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イオン飲料(スポーツドリンク)飲みすぎによるビタミンB1欠乏症2019.05.22

セラピストプラス編集部からのコメント

一見身体にいい飲み物のイメージがあるイオン飲料(スポーツドリンクなど)、その飲みすぎが原因で、子どもたちがビタミンB1欠乏症になる例が日本全国で報告されています。この事実は保護者にもあまり知られていないといえるでしょう。
医療専門職によって、一般の方々に広くイオン飲料多飲の危険性を周知拡散して欲しいと、解説の愛知医科大学医学部小児科奥村彰久教授は提言しています。

イオン飲料多飲によるビタミンB1欠乏症

奥村彰久 (愛知医科大学医学部小児科教授)

▲わが国では近年,イオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症が繰り返し報告されている

▲イオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症は乳幼児に多く,その背景には養育環境の問題が高率で存在している

▲イオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症の新規発生を防ぐため,その危険性を広く周知する必要がある

1. イオン飲料多飲とビタミンB欠乏

栄養状態が良い先進国では,小児のビタミンB1欠乏症は稀である。しかし,アトピー性皮膚炎における過度の食事制限・自閉症スペクトラム障害による極端な偏食・化学療法の副作用や消化器疾患における低栄養などによる小児のビタミンB1欠乏症は現在でも散見される。

著者は,近年わが国でイオン飲料水などの多飲によるビタミンB1欠乏症が繰り返し報告されていることに注目した。わが国ではイオン飲料の消費が増加傾向であり,近年は子どもを対象とするプロモーションも行われている。これらのプロモーションは,多飲の誘因になりうる。しかし,イオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症については,詳細な調査は行われていなかった。著者らは,日本小児連絡協議会栄養委員会として全国調査を施行し,その実態を明らかにするとともに,その背景を検討した1)

2. ビタミンB1とその欠乏症

ビタミンB1は,解糖系からトリカルボン酸(tricarboxylic acid:TCA)回路に関与する複数の酵素の補酵素として重要な役割を果たしている。ビタミンB1は水溶性ビタミンであり,体内に貯蔵されない。ビタミンB1をまったく摂取しない場合,3週間程度で欠乏すると言われている2)。ビタミンB1が欠乏すると,解糖系およびTCA回路が機能不全に陥り,エネルギー産生障害と乳酸・ピルビン酸の蓄積が起こる。ビタミンB1欠乏症としては,中枢神経症状を呈するWernicke脳症と,循環器および末梢神経の障害を呈する脚気とが知られている。

脳内では,ビタミンB1は神経細胞やグリアにおけるエネルギー産生以外に,ミエリンの維持やアミノ酸・神経伝達物質の産生にも寄与していると考えられている。ビタミンB1欠乏では,アストロサイトの膨化・浮腫に引き続いて脳血管関門の破綻が起きるとともに,脳内のグルタミン酸濃度が上昇することによる神経毒性が生じることが,Wernicke脳症の発現に関与すると言われている。心臓では,乳酸の蓄積による高乳酸性代謝性アシドーシスに加えて,末梢血管が拡張することにより心拍出量が増加し,高心拍出性心不全を呈する。また,末梢血管の拡張は,四肢の湿潤と浮腫とをもたらす。また,ビタミンB1欠乏では,肺高血圧の合併を伴うことが稀でない。急速に心不全が進行する場合は脚気衝心を起こしていることがあり,死亡例の報告もある3)

末梢神経障害は軸索障害が主であり,急性または亜急性に発症する。一般に運動神経が優位に障害される。また,下肢のほうが上肢に比べて障害されやすい。その結果,深部腱反射の消失や下肢の筋力低下が出現する。末梢血管の拡張についても,ビタミンB1欠乏による末梢神経障害が関与している可能性がある。

3. イオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症の実態

前述のごとく日本小児連絡協議会栄養委員会では,イオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症に注目しその全国調査を行った1)。その結果,33例の情報を収集し,解析を行うことができた。症例の年齢は中央値15カ月(範囲7~35カ月)で,28例が2歳未満であった。既往歴や家族歴には問題がない症例がほとんどであった。家庭環境については26例で情報が得られ,21例で養育環境に問題を認めた。イオン飲料などの多飲が始まった時期は中央値10カ月,その継続期間は中央値3.5カ月であった。1日の摂取量は,1000mL以上が28例中25例であった。多飲を始めた理由は,感染症罹患が11例で最多であり,そのうち4例で医師の勧めがあった。

ビタミンB1欠乏症の全身症状では,嘔吐,活気不良,浮腫,食欲低下,体重増加不良が多かった。また,輸液による悪化を11例に認めた。心拡大・肺高血圧・浮腫などの循環器症状を17例に認め,5例は心原性ショックを呈した。神経症状では,意識障害,腱反射減弱,筋力低下,眼球運動障害,痙攣が高率であった。古典的なWernicke脳症の三主徴である,意識障害・眼球運動障害・失調のすべてを認めたのは4例のみであった。

発症時のビタミンB1値は,情報が得られた29例のすべてで著明な低値であった。血液検査では,アシドーシス,低ナトリウム血症,乳酸・ピルビン酸の上昇をそれぞれ約半数に認めた。頭部MRIは25例で施行され,15例で異常を認めた。病変を認めた部位は,尾状核,被殻,視床内側,中脳水道周囲が多かった。転帰が判明したのは27例で,死亡は1例であった。生存した26例の最終追跡時の月齢は中央値49カ月で,後障害あり12例,後障害なし14例であった。

これらの結果から,幸いなことにイオン飲料などの多飲によるビタミンB1欠乏症は稀であった。また,その発症が養育環境の問題と関連している可能性が明らかになった。一方,ビタミンB1欠乏症の症状や検査結果は非特異的であり,診断の困難さがうかがわれた。また,約半数の症例で後障害を認めており,予後は良好とは言えなかった。

4. イオン飲料多飲の背景

著者の知る限りでは,現在までわが国以外でイオン飲料多飲によるビタミンB1欠乏症は報告されていない。したがって,わが国にはイオン飲料多飲を誘発する背景が存在すると思われる。その一部を明らかにするため,日本小児連絡協議会栄養委員会では実態調査と並行して,保護者および医師の意識調査を施行した1)

保護者の意識調査では,乳幼児におけるイオン飲料の使用の実態と保護者のイオン飲料に対するイメージを調査した。健常な6カ月から2歳までの乳幼児の保護者424人から有効回答を得た。イオン飲料の使用実態では,週に数回以上飲んでいる子どもは11人であった。これら11人を高頻度使用群,残りの413人を対照群として比較した。高頻度使用群の保護者では,イオン飲料が「健康に良い」「ビタミンが豊富」「多量に飲んでも安全」に対する賛同が有意に高率であった。このことから,乳幼児におけるイオン飲料の使用とイオン飲料に対する肯定的なイメージとの関連が示唆された。

医師の意識調査では,経口補液におけるイオン飲料の推奨について調査した。日本小児科学会の会員である開業医215人から回答を収集し,小児科専門医と非専門医との間で比較を行った。全体では,イオン飲料をよく勧めるものは34人,ときどき勧めるものは91人で,嘔吐・下痢や発熱など急性疾患罹患時にイオン飲料を勧めるものが多かった。小児科専門医と非専門医との比較では,発熱のみに対してイオン飲料を勧めるものが非専門医で有意に高率で,専門医は発熱のみでは勧めないものが多かった。このことから,小児科専門医のほうがより適切にイオン飲料の使用について指導していることが示唆された。

5. ビタミンB1欠乏症への対応

ビタミンB1欠乏症を疑って診断することが重要である。しかし,ビタミンB1欠乏症の症状は多彩で,嘔吐や食欲低下などの非特異的な全身症状,Wernicke脳症に代表される神経症状,脚気に代表される循環器症状が様々な組み合わせで認められる。ビタミンB1欠乏症の検査所見は非特異的であるが,高乳酸血症・低ナトリウム血症・代謝性アシドーシスが高率である。これらの症状および検査所見を認めた際に,ビタミンB1欠乏症を念頭に置いて病歴を詳細に聴取することが診断に繋がる。

確定診断はビタミンB1値の測定によるが,検査結果が得られるまでに時間を要することが多い。ビタミンB1欠乏症を疑った場合は,結果を待たずビタミンB1補充を行うべきである。小児に対するビタミンB1の投与方法は確立されていないが,成人では1日1500mg以上のビタミンB1を2~3日間経静脈的に投与し,効果があれば1日250mgの投与を3~5日,もしくは改善がみられなくなるまで継続することが推奨されている。不十分な治療では後障害の割合が高くなること,ビタミンB1大量投与に重大な副作用が知られていないことから,経験的にビタミンB1の大量投与が施行されることが多い。

6. 今後の展望

今回の調査では,ビタミンB1欠乏の症例の約半数に後障害を認めており,適切な治療を行っても必ずしも予後は良好とは限らない。したがって,今後同様の症例の新たな発生を防ぐには,イオン飲料の多飲の危険性について広く周知することが重要であると思われる。今回の調査結果は既に日本小児科学会雑誌2017年5月号に掲載されており,小児科医には情報を発信することができたと考えている。この情報が,医師の勧めがイオン飲料多飲の契機になってしまうのを防ぐことを期待している。

イオン飲料多飲によるビタミンB1欠乏の要因としては,不適切な養育環境が高率であった。そのような家庭に情報の伝達や指導を行うことは,必ずしも容易ではないであろう。今後必要なのは,一般の消費者に子どものイオン飲料多飲の危険性を認識して頂くことである。イオン飲料メーカーからの危険性の周知が望ましいが,2018年7月の時点ではそのような動きはない。飲料メーカーは,今後も様々なプロモーションを行うであろう。せめて子どもをターゲットとしたプロモーションでは,多飲に対し何らかの注意喚起を同時に行うのがメーカーとしての良心ではなかろうか。注意喚起を行うメーカーがあれば,そのメーカーは信頼に足ることを自ら証明することになろう。


●文献

1)奥村彰久, 他:日小児会誌. 2017;121(5):953-68.

2) Sechi G, et al:Lancet Neurol. 2007;6(5):442-55.

3) Fujita I, et al:Acta Paediatr Jpn. 1992;34(4):466-8.

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出典:Web医事新報

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