ことばの悩み、子どもから大人まで言語聴覚士がサポート。 九州エリアで希少な相談先となる民間相談室が熊本に開室
公開日:2025.06.14
取材・文 桑原由布
ことばの相談や言語レッスンを実施する「ことばの相談室ことりくまもと桜町」が、2025年4月に開室しました。
「ことばの相談室ことり」は言語聴覚士が主宰する民間のことばやコミュニュケーションに関する相談室で、オリジナル教材「コトリドリル」なども制作。
熊本相談室は東京の本室に次いで2か所目の開室となります。
今回は、熊本の相談室に常駐する言語聴覚士の堀美月さんに、相談室が開かれた経緯や今後の展望などを伺いました。

今回インタビューした人:堀美月さん
ことばの相談室ことり
くまもと桜町 言語聴覚士
熊本保健科学大学で言語聴覚士資格を取得後、熊本市のこども発達支援センターで言語聴覚士業務に携わる。 現在はことばの相談室ことりでの相談・言語レッスンに従事。
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目次
言語聴覚士の支援を子どもから大人まで届けるため、制度の制約ない民間の相談室を開室
ことばの相談室ことり くまもと桜町
「ことばの相談室ことり」はどのような場所ですか。
言語聴覚士が運営する民間のことばの相談室です。
発音や吃音だけではなく、ことばの発達全般に関する悩みや学習障害など、コミュニケーションに関する相談に応じています。
国家資格である言語聴覚士が一人ひとりに合わせたプログラムを作成し、それに沿って対面、あるいはオンラインで個別の言語レッスンを進めるシステムです。
子どもだけではなく成人の構音・吃音相談などにも対応しています。
熊本市の公的機関にも「ことばの教室」と呼ばれる言語通級指導教室(*)がありますが、対象になるのは小学生までに限られていて、さらに発音や吃音に特化した支援が中心です。
また、現状は見過ごされていますが、ことばの支援が小学校卒業のタイミングで途切れてしまうことも深刻な問題です。
言語通級指導は言語障害のある子どもが言語支援を受けるための特別支援教育で、普段は通常学級に在籍しながら定期的に通うシステム。
言語通級指導教室を利用するには、専門家の検査や自治体からの認定が必要で、支援開始までタイムラグが生じてしまうことも課題です。
また、他校通級の場合は、保護者の送迎を必要とし、住んでいる地域によって利用の難易度に格差が生じる場合もあります。
受け入れ先の支援教室が遠方だったり空きがなかったりする場合もありますが、利用できるのは原則1か所のみ。
発音や吃音に加えて、発達障害があるなど複数の悩みを持つ子どもたちの中には、必要な支援が受けられないということもあります。
公的支援から取りこぼされている人に、専門的な支援を言語聴覚士の私たちが直接届けようと、制度に縛られず子どもから大人まで受け入れる民間の相談室として、「ことばの相談室ことり」がつくられました。
現在はオンラインに加えて、東京都台東区蔵前と熊本県熊本市中央区桜町の2か所の相談室を拠点に言語療法を行っています。
支援の大まかな流れを教えてください。
初めにアセスメントを行い、面談で聞き取った内容や検査の結果から相談室での支援方針を決めます。
ご本人の性格や学習スタイル、家族構成や家庭での環境などさまざまな要素を加味した上で個別プログラムを作成し、それに沿って言語レッスンを実施。
「相談室ではできていたことが、実生活ではできない」がないよう、プログラムの中には家庭で実践できる内容も提案するよう心がけています。
プログラム実施後は、記録を相談者にメールで共有しています。 必要に応じて、家庭で過ごす期間にも音声や録画データをご提出いただき、次の相談の手がかりにすることもあります。
子どもの言語支援を学ぶ中で寺田STと出会い、熊本に相談室を開室
オンラインでの相談・言語レッスンも行う
熊本に相談室を開室した経緯を教えてください。
「ことばの相談室ことり」を主宰するのは、代表の寺田奈々STです。
私は以前から彼女のインスタグラムや書籍を通じたファンの一人でしたが、講演などで教わったり教材づくりに協力したりといった交流を続ける中で、「九州で相談室をつくりませんか」と声をかけられ現在に至ります。
もともと私は言語通級指導教室の先生に憧れがあり、職業を探している際に言語聴覚士という仕事に出会い、大学で言語聴覚士の資格を取得しました。
新卒で熊本市のこども発達支援センターに配属されたのですが、実は言語聴覚士の中でも小児を専門とする人は少なく、資格取得者の7~8割が成人・高齢者の領域に進みます。
それでも専門職として相談者の力になろうと、独学で勉強する中で出会ったのが子どもの言語支援の情報発信をしていた寺田STです。
私自身、キャリアを積んで将来は民間の相談室を開きたいとは考えていたので、想定よりずっと早かったですが地元の熊本で開業を決意。
オンライン上で寺田STを始めとしたスタッフと連携しながら、言語療法が受けられる場所がまだ少ない九州の拠点として熊本に相談室を開室しました。
前職でも感じていたことですが、言語聴覚士の支援が必要な人に届けられていないのが現状。 海外にルーツを持つ子どものことばの相談や、発達障害を抱える子どもなど適切な支援につながりにくいケースも増えています。
今後、熊本を拠点のひとつとしながら、この地域の言語療法が受けられる環境を充実させていくことが私たちの役割だと考えています。
まだ開室されたばかりですが、印象深かった相談はありますか。
これまでは熊本市の方からの相談が中心でしたが、県外のみならず海外から相談を受けるようになりました。 同じ国内であっても自治体により体制やルールが大きく異なり、相談者が住む自治体のルールを聞くたび驚きます。
相談時は細かく聞き取りをしながら他の地域の情報収集を行い、お互いの常識のすり合わせをするよう心がけています。
前職でも感じていたことですが、海外にルーツを持つ子どものことばの相談も増えてきました。 熊本は台湾の半導体メーカーTSMCの進出もあり、海外とのつながりも深まりつつあります。
オンラインを通じて、「海外転勤後も言語療法を引き続き受けたい」といった相談もありました。
遊びの中でことばが出るよう市販の玩具も活用、家庭で言語レッスンができるオリジナル教材も
口や舌を動かしながらことばを発する「絵をみてまねっこ!いっしょにできたね おしゃべりカード」 (合同出版)
言語レッスンで使う教材について教えてください。
自社の教材にはこだわらず、市販の玩具や絵本、アナログゲームなどさまざまなものを活用しています。
勉強や練習というより、遊びの中で自然とことばが出てくる時間にできるアイテムを教材に選んでいます。 療育用や障害を持つ子ども向けの特別な教材に限らず、一般的なアイテムも多いです。
市販のアイテムも広く活用
家庭でできる言語レッスン用の教材「コトリドリル」も制作
オリジナル教材「コトリドリル」はどのようなものですか。
「コトリドリル」は「ことばの相談室ことり」オリジナルの教材で、寺田STが制作したもの。 家庭で言語レッスンをするための教材です。
小児専門の言語聴覚士につながれず待機する親子が、少ない情報を頼りに家でできることを探していた現状を見てつくられました。
言語聴覚士のいない療育先で、多職種の方に活用いただくことも多いです。
コロナ禍でSNSでの情報発信が急速に増え、現在は逆に情報が多すぎて玉石混交になっています。
そうした中で、何らかの手掛かりがほしいという人の手助けになればと思っています。
STが言語の臨床に取り組む場として、民間の相談室の存在も知ってほしい
リハビリ職が「ことばの相談室ことり」を理解する上で、知ってほしいことは何ですか。
言語聴覚士のキャリアのひとつとして、民間施設の開業があることをまず知ってほしいと思います。
成人領域の中でも摂食嚥下療法のニーズが高く、言語聴覚士の本来の職能範囲である言語・聴覚に満足に取り組めている人は非常に少ないです。
しかし、言語障害・スピーチ障害・吃音・読み書き障害・難聴といった発達由来の困難に対する相談先がなく、特に就学以降はとても少ないことは社会全体の大きな課題です。
言語の悩みは子どもにとって深刻で、行政職員時代にも発達障害由来の困難から「学習が苦手で学校に行きたくない」といった、社会参加に支障をきたすケースも見てきました。
教職員側も支援したい気持ちがあってもノウハウも少なく、業務も多忙ですから多くの子どもが取りこぼされています。 言語聴覚士である私たちの方から積極的に情報発信していくことも使命だと思っています。
今後の展望を教えてください。
まずは、ことばの悩みを専門職に相談できる場所があることを多くの人に伝えたいです。 ことばに関する困難は生活の当たり前の部分にも食い込んでいますから、周りに気づかれにくかったり相談につながりにくかったりもします。
必要な人に支援を届けるためにも、認知度を上げていきたいです。
今後、園や学校の先生たちとの連携を深める機会を持つことも目標です。 相談室はあくまで一対一の特殊な環境ですから、子どもたちは園や学校など集団の中に帰っていきます。
その環境を良くするためにも、集団を指導する先生たちと、一対一の指導に特化した言語聴覚士が一緒になって考え、こどもたちが過ごす明るい未来を一緒に支えていく活動ができればと考えています。
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