職人技と福祉をつなぐ『HUREL(触れる)バッグ』~革のハギレから始まった新しい就労支援の形~
公開日:2025.02.11
取材・文:みつはら まりこ
作業療法士とレザー職人。異なる専門性を持つ二人の出会いから生まれた「HURELバッグ」が、新たな就労支援の可能性へと歩みを進めています。
HURELバッグは柔らかく軽量で高品質なスーパーラムスキンを使用し、デザインと機能性を兼ね備えたハンドバッグです。
2024年8月に実施したクラウドファンディングでは、目標金額の30万円に対して50万円超えを達成しました。
なぜ、作業療法士とレザー職人がタッグを組んでバッグを販売したのか。
出会ったきっかけやバッグの製作秘話、新しい就労支援の形を、株式会社ナカニシ代表 中西さんと就労継続支援B型「こころらいず」の作業療法士・東ヶ崎さんに伺いました。
目次
究極の柔らかさと軽さ、機能性を追求した「HURELバッグ」
HURELバッグの特徴的な素材「スーパーラムスキン」について教えてください。
中西さん:スーパーラムスキンは生後6か月以内の子羊の革で、正確にはラムナッパと呼ばれています。触れると柔らかくなめらかで、まるで赤ちゃんの肌のような触りが特徴です。
また、牛革に比べて軽さもあり、HURELバッグと同規格の牛革バッグと比べると200gの差があります。
スーパーラムスキンは生産数が少なく、市場にほとんど出回らない貴重な革。
実は、スーパーラムスキンという名前や、HURELバッグの名付け親は東ヶ崎さんです。当社は羊革(ラムレザー)で洋服を作っており、私にとっては当たり前の柔らかさでした。しかし、お客様も含め、皆さんが「触り心地がよい」と喜んでくださる革です。
東ヶ崎さん:「肌触りがよく、スーパーな革ですね」という会話がきっかけですよね。触り心地はもちろん、高価な革なのでプレミアム感もあって。私自身が触れて感動したこともあり、「ずっと触れていたくなるから、HUREL(触れる)バッグはどうでしょうか」と提案しました。
HURELバッグのこだわったポイントを教えてください。
中西さん:キルティング加工や軽い芯材を採用することで、柔らかさと軽さを両立させました。
機能面では、ここらいずの女性職員さんからさまざまな提案をいただいて。使用される方を想定しながら、革のよさを最大限に活かせたバッグに仕上がりました。
東ヶ崎さん:バッグのベースが決まっている中、中西さんは私たちの意見を積極的に取り入れてくださいました。
カラーの追加や持ち手の素材変更など、私たちが要望をお伝えするとすぐに「試作にしよう」と受け入れてくださいまして。職人の技が形になる瞬間に立ち会えましたね。
意見を出し合いながら決める様子。(左:中西さん、右:東ヶ崎さん)
お互いのニーズが合致!ハギレがつないだ異業種コラボレーション
お二人の出会いのきっかけを教えてください。
中西さん:妻の知り合いがこころらいずさんに勤めていて、「革のハギレを譲ってほしい」という話がはじまりです。野田市はゴミ袋代が高いため、ハギレの廃棄には手間とコストがかかっていた状況でした。
東ヶ崎さん:その頃、こころらいずでは課題を抱えていました。一般的な内職では、3~4人で1ヵ月働いても2、3万円程度しか稼げない。「何かいい仕事はないか」とスタッフ全員で模索していた時期でした。革のハギレをいただける話は希望の光であり、大きな転機になりましたね。
通常10cm×10cm(1デシ)で100円以上する革を、中西さんはビニール袋いっぱいくださって。金額にして2~3万円分です。この好機に何か生み出さなくては、と意欲が湧きました。
毎週顔を合わせて、信頼関係を築き上げた。
その後、どのように関係性が深まったのですか?
東ヶ崎さん:2024年の年始から、私は毎週中西さんの作業場へ通い、革の裁断やミシンの使い方を1から教わりました。革小物は一般的な布と違って気軽にできるものではなく、針やミシンも違うからです。
中西さん:東ヶ崎さんは技術を着実に学び、ここらいずの利用者さんにしっかり落とし込んでいましたね。
ある時、当社にミニチュアのキーホルダーバッグ500個の製作依頼が入って。ただ、うちのスタッフだけでは裁断が追いつかず、ここらいずさんに裁断作業を依頼したんです。すると、驚くほど丁寧で正確な仕事をしてくれました。
HURELバッグの製作に至った経緯を教えてください。
中西さん:当社は羊革(ラムレザー)の洋服づくりがメインですが、軽くて柔らかいバッグの需要もありました。ただ、バッグだけの販売は難しい。
そう考えていた矢先、クラウドファンディングで販売する手法を知りました。寄付ではなく、「障がい者の方たちと一緒に仕事をする形」で何かできないかと思い立ち、東ヶ崎さんに声をかけたのがはじまりですね。
東ヶ崎さん:私たちの実力を知ってくれた上で、チャーム作りや裁断の一部を任せてもらえたのは嬉しかったです。その反面、「中西さんの会社の名に恥じない仕上がりでなければ」と背筋が伸びました。
職人技を多様な特性で担う。HURELバッグのチャーム製作の舞台裏
デザインは臨床美術士(※)の資格を持っている、ここらいずの職員。
HURELバッグの付属チャームは、なぜドーナツにしたのですか。
東ヶ崎さん:スーパーラムスキンは柔らかくて扱いが難しい素材なので、まず丸い形を選びました。丸いものといえば、と最初はメロンパンをモチーフにしましたが、高価なバッグとイメージが合わなくて。
そんなとき、「おしゃれなドーナツ屋のドーナツは、意外に値段が張るよね」という中西さんとの会話がきっかけになりました。その結果、高品質な製品が作れる形状とデザインを両立できるドーナツに決めました。
チャームの直径は6cm。製作工程はどのように組み立てたのですか。
東ヶ崎さん:まずは直径10cmからはじめて、4つのサイズを経て現在の6cmに辿り着きました。品質を保ちながらサイズを小さくしていく工程に、約4ヵ月かかりましたね。
製作工程は、はさみで切る・穴を道具で開ける・縫う・綿を入れるなど、6つの工程に分けていて、それぞれ得意な利用者さんが担当します。
1人では難しい作業でも、分業制にすることで職人レベルの製品を作れるようになりました。
作業の割り当ては、どのように決めているのですか。
東ヶ崎さん:「作業遂行能力評価」にて指示の理解力や手先の器用さなどを点数化し、その結果を基に一人ひとりに適した作業を割り当てています。
ただ、数値以上に大切にしているのは、利用者さんの気持ちを汲んだ環境づくりです。
失敗体験が増えるとモチベーションが下がってしまうので、小さな成功を積み重ねられるような工程づくりとサポートを心がけました。
黙々と作業する利用者。まるで職人のよう。
(※)臨床美術士・・・臨床美術に必要な知識と技能を体系的に学んでいる専門家。アートプログラムを通して、相手の創作意欲や感性を引き出すことができる
収入と利用者の働く意欲をアップさせる、革製品の製作
革製品の製作は、障がいのある方にとってどのような魅力がありますか。
東ヶ崎さん:革製品は、発達障害や知的障害のある方にとって非常に相性がよいと思います。例えば、ムートンのハギレを触ることを楽しむ利用者さんがいます。
天然素材ならではの感触や香りが、作業への興味や集中力を自然と引き出してくれているような気がします。
また、革製品の製作工程は、座ってする作業・立って行う作業・力仕事など多様です。製作工程が多いため、作業と特性のマッチングがしやすいのが利点ですね。
例えば、ADHDの特性がある方には立ち仕事を、エネルギッシュな方には金づちで革を叩く作業をしてもらっています。
革製品の製作に着手しはじめて、利用者さんにはどのような変化がありましたか。
東ヶ崎さん:収入面では、利用者さんの工賃が約2倍アップしました。一般的な就労継続支援B型施設の工賃の平均以上を支払えています。
さらに嬉しいのは意欲の変化です。「仕事が楽しい」「新しい種類の革製品を1から自分で作ってみたい」という声があり、工賃が上がったことで趣味のグッズやスタッフへのお土産を買う方も。一般社会と同じような生活の広がりが見えてきたと感じますね。
福祉×ものづくりが紡ぐ、協働の新たな可能性
利用者はクラウドファンディングの動画を見て、「嬉しい。親にも言おう」と言葉をもらした。
クラウドファンディングを通じて、どのような気づきがありましたか。
中西さん:私の父は小児麻痺で松葉杖生活でした。子どもの頃からそれが当たり前で、特別な気持ちがなかったんです。
でも、こころらいずさんとの出会いで、「父はよく俺を育ててくれたな」と改めて気づかされました。これからは利益追求だけでなく、人の役に立つことをするタイミングだと思っています。
東ヶ崎さんとの出会いがなければこの気づきや恩返しの発想も生まれていなかったかもしれません。
ビジネス面での影響はありましたか。
中西さん:取引先のアパレルメーカーには今回の取り組みを伝えており、「手縫いも当社でやらせてください」とアピールしています。
通常、手縫いの商品は工賃が高いため海外発注が一般的です。でも、こころらいずさんの手縫いは非常に細かくて丁寧。だからこそ、こころらいずさんを当社の第二工場くらいの感覚で考えていますね。
作業療法士として、今回のプロジェクトからどのような学びがありましたか。
東ヶ崎さん:納期管理や企業とのコミュニケーションなど、医療現場では経験できない新しいスキルを学びました。
また、就労支援施設は企業の「第二工場」になれると実感しました。中西さんたちが製作に集中できるよう、私たちはクラウドファンディングの動画制作や写真撮影など職人さんが不得意な部分をカバーする。
そういった形で企業と福祉が補い合える関係を築けることが分かりました。
今後の展望をお聞かせください。
東ヶ崎さん:さまざまな要望に応えられる技術を磨き続けたいです。ただし、「できないことはできない」とはっきり伝えることも大切だと思っています。職人の技術は何十年かかっても追いつけません。その線引きをしっかり見定めた上で、私たちができることを確実に積み重ねたいです。

株式会社ナカニシ 中西康治
株式会社ナカニシ(千葉県野田市)は、レザーに特化した服を主としてデザインから裁断・縫製・仕上げまで一貫して全て自社工房にて製作している、国内で数少ない縫製メーカーです。ナカニシのブランド「YASUWESTIN」は国内のアパレルメーカーから仕事を受注しており、あらゆる縫製パターンを蓄積して唯一無二のオートクチュールブランドを確立しています。

社会福祉法人こころ 東ヶ崎裕
東ヶ崎氏は、医療・介護・福祉施設で10年以上リハビリスタッフとして働き、2022年からは社会福祉法人こころ第1事業部部長として成人部門のマネジメント業務を従事しています。障がいのある利用者に対して「働く力から・生活する力」の向上を図り一般就労などへの移行を目指している。
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