うつ病の回復初期にある患者の作業療法のポイント
公開日:2023.02.01 更新日:2023.02.02
文:中山 奈保子
作業療法士(教育学修士)
うつ病を対象とした作業療法とは
気分障害のひとつである「うつ病」は、子どもから高齢者まで誰にでも発症する可能性がある疾患です。自殺者の多くに、その直前の状態にうつ病があるとも言われており、厚生労働省の自殺対策でもうつ病の対策が重要視されています。
うつ病を対象とした作業療法は、薬物療法や他の精神療法と並び、社会生活への復帰や再発予防等を目的に行われます。作業療法では、達成感を得られる作業活動のもとで体力や集中力、休息と活動のバランスを取り戻したり、集団のなかでものごとの捉え方や考え方の傾向を客観視したりするといった体験を通し、抑うつ症状の改善を図ります。
対象者の心の負担になるような場面を極力回避できるよう、作業内容や環境を調整しながら働きかけることが重要です。
作業療法士国家試験では、以下のような問題が出題されています。
《問題》うつ病における導入時の作業療法士の対応で最も適切なのはどれか
【作業療法士】第57回 午後 17
43歳の女性。うつ病。半年前に子どもが1人暮らしを始めてから気分が落ち込み、布団で寝たままでいることが増えた。家事を夫が行うようになると、「夫に迷惑をかけている自分は生きている価値がない」と口にするようになり、夫に連れられ精神科クリニックを受診した。服薬治療が開始され、症状が改善してきたため外来作業療法が処方された。
導入時の作業療法士の対応で最も適切なのはどれか。
<選択肢>
- 1. スケジュール表に従った参加を促す。
- 2. 枠組みのある構成的作業を導入する。
- 3. 患者が作製した作品について賞賛する。
- 4. 意欲の低下が認められても作業遂行を促す。
- 5. 体調とともに気分も改善するため心配ないと励ます。
解答と解説
正解:2
作業療法の導入時は、少しずつ作業療法の時間を延長できるよう、対象者の疲労度を適宜確認しながら進めます。心の負担になってしまったり、作業後に疲労感を残してしまったりするような関わりは避け、対象者のペースで進められるよう配慮するのが原則です。
したがって、「枠組みのある構成的作業」=「手順や仕上がりが明確で、簡単で単調な繰り返しがある作業」は、集中力を維持しやすく、安心感や満足感を得やすいため、この時期に行う作業として適切です。
他の選択肢は、いずれも心の負担になりやすい関わりです。
やっと離床して作業療法の時間を確保できるようになった対象者にスケジュール表に従った参加を促すのは、責任感や挫折感を与えてしまいがちです。
作品を賞賛するのは、対象者に過度な期待をかけてしまいかねません。完成までの経緯から、対象者自身の状態を客観的に振り返る機会にとどめるのがよいでしょう。
意欲の低下が認められても作業遂行を促すと、心身のエネルギーを余計に枯渇させてしまいます。あくまでも対象者のペースに沿って関わることが大切でしょう。
心配ないと励ますのは、心身のエネルギーを充足しようとしている段階には不適切。「がんばりたくてもがんばれない」という心理状態を追い込んでしまう恐れがあります。
臨床での活かし方
精神科領域の作業療法に限らず、身体障害、老年期障害、発達障害の領域でも、うつ病あるいは抑うつ状態が背景にある対象者、あるいはそのご家族がいらっしゃいます。
病気や障害を抱えることにより生活環境が一変し、さまざまな不安やストレスからうつ病を発症しやすい状態になっている方も少なくないかもしれません。意欲や集中力の低下など、なんらかの兆候がみられたら主治医に相談するのはもちろんのこと、対象者やその家族にとって心の負担になりにくい環境を整えられるよう工夫するとよいでしょう。
[出典・参照]
稲本俊,他:術後せん妄の発症状況とそれに対する看護ケアについての臨床的研究.京都大学医療技術短期大学部紀要,第21号,2001,11-23.

中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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