触れ合いを超えてリハビリへ。ドッグセラピーチーム「アビィー」の取り組み
公開日:2025.05.15
取材・文:みつはら まりこ
「犬との触れ合いだけじゃなく、一人ひとりに関わるセラピー活動がしたい」。
そんな想いからはじまった、ドッグセラピーチーム「アビィー」。岡山県の介護老人保健施設 おとなの学校岡山校にて、ドッグセラピスト3名と4頭のセラピー犬が利用者の機能回復と在宅復帰をサポートしています。
「はるちゃんが来ますよ」と声をかけると、普段は居室で休んでいる方がすぐに起き上がる。スタッフの声には反応しない方が、セラピー犬には手を伸ばし撫でようとする。
大型犬から小型犬まで個性豊かな犬たちが利用者の日常に溶け込み、2023年からは本格的なリハビリ介入もスタート。
アビィーの取り組みは、全国老人健康保険施設大会で奨励賞も受賞しています。
この取り組みを支える、松井 美佳さん、前田 晴香さん、高木 美冬さん3名のドッグセラピストに、ドッグセラピーのプログラムや効果、導入のポイントを伺いました。
インタビュイーの紹介:ドッグセラピーチーム「アビィー」
岡山県津山市にある介護老人保健施設 おとなの学校岡山校で活動するセラピードッグチームです。2017年に「ワンコネクト」として始まり、2023年からはセラピードッグを取り入れたリハビリプログラムを本格的に展開しています。アビィーの由来は、Always beside you(いつもあなたのそばに)Abyの頭文字。「安心感」をテーマに活動しています。
岡山県津山市にある介護老人保健施設 おとなの学校岡山校で活動するセラピードッグチームです。2017年に「ワンコネクト」として始まり、2023年からはセラピードッグを取り入れたリハビリプログラムを本格的に展開しています。アビィーの由来は、Always beside you(いつもあなたのそばに)Abyの頭文字。「安心感」をテーマに活動しています。
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目次
生活に溶け込む、ドッグセラピーチーム アビィーの特色
まずは、セラピードッグについて詳しく教えていただけますか。
松井さん:
セラピードッグとは、専門的なトレーニングを受けた犬を介して、対象者の心の癒し・精神面の安定・動作能力の向上などを目指すことです。セラピードッグは大きく「動物介在活動」「動物介在教育」「動物介在療法」の3種類があり、私たちは触れ合い活動に加え、2年前からより専門的なリハビリ分野への応用にも力を入れています。
2023年、リハビリプログラムを本格的にスタートしたきっかけは?
松井さん:
私は「触れ合いだけじゃなく、一人ひとりに関わるセラピー活動がしたい」という想いがありました。当施設は利用者さんの在宅復帰を支援する場なので、その環境でセラピー犬とともにサポートしたい気持ちが強まったんです。2022年に高木さんと前田さんが加わり、私の想いに共感してくれたことでリハビリ介入に向けた準備をはじめました。犬たちの基礎のトレーニングに1年間取り組み、2023年から本格的にリハビリ介入をスタートさせました。
チームのメンバーである、4頭のセラピー犬たちについて教えてください。
松井さん:
当施設は犬たちを終生飼育し、最期まで大切にお世話する方針です。グレートピレニーズの「つむぎ」は、私が入る前からいるベテランの犬。その後、ラブラドールレトリーバーの「ゆき」、カニンヘンダックスフンドの「はる」と「もも」が加わりました。それぞれの性格は異なり、個性を活かしたトレーニングやリハビリ介入に取り組んでいます。
左から、ゆき、はる、つむぎ、もも
犬たちとの関係性や、「アビィー」ならではの特徴はありますか?
高木さん:
アビィーの大きな特徴は、犬たちが日常生活に溶け込んでいることです。学生時代の実習で高齢者施設を訪問した時は決められた時間内にセラピードッグの計画的なプログラムを実施していましたが、当施設は違います。例えば、利用者さんが居室を出ると廊下に犬がいる。トイレへ向かう途中でも出会い、ふとした瞬間に触れ合える。何気ない日常の中に犬がいることが特徴です。
松井さん:
日常の中にいるからこそ、スタッフは犬たちを「仕事のための犬」ではなく、家庭犬のように接しています。犬と過ごす時間を心から楽しんでいるので、それが施設全体の温かい雰囲気につながっているのだと思います。
心と身体にアプローチするリハビリプログラム
セラピードッグを活用したリハビリプログラムの流れを教えてください。
松井さん:
入所時には、利用者さんの目標設定を大切にしています。どのような目的で施設を利用し、3ヶ月間でどんな成果を目指すのか、多職種のスタッフとご家族も交えて話し合います。その目標に沿って、セラピー犬の個性を活かしながらプログラムを組み立てているんです。
例えば、上肢の動きを促進したい方は、ブラッシングが大好きなつむぎの毛をとかす。肩の可動域を広げたい方は、ボール好きなはるやゆきにボールを投げて楽しんでもらう。情緒安定には抱っこが好きなももを抱いてもらいます。
リハビリスタッフと意見を交換しながらプログラムを作り、3ヶ月の入所期間終了時には成果発表会で変化した姿をご家族に見ていただいています。
つむぎの長い毛をブラッシングする利用者さん
2024年、第34回全国老人健康保険施設大会において「セラピー犬との歩行練習の事例報告」が奨励賞を受賞されたそうですね。
松井さん:
脳梗塞後遺症で左半身麻痺のあるM様の事例です。筋力低下予防を目標に、セラピー犬はるとの歩行練習を1ヶ月間実施しました。スタート地点から数メートル離れたイスとの間をはると共に2往復し、各地点に辿り着いたらおやつを与えるという内容です。
このプログラムは、はると呼吸を合わせて歩くことで普段とは違う歩行動作が促され、おやつを与える動きは麻痺した左手を自ら動かす意欲につながりました。M様の「左手をもっと動かせるようになりたい」「しっかり歩きたい」という希望に応えられたのは大きな成果でした。
成果発表会での様子。はると呼吸を合わせながらイスへと向かう。
現在取り組んでいるリハビリ介入についても教えてください。
前田さん:
「セラピー犬と楽しく過ごしたい」という願いがある利用者さんに、トレイルトレーニングをアレンジした認知機能プログラムを考案しました。52メートル間隔に4つのカラーコーンを設置して、指定した色順に沿ってはると歩いてもらう、というプログラムです。
利用者さんは記憶が曖昧な場面もありますが、はるがいるからこそ「はるちゃん、こっち行こうか」と気負わず取り組める。セラピー犬の存在がリハビリの緊張を和らげ、楽しみながら認知機能の向上につながっています。
指定したカラーコーンの順に歩く様子。はるは利用者さんと絶妙な距離感で歩くのが得意。
犬がいるから頑張れる。セラピードッグが利用者にもたらす効果
セラピードッグとの関わりは、利用者さんにどんな変化をもたらしていますか?
松井さん:
リハビリでは「できた!」という達成感とその過程を共有でき、意欲の向上に効果がみられます。私が特に印象的だったのは、医師の許可を得て終末期医療の方の居室にセラピー犬を連れていったときの反応です。スタッフの声かけには反応されなかった方が、セラピー犬の訪問では目を開けて、手を伸ばして撫でようとされました。介護業務にも携わり、日常での利用者さんの様子を知っているからこそ、この変化には驚きました。
前田さん:
意欲はもちろん、行動の変化もあります。普段は居室で休まれることが多い利用者さんでも「リハビリにははるちゃんが来ますよ」と声をかけると、すぐに起き上がって準備をはじめられます。特に元々犬が好きな方は、変化が大きいです。
利用者さん同士の関係性にも影響があるのでしょうか?
高木さん:
セラピードッグとのリハビリを見学されている方が、熱心な応援者になることもあります。「はるちゃんが前より〇〇さんの顔をよく見るようになったね」など声をかけ、成果発表会を楽しみにしてくださる。この応援が当事者の意欲を高め、セラピードッグが利用者さん同士のつながりも生み出していると日々実感します。
ドッグセラピストと一緒にリハビリを応援している利用者さん
安心・安全にセラピードッグを導入するには、強い意志と多職種との連携が必要
施設でセラピードッグを導入する際のポイントや事前に知っておくべきことがあれば教えてください。
松井さん:
日本ではまだセラピードッグを含む代替療法(*)が一般的でないため、施設管理者の強い意志と多職種のチーム連携が必要不可欠です。安全面では、利用者さんとご家族から事前に同意書を取得し、犬の好き嫌いやアレルギーの有無を確認しています。定期的なシャンプーやブラッシング・獣医師による健康チェック・ワクチン接種と予防薬投与を徹底し、活動後の手指消毒や衣服への配慮も欠かせません。
(*)代替療法…代替医療とも呼ばれる。西洋医学では治りがたい病気を別の療法で治療すること。例えば、鍼灸マッサージやアーユルヴェーダ、漢方など。
医師・看護師・リハビリスタッフ・ケアマネジャーなどの専門職と情報共有を密に行い、「この方法がより安全」「この動かし方がより効果的」といった専門的な視点を取り入れながら進めています。
セラピー犬の育成方法についても教えてください。
松井さん:
トレーニングとセラピーを別々にせず、日常に溶け込ませるような育成をしています。子犬の頃から利用者さんとのふれあいや施設の環境に慣れさせ、車いすや音の刺激があっても落ち着いて過ごせるようにしています。スタッフや利用者さんにも犬のトレーニングにご協力いただいているのが特徴です。
抱っこが好きなもも。ももを抱くことで、利用者さんも安心している。
トレーニング方法で工夫している点はありますか?
松井さん:
トレーニングは、私たちの関わり方から見直すこともあります。例えば、活発で常に動きたがるゆきに落ち着かせるトレーニングをするため、撫でるタイミングと撫で方を変えました。今までは撫でると喜ぶゆきをガシガシ撫で続けましたが、今は落ち着いて座るまで待って、座ったら穏やかにゆったりと撫でるようにしています。
セラピー犬に私たちがどれだけ向き合うかによって、犬たちのできることも増えていく。だからこそ、できるようになるまでの過程を大切に、諦めずに向き合い続けています。
つながりを深めて、広げる。チーム「アビィー」が目指す、これから
現在の課題があればお聞かせください。
松井さん:
課題は、施設外での活動経験が浅い点です。初めての場所では通常のパフォーマンスを発揮しづらい場面があります。今は少しずつ新しい刺激を加えながら、どんな状況でも適応できるよう段階的なトレーニングを進めています。
今後の展望を教えてください。
松井さん:
今後はデイサービス利用の方や、より多様なニーズを持つ方にも関わりたいです。また、施設内での活動を深めつつ、外部での活動も広げていきたいと考えています。この1~2年で、「セラピー犬がいるから」という理由で当施設を選ぶ方も増えています。さらに、今年度から新しいスタッフも加わります。セラピードッグの可能性をさらに広げるために、チーム一丸となってもっと経験を積んでいきたいです。
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