今、理学療法士が起業し地域活動するために必要なこと (2)
公開日:2018.11.05 更新日:2018.12.13
文:伊東浩樹 理学療法士・ NPO法人 地域医療連繋団体.Needs 代表理事
私は福岡県で理学療法士として活動、臨床現場で勤務していました。その後、地域包括ケアシステムと考え方が重なる「皆で支え合う地域医療の実現」を目指して、医師や看護師らを含めたメンバーでNPO法人を起業、従事しています。その1では、地域医療に関わるまでのきっかけを中心にお伝えしましたが、今回は、実際の活動のなかで見えてきた課題や具体的な事例についてご紹介します。
PTとして独立した後の地域活動の流れ
私たちの法人は福岡県北九州市を拠点として活動しており、設立したNPO法人は2018年7月で創立2周年になりました。病院勤務を続けながら設立し、病院を退職するまでは臨床と並行して運営していたため、NPO法人のみに専従したのは退職後の1年4カ月程度。実質的な実働期間としては走り出したばかりです。しかし、ここまでにもさまざまな課題がありました。
私は、NPOを創立するまで福岡市内を拠点としており、現在活動している北九州市には知り合いがいませんでした。知り合いゼロ、土地勘ゼロで本当に何もない状態からの活動スタートです。
地域活動を進めるにあたり、まず最初に出向いたのが、北九州市役所です。市内にあるNPO法人の概要を把握し、私たちの活動内容や方向性が競合にならないように確認し、同時に、市内にある団体や会社とコンタクトを取り、連携しながら、医療福祉を軸に地域活性化をしたいと考えての行動です。
さらに、行政を通じて私たちが考える今後の活動目的を一般に向けて伝える方法を探るためでした。何度となく足を運んでいたところ、ある日、市役所の方から申し出がありました。「一般に認知してもらうことで、医療福祉の問題を自分事としてとらえなければならないことに気づく良い機会になるかもしれない」と市役所側から地域の方の前で話をする機会を提供していただけたのです。その一言からつながった多くの人脈が現在の礎となり、その後の法人活動が円滑になった経緯があります。
多くの人と出会い、会話を重ねる中で気づいたのは、地域で活動するためには「その地域を自身の目で見て確かめる」ことが重要だということ。机上のプランだけを妄想するのではなく、実際に足を運び、地域住民と語り合い、すでに活動されている方々の意図を知ったうえで、足りない部分を私たちが補っていく……その繰り返しです。地道かもしれませんが、そうした会合を重ねるうちに、今、この地域で何をすべきなのかが明確になり、地域医療に必要な事業を展開できる流れが整ったように感じます。
法人としての指針ができあがるまでのやりとりは、理学療法士として患者さんと接しながら、どんな因子があってどう解決していくかという臨床での考え方をいかせた結果かもしれません。
理学療法士が関わる地域貢献事例紹介
では、私たちが具体的に実施している活動とはどんなものか、改めてご紹介します。
1.「出前授業」
ひとつめの事業は、教育機関や地域で必要とされている医療福祉の課題を提示してもらい、課題解決につながるようなスキルや知識を持った医療福祉のスタッフを配置して授業を実施するというものです。たとえば、中・高校生に対しては、「医療職がそれぞれどのような仕事をするのか」について伝えてほしいという要望があり、高齢者が多い地域では運動教室を開催してほしいといった要望があります。理学療法士としての臨床経験を活かす案件も多く、多職種の仲間と協同しながら作り上げている事業です。
2.「地域まるごと健康会議」
地域住民(参加者)と一緒に健康管理を考えながら、同時に自分たちの住む地域での医療環境に不足などはないかを検討する会議です。会議内容の一例としては、市外で行われている健康まちづくりの事例を紹介し、応用の可能性を考えたり、北九州市独自の取り組みができないかを話し合ったりする機会を設けました。参加者と医療資格者がひざを突き合わせて対話することで、地域住民を病院受診される患者さんとしてではなく1人の人間として尊重しあえる関係を築ければと願っています。同様に、地域住民にとっては医療は有資格者の専売特許ではなく誰もが「医療者」であるという意識を持ってもらい、地域医療をともに「自分事」として考えてもらうきっかけになるように進めています。
3. 「engawa(えんがわ)」
この事業はひと昔前まで一軒家に当たり前のように存在した「縁側」をモデルにして開催するものです。まるで縁側で和むような環境を作り、地域の人が集まり団欒するようなスポットや機会の提供を行っています。
具体的には、地元の大学生達と一緒に地域の商店街にある店舗やデイサービスなどから場所を借り、カフェを展開するというものです。地域住民同士が気軽に交流できる場の提供だけでなく、私たちも医療福祉の課題などを直接聞ける貴重な機会として、活発な意見交換を行う時間となっています。
その他、FMラジオの配信なども実施しておりますが、いずれも法人単体で実施するものではなく、すでに地域活動を進めていた病院や施設、企業をはじめ、他職種や地域住民と共に協同しているのが全ての事業の大きな特徴です。
セラピストとして地域活動に携わるために
私たちが実施している事業は、あくまでも一例です。地域活動といっても、場所によって求められるニーズが異なるケースもあるでしょうし、企画側にとってもそれぞれが思い描くPT、OT、STの像が違うことでしょう。広義では病院勤務も地域医療に関わるものであり、より地域に密着したデイサービスなどで活動をしている理学療法士も少なくありません。
今回のケースは、起業により地域活動に深くかかわりたいと考えた私たちの事例であり、場合によっては、休日を利用したり、兼業になったりして地域に関わることも可能でしょう。
これから地域医療に携わろうとする理学療法士の誰もがいきなり起業できる環境にあるわけではありません。だからこそ、最初の一歩として、まず自身の働いている病院や施設を基盤とし、地域と関われる方法を考えて所属長に打診したり、考えを打ち明け、プランを提案したりするところから始めてみましょう。今ある環境で出来ることを模索することで、新たな発見もあるかもしれません。とはいえ、今ある環境で地域に関わるような取り組みを実施することが困難なケースもあります。そんなときは、最終手段として地域活動できるような職場への転職もひとつの手です。
「他人事ではなく自分事としてとらえる」意識を持った地域医療を
私自身が地域活動をはじめることになったきっかけや、具体的な事業についてお伝えしてきましたが、上述したように、あくまでも一例です。人それぞれ得意分野があり、私たちが思いもよらないような方法で地域活動を始める人もいることでしょう。これまでにも地域で活動している理学療法士の先輩方は多く、まだまだ学ぶことがあり、今後さらに広い視野を持つ必要があることを日々実感しています。これからも、法人としての事業を発展させ地域の方々と更に連携しながら、「他人事ではなく自分事としてとらえる」意識をもった地域医療の発展に尽力していきます。同様の志を持つ仲間が、全国に広がっていくことを心から願っています。
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