失語症? 老人性難聴? 高齢者のコミュニケーションについて
公開日:2018.01.22 更新日:2018.02.02
東京都言語聴覚士会所属の新家尚子です。急性期、回復期病院への勤務を経て、現在は訪問看護ステーションに勤務しています。
少子高齢人口減少社会において、意思疎通にハンディがある方のコミュニケーション環境を保障する役割の言語聴覚士にとって、高齢者のコミュニケーションの特徴を知ることは必要不可欠です。年を取ると共に走るのが遅くなったり、目が見えにくくなったり、肌にシミやしわができたりとさまざまな変化がありますが、耳が聞こえにくくなることも正常範囲の加齢変化として挙げることができます。今回は国家試験で繰り返し出題されている、「老人性(加齢性)難聴」をテーマにお話しします。
過去問題【言語聴覚士】
第16回 午前94
老人性難聴について正しいのはどれか
- 1. 低音の耳鳴を伴いやすい。
- 2. まれに顔面神経麻痺を生じる。
- 3. 大きな音を聞くと、めまいを生じる。
- 4. 聴力低下に比べて言葉の聞き取りの悪化の訴えが多い。
- 5. 時に騒音下で言葉の聞き取りが改善する現象がみられる。
解答
正解:4
■解説
老人性難聴が他の難聴と異なる特徴は、「高い音から聞こえが悪くなる」「両耳の聴力が同時に下がる」「音自体は聞き取れるが特に言語音の弁別が困難になる」の3点です。
音は蝸牛神経を通って大脳の聴覚野に伝えられますが、蝸牛とは文字の通りカタツムリの殻のような形をしていて、外側、入り口に近いところの細胞は周波数の高い音を拾い(感じ)、低い音ほど奥の方の細胞が拾う(感じる)仕組みになっています。そのため、すべての音が通過する外側の有毛細胞は内側の有毛細胞と比べると使用頻度が高く消耗されるのが早いため、周波数の高い音から聞こえにくくなるのです。
音自体は聞こえているため本人の自覚が乏しいことや、騒音下での会話がより困難なことから、本人だけでなく周囲の人もコミュニケーションの工夫や配慮が必要になります。聴力の変化は30代から始まり、75 歳以上の後期高齢者になると約 70%以上が難聴者であるとも言われています。大勢の人がいる場所での会話が不自由になることで、社会参加の機会が矮小化したり、耳からの情報が減少することにより脳機能の低下を招く可能性があります。そのため、早期に発見し対応することが大事です。
また、有毛細胞の劣化は動脈硬化によっても引き起こされるため、血流を良くする食生活を心掛け、大きな音や騒音によって有毛細胞を酷使しないなどの予防策を講じましょう。
実務での活かし方
急性期病院から「感覚性失語による聴覚的理解力低下をきたしている」との申し送りがあり、在宅復帰した70代男性のところに訪問リハビリにうかがうことになりました。確かに会話中聞き返しが多く、語音弁別が低下しています。しかし家族から理解力低下の訴えはなく、よくニュースを見ていて最新の社会情勢や政治の話題にも詳しく、訪問のたびにたくさん話題を提供してくださいます。
一人暮らしの方ですがオートロックの開錠が可能で、電話の使用も簡単な会話であれば可能でした。失語症によるものよりも老人性難聴による聴覚的理解力低下の要因が大きいと考え、耳鼻科の受診を勧め補聴器を作成したところ、本人からも「よく聞こえるようになった」との感想が聞かれ、会話中の聞き返しは激減しました。
ジャーゴンや錯語もあり失語症であることは間違いありませんが、聴覚的理解力の低下は失語症によるもの、と結論付けるにはやや短絡的でした。運動障害性構音障害と思っていたら方言が強い方だった、ということもあります。「病気ではなく人を診る」と言いますが、本人の背景を知ることでより適切な支援が可能になると思います。

新家 尚子
東京都言語聴覚士会 理事 保険局局長
大学を卒業後一般の企業で5年間社会人を経験した後専門学校に入学し、卒業後は急性期、回復期病院への勤務を経て、現在は訪問看護ステーションに勤務。
東京都言語聴覚士会
東京都におけるすべての言語聴覚士が本会に入会され、自己研鑽に励み、地域社会に貢献することを目指し、活動中。
活動内容や入会のお問い合わせはこちらから。
http://st-toshikai.org/
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