日本理学療法士協会斉藤会長に聞く、理学療法士の未来とキャリア
公開日:2024.12.26
取材・文:齋藤 里美/中澤 仁美(ナレッジリング)
診療報酬のトリプル改定を迎えた2024年。目まぐるしく変わる社会情勢、そして医療・福祉業界の中で、理学療法士およびリハビリテーション職には何が求められているのでしょうか。
時代の流れによって変化を遂げつつある理学療法の在り方やキャリア像などについて、日本理学療法士協会で会長を務める斉藤秀之氏にお話を伺いました。

斉藤 秀之(さいとう・ひでゆき)
日本理学療法士協会会長/医学博士
1988年、金沢大医療技術短大卒業。藤井脳神経外科病院や筑波記念病院で臨床経験を積み、同院理学療法科長、リハビリテーション部部長を経て、2020年に筑波大学グローバル教育院教授。2011年に日本理学療法士協会の理事に就任し、生涯学習制度を担当。2013年より同協会副会長を務めた後、2021年6月より会長に就任。
日本理学療法士協会の「今まで」と「これから」
斉藤先生が会長を務める日本理学療法士協会は、どのような団体ですか。
当協会は、日本で「理学療法士及び作業療法士法」が定められた翌年、第1回理学療法士・作業療法士国家試験が実施された1966年に発足しました。
2026年で60周年を迎える、歴史ある学術・職能団体です。協会の役割は大きく2つに分けられます。
一つは、健康と福祉、そして理学療法について広く国民に周知すると同時に、社会に役立つ事業や情報を届けること。
そしてもう一つが、会員である理学療法士(以下、PT)と価値観や知識などを共有し、業界全体のレベルアップを図ること。
さらには、PTの権利や処遇など「守るべきもの」を守り、活躍の場をさらに広げるべく、国や関係機関に働きかけることも重要な役割です。
斉藤先生が会長に就任して、特に力を入れている分野は何でしょうか。
PTの卒後教育です。会長に就任する何年も前から準備を進め、ようやく2022年に「新生涯学習制度」をスタートすることができました。
この制度では、前期研修と後期研修を合わせた5年間のカリキュラムを履修することで、一定の臨床技能が保証された「登録理学療法士」の称号を得ることができます。
登録理学療法士は5年ごとの更新制が導入されており、生涯にわたって知識と技術を磨ける点が特徴。PTとして働く上で登録理学療法士であることを維持しておけば、一定の質が担保できるという位置付けです。
さらに、その後のキャリアの選択肢として、より高い専門性を証明するための「認定理学療法士」と「専門理学療法士」を設けており、これらも5年更新制としています。
協会が提示したことをすべてこなさなければだめ……というのではなく、各人が基礎を押さえた後は必要なものをチョイスする、カフェテリア形式をイメージすると分かりやすいでしょう。
幅広い研修や講習会を提供・認定することで、PTとしての継続的な学びを応援しています。
教育制度の大改革を実現した背景には、どのような思いがあったのですか。
卒後教育の在り方が、昔と今とでは大きく変わっています。かつて理学療法士の世界では、一人職場が多かったこともあり「実習で一人前に育てて、後は先輩の背中を見て学んでもらう」といった考え方が一般的でした。
良くも悪くも、「厳しく鍛えないと成長しない」「自分で正解にたどり着くまで教えない」といった風潮があったように思います。
しかし、PT人口の急増や職能の広がりを受けて、卒前教育だけでは現場に対応できないケースが増えてきました。
また、入職先で多くの先輩・職種に囲まれながら働くようなケースが増え、求められる技能も職場ごとに細分化されるなど、卒後教育の環境そのものが大きく変わっています。
こうした変化に対応し、新たな時代にも活躍できるようPTの質を担保しようとしたのが新生涯学習制度だと言えるでしょう。
PT業界で変わりゆくこと、変わらないこと
日本理学療法士協会では、国際活動にも力を入れていると伺いました。
2021年に開催された東京オリパラのポリクリニックのメディカルサポートを受けて、日本のPTのレベルの高さが世界的に評価されたと聞いています。
人口減が顕著な日本だけにとどまるのではなく、海外で活躍するPTがもっと増えてもいいとは感じています。
そもそも、私のような中年層は海外で働くことを高いハードルに感じがちですが、若い人たちは異文化を恐れず、知らない世界に飛び込むことに積極的な印象を受けます。
そうしたエネルギッシュなPTが活躍できる道筋をつくることも、協会として果たしたい役目の一つ。
もちろん、日本の国家資格をそのまま海外で使うことはできませんが、どの地域でどのような活躍の場があるかといった情報共有を含め、ODA (政府開発援助)の獲得を目指したプロジェクトが始まりました。
こうした取り組みを通して、若い方々をはじめ、多くのPTをワクワクさせられたら最高ですね。
PT業界そのものが、大きく変化しているということでしょうか。
実際に、医療や介護以外の場で活躍するPTも増えており、大いに期待しているところです。例えば、近年では企業における健康経営が注目されていますが、こうした領域でもPTは大いに貢献できるでしょう。
ただし、どれだけ活動領域が拡大したとしても、「動作や障害を見て検査・測定・アセスメントをし、ゴールを考えてプログラムを実施する」という理学療法の基本を軽視することがあってはならないと思います。
PTにしかできない部分を大切にしてこそ、疾患の知識や治療スキームなどを学ぶことにも意味が出てくるし、その他の領域でも専門性を持って活動できるはずです。
診療報酬改定から見えてくるPTの存在感
2024年4月の診療報酬改定については、どのように感じていらっしゃいますか。
2024年度は、医療、介護、障害福祉サービスのトリプル改定という大きな変化の年になりました。今回の改定に先立ち、協会理事会に対策本部を設置し、全国の会員からさまざまな声を集約・調整した上で意見を出しています。
ポイントになったのは「医療、介護、障害福祉サービスに一本軸を通す」「PTだからこその提案を」の2つ。例えば前者については、医療機関や通所リハビリテーションを実施している施設で働くPTが、障害福祉サービスの機能訓練を同時にできる様に働きかけました。
「介護保険制度の導入後、病院から障害者がいなくなった」と言われているほど、ここ20年間で障害者の機能訓練にPTが携わることは少なくなっています。
医療、介護、障害福祉サービスの垣根なく、インクルーシブな環境でPTがリハビリテーションを牽引する未来を思い描いています。
後者の「PTだからこその提案を」についてはいかがでしょうか。
コロナ禍や自然災害を経て、急性期領域と在宅領域でのPT不足を実感しました。
コロナ禍の急性期病棟では人工呼吸器管理中の患者さんの体位変換が多く発生したわけですが、PTがいないがために医師や看護師を何人も苦労して集める場面が多くあったそうです。
もちろん、急性期におけるADLの低下を予防するという観点でも、PTの役割は大きいでしょう。
また、ここ数年間は感染症予防の観点から通院を控えたり、自然災害により通院が難しくなったりする高齢者が急増し、フレイルの問題が浮き彫りに。
有事の際、高齢者に「病院に来てください」と求めることは現実的でないのです。こうした現状を踏まえ、本会としては急性期領域と在宅領域でPTが活動しやすくなるように働きかけ、今後も継続して動いていく所存です。
まだまだ100点満点とは言えませんが、PTがこれまで以上に幅広く活躍するための制度設計が始まったと考えています。
PTとしての確かな「背骨」をつくり上げて
日本理学療法士協会の会長として、今後の展望をお聞かせください。
本会は、20〜30歳代の会員が多数を占める団体です。ところが、理事の平均年齢はそこから大きくかけ離れており、58歳の私でも若い方なのです。
協会の取り組みが「先輩たちがやっている自分には関係のないもの」といった認識にならないよう、発信力を高めていきたいですね。なかなか難しいところですが、若い人のアンテナに引っかかるよう、試行錯誤の道中です。
また、協会という枠組みには必ずしもとらわれなくていいので、若いPTたちが行政機関や他の医療従事者の団体と積極的にコミュニケーションを図れるようになったら……とも期待しています。
組織を超えて関係を築くことは、むしろ若者の方が上手な気もしています。いわゆるインフルエンサーのようなPTがどんどん出てきてくれたら頼もしいですね。
これからPTをめざす人にアドバイスはありますか。
PTという仕事は、人の行動や生活、そして人生に「意味付け」をする、非常にやりがいのある仕事です。さらに、対象者のためにできることが非常に多様であり、PTが自分の業務に邁進することで、ひいては社会課題の解決にも貢献できるとさえ考えています。
特定の疾患の治療にフォーカスするのもいいですが、それだけに限定せず「人が自分らしく生きるために必要なプロジェクト」と広く理学療法を捉えてもらえたらうれしいです。
社会に必要とされる専門職であることは間違いなく、しかも自分自身の人生をも豊かにしてくれる素敵な職業だと思っています。
ぜひ高い志を持ってめざしていただきたいですね。ただ、待遇の面ではまだ十分とは言い切れませんので、お金以外の価値にも注目して、ゆっくり考えてください。
最後に、PTとして活躍されている読者の皆さんへメッセージをお願いします。
世の中や制度が変わるたびに一喜一憂したり、それに合わせて勉強することを変えようとしたりすると、いつか疲弊してしまうのではないでしょうか。
急いで何かを成し遂げようとしなくていいので、環境や制度がどうあろうとも変わらない「背骨」を形成してほしいですね。
自分にフィットしていないことを続けていると、どうしても苦しくなりますから。また、背骨がしっかりしていない状態で、キャリアラダーを上がろうとすることにも無理があります。
自ら形成した背骨に沿って、興味を持った領域をぶれることなく極めてもらいたいです。さまざまなかたちで理学療法に関わる皆さんの活躍を、心から応援しています。
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