、家族から杖をわたされて、「さあ、歩きましょう」になるのです。
PTの視点では車椅子の操作、靴や装具の脱着、起居動作などは、歩行と同様に重要です。ところが、利用者さんやご家族にとっては歩行練習だけが「リハビリ」なのです。それ以外はそれほど重要でない、動作介助したほうが効率の良い作業と思われているようでした。
「家ではご自分でしていますか?」とご本人や家族の方に尋ねても、すっきりした答えは返ってきません。
「退院してしばらくは自分でやってたんだけど……」「介護者は私一人なので手をかけてられないし」「家は狭いし、段差もあるし」「時間がかかるので」「待ってられなくて」「ついつい……」
どうやら、ご本人がやっているのではなさそうです。食事、更衣、整容などのADLも、主体は本人から介助者に移動してしまっているようでした。センターで更衣、整容、トイレ動作などを実際に指導しても、生活自体には変化はありませんでした。
まるで、痒いところに手が届かないようなもどかしさを感じました。最近はICFでも「能力」と「実行状況」を区別しているので、医療の現場でも注目されるようになってきましたが、当時では維持期や在宅でさえも、「できるADL」と「しているADL」の違いは重要視されていませんでした。
利用者さんのリハビリ状態を見るため、家に行きたい
「家でどうしているのだろう。利用者さんの家に行って実際に見てみたい!」
ふと浮かんだ思いは私の中でどんどん膨らんできました。
「センターに来ていない日はどうやって過ごしているのだろう…」
介護保険がない時代のことですから、デイケアやデイサービスもありません。何時に起きるのか? パジャマから着替えるのか? 歯磨きは? 洗顔は? 食事はどこで? 歩いてトイレに行っているのでしょうか? ポータブル? まさかオシメ? お風呂は? 一日中ベッドで過ごしているなどということはないよね。利用者さんの1週間のスケジュール、1日のタイムテーブルはその方の活動レベルを知る上で重要です。
「家族との関係は」
夫婦で会話はあるのかしら。親子でどんな話をしているのでしょう。嫁と舅・姑の仲はどうなのでしょう。孫はときどき来てくれるのでしょうか? 息子夫婦と同居していても、顔も会わさず、1日中口を聞かない家族もあります。「息子も嫁も全く手伝ってくれない」「孫が少しも寄りつかない」とセンターで涙ながらに話される家族の方も少なくありませんでした。
反対に、障害を持ちながらも独りで凛として生活されている方や、周囲に助けられながらでも楽しく毎日を送っておられる方もいます。家族や周囲との関係がわかれば、その方のこれまでの生き方がわかります。活動のレベルと同じくらい、その方と周囲の方の人生や障害に対する思いや考えかたがわかります。
「どんな家に住んでいるの」
トイレは? 寝室は? 言葉でどれだけ説明を受けても、絵を描いたり写真を見たり、細かく質問してもやはり現実との差があります。訪問して見せていただいた利用者さんの家が、事前に思い描いた通りだったためしがありません。広さや配置だけでなく、素材や明るさ、その家の持っている雰囲気でイメージは大きく変わります。一度見た場所ならイメージしながらADLや介助の指導は可能ですが、一度も現場を見ないでADLの指導などをやってしまうと、とんでもないことをしてしまいます。
訪問リハビリテーションの目的は、病院に来にくい方を家で訓練するというだけではありません。利用者さんのお宅を訪問して初めてわかることや可能になることがたくさんあるのです。病院でPT・OTが指導していたことが生活の場では活かされていない、私たちが学校でならってきた理学療法はいったい何だったのだろう、これは大きな衝撃でした。
レクリエーションに機能訓練が負けた!
身体障害者福祉センター時代に、ショックを受けたことがもうひとつあります。センターを開所してしばらくすると、希望者も増え、ある程度の期間訓練した人は集団のスポーツや体操・レクレーションにまわってもらおうということになりました。いまでは当たりまえですが、当時としてはちょっと進んだ取り組み方だったといえます。
当時、維持期のリハビリテーションの知識もなく現場に出ていったPT1年生の私は、きちんとした機能訓練をすること、が至上であるように思いこんでいました。ましてや、センターに来られた方はリハビリをしたいと望んで来られた方です。一度集団にまわっても、またすぐに訓練をしたいと帰ってくる人がきっと出てくると考えていました。ところが、1カ月たっても2カ月たっても誰ひとり「もう一回リハビリをしたい」とは言ってこないのです。集団にまわった利用者さんに「どう、もう一回訓練しない?」と尋ねても、「まあ、もうちょっと」と断られてしまいます。すごくショックでした。レクリエーションごときに理学療法が負けるなんて!
しかし、利用者さんと一緒にレクリエーションに入ったり手芸などを手伝い始めると、これがおもしろいのです。
「ああ、厳しい訓練なんて誰も受けたくないのよね。」
私が習ってきた、私の知っている理学療法はここでは通用しない、そのときはっきりと思い知らされました。
そうは言いながらも、維持期にどんな理学療法をすればいいのか、どうすれば人が変わってくれるのかは予想もつきません。「このままセンターのなかで急性期の理学療法のまねごとをしていても、手がかりは掴めない。利用者さんの家に行くことから何かが掴めるのではないか」、と考えました。当時は訪問することの意味もよくわからなかったのですが、「利用者さんの家に行きたい」。私のなかでこの思いがどんどん膨らんでいったのです。
「利用者さんの家に行って、どんな生活をされているのか、住宅の様子も知りたい。センターではできないADLの指導などを現場でやりたい。ケガや病気で寝たきりになってセンターに来られなくなった利用者さんを、起こしに行きたい。」
私は所属している市の障害福祉課に訴えました。しかし、当時は「それは障害福祉課の仕事と違う。もし、訪問なんかに行って事故でも起こしたら誰が責任を取るのか。センターに来る人だけ訓練して入ればいい」と一蹴されてしまいました。
6~7年経てば、高齢者や地域リハビリテーションに対する意識も変わり介護保険も始まるのですが、その数年を待つことができなかった私は「では、自分でやります」と、障害者福祉センターを飛び出したのです。
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