神奈川大学サッカー部が団地に住み地域活動に取り組む「竹山団地 プロジェクト」
公開日:2025.04.08
取材・文 桑原由布

インタビューした人:大森 酉三郎監督
アスレティックデパートメント スポーツ戦略室 サッカー部監督
中央大学卒業後、海上自衛隊に入隊し「厚木基地マーカス」でプレー。全国自衛隊サッカー大会や国体で全国優勝。引退後、2004 年に神奈川大の監督に就任。2008 年神大を関東 1 部昇格に導く。大学院を経て湘南ベルマーレ、星槎グループで地域スポーツ振興に携わり、2019 年 4 月から神大監督に復帰。現在はサッカー部監督と神奈川大学スポーツセンタースポーツ戦略室専任職員を兼務している。
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目次
サッカー部の学生が団地に住み、地域活動を通して人間力を鍛える
学生が暮らす寮内(提供:神奈川大学)
「竹山団地プロジェクト」はどのような取り組みですか。
横浜市緑区にある竹山団地は高度経済成長期に開発された築 50 年越え、高齢化率 46%の大規模団地です。約 2800 世帯におよそ 6300 人が暮らす竹山団地では、全国の団地と同じく建物の老朽化や住民の高齢化が地域課題になっています。
この場所を学生たちの教育の場として活かしながら、地域課題の緩和を目指す取り組みが「竹山団地プロジェクト」です。
エレベーターがなく空き部屋の多い団地の 4、5 階を神奈川大学が借り受けてサッカー部が寮のように活用している。63 人の学生たちが基本 1 部屋 3 人の相部屋で共同生活を送っています。
団地内の商店街の空き店舗を活用して部員の食堂を開設。2023 年 4 月からはこの食堂を地域にも開放して、昼間はカフェやスパイス教室、介護予防のための体操教室なども実施しています。
竹山団地で暮らすサッカー部の学生たちは学業と部活動をしながら共同生活を送り、地域の清掃活動、シニア向けのスマホ教室や介護予防のための体操教室の運営、小学生の学習支援、イベントやお祭りの手伝い、食堂の運営といった多くの地域活動に取り組んでいます。
このプロジェクトでは、地域活動を行うための NPO 法人 KUSC も立ち上げ、社会貢献を持続可能なものにするために、スマホ教室や体操教室などを手伝う学生には NPO 法人からアルバイト代を支払う仕組みも整えています。
サッカーは人間がプレーするものですから、チームを強くするには日々の練習だけではなくプレーヤーの人間力も同時に鍛えなくてはいけません。
彼らにサッカーでも結果を残してもらい、社会に出てからも活躍してほしい。その基礎となる人間性や社会性を育む場として、多様な人たちが暮らす“るつぼ”でもある団地は最高のフィールド。
この場所で人の役に立つ経験をしながら、10 代、20 代の学生たちの人間力を鍛えることが「竹山団地プロジェクト」の目的です。
「竹山団地プロジェクト」の運営には、どういった人が関わっていますか?
私たち神奈川大学のほかにも、神奈川県住宅供給公社、竹山団地の自治会の皆さん、地元の社会福祉協議会や鴨居地域ケアプラザ、民生委員などの福祉関係者に加えて、竹山団地の中にある病院や訪問診療クリニック、コミュニティーナースなどの医療従事者、それと小学校の関係者です。
さまざまな立場の人たちが協働して「竹山団地プロジェクト」を運営しています。
ボールに触るのは 1 分 30 秒。それ以外の時間、どれだけチームのために汗をかけるかが大事
竹山キッチンで行われたスケッチ教室の様子(提供:神奈川大学)
「竹山団地プロジェクト」を始めた背景を教えてください。
サッカーの試合は前半戦と後半戦、それぞれ 45 分ずつ計 90 分で行われますが、審判がプレーをストップする時間などを差し引いた実質の試合時間(アクチュアルプレーイングタイム)は約60分となります。
そのうち、1 人の選手がボールに触れている時間はわずか平均1 分 30 秒だと言われています。サッカーで勝つために大切なのは、試合時間のほとんどを占める残りの 58 分 30 秒でどれだけ仲間をアシストできるか。
地味で目立たない時間の方が長いですが、他者のために汗を流す行動が試合の勝敗を決めています。私が 58 分 30 秒の大切さに気づいたのは大学時代を終え、自衛隊に入隊してからのことでした。
今の私が指導する学生たちには、社会に出る前に人のために働くことの大切さを学び人間性を磨いてほしいと思っています。
プロのサッカー選手になれるのは、大学サッカーの中でも 1%以下の限られた人間だけです。ほとんどの学生は卒業後に社会人として世に出ることになります。
彼らが社会の一員として生きていく上でも、さまざまな人が暮らす場所で共同生活を営みながら、地域活動を通して人の役に立つ経験を積むことは大きな価値があると考えています。
また、教育機関としても、社会を支える人材を育成することが私たちの責務です。
このような背景があり、共同生活や地域貢献を通じた学生教育をしたいと神奈川県住宅供給公社に相談したところ、竹山団地を紹介されて 2020 年から「竹山団地プロジェクト」が始まりました。
清掃活動からスタート、人とのつながりが増え地域活動もパワーアップ
高齢者向けのスマホ教室(提供:神奈川大学)
「竹山団地プロジェクト」はどのように進んでいったのですか。
2020 年 5 月から学生たちの入居を始め、最初に取り組んだ地域活動は団地内の清掃活動です。
その後、横浜市の ICT 活用事業を受託した医療関係者から相談を受け、高齢者向けのスマートフォン教室をお手伝いすることになりました。
竹山団地に入居してから、地元の消防団に入り活動を始めた部員もいます。
地域のお祭りの様子(提供:神奈川大学)
こうした活動を続けるうちに地域の小学生にも顔を覚えてもらえたようで、小学校への出張授業を頼まれて、道徳の時間に学生たちが地域活動について話をしに出掛けました。
それをきっかけに小学校との交流も生まれ、小学生が竹山団地の年末大掃除の手伝いに来てくれたり、地域のお祭りに一緒に参加したりなど仲良くなることができました。
その後、小学校からの依頼を受けて「宿題応援団」もスタート。小学 3 年生ごろから宿題の提出ができる子、できない子の間で学力差が表れ始めるため、小学生が宿題を終えられるよう学生たちが学習支援を行っています。
2023 年 4 月から部員の食堂も地域活動の場として活用を始めました。毎週月曜日は「スパイス料理教室」、水曜と金曜はカフェ「神大喫茶」を営業するほか、火曜と木曜には介護予防体操教室も実施。
この体操教室は NPO 法人が横浜市から受託した事業で、理学療法士の指導を受けながら学生が名簿の管理や、高齢者への運動指導を行っています。
体操教室では最近「レッドコード」という運動療法の器具も導入しました。
ロープで身体を支えながら体を動かすことができ、関節や筋肉への負担を抑えながら運動機能の改善が期待できるそうです。
歩行時に痛みを感じていた方が、レッドコードを使ったリハビリで元気を取り戻して「久々に孫と買い物に出かける」と嬉しそうに報告してくれました。
こうした活動をさらに発展させるべく、国土交通省のモデル事業を活用して、「運動」と「交流」ができる新たな交流拠点が2025年4月にオープンします。
団地内の商店街にある 2 つの空き店舗を改装して「未来研究所 竹山セントラル」に体操教室を移転し、「空気研究所 竹山エアラボ」というスポーツジムもオープンします。
2025 年 4 月に本格オープンの予定で、カフェもリニューアルして「食文化研究所 竹山キッチン」になります。
世代を超えてお互いが「何かしてあげたい」と思い合える関係性
介護予防教室(提供:神奈川大学)
印象深かったエピソードはありますか。
住民の中に山形出身の方がいて、「学生たちに美味いものを食べさせたい」と芋煮会を開催してくれました。
マスを 100 匹ほど用意してくれた方もいて、近所の竹林から切り出した竹に刺して塩焼きにしてくれて皆でいただきました。
学生側も自分のバイト代からケーキを買って、体操教室を利用する方たちの誕生日をお祝いしている部員も見かけます。
そうかと思えば、学生たちがテレビでサッカー観戦するときの声など生活音がうるさいと苦情が入ることもあります。
しかし今のご時世、きちんと伝えてもらえるのはありがたいことです。どのような行動が人の迷惑になるのか学生たちが自覚するきっかけになり、生活態度を改めることもできました。
助け合ったり時には迷惑もかけたりしながら、竹山団地の人たちに日々支えられています。「竹山団地プロジェクト」も最初から大きな活動だったわけではなく、ゴミ拾いからスタートして「わらしべ長者」のように活動が発展してきました。
何か新しいことを始める際には、自治会や共創する他業種の方など関係者の皆さんと必ず話し合い合意を得ることを心がけいます。
今後も地域のニーズに応えていき、竹山団地で暮らす皆さんとつながっていきたいです。
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