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第4回パラスポーツの花形、車椅子バスケ内閣総理大臣杯王者決定戦

公開日:2016.05.27 更新日:2016.06.06

リオパラリンピックの出場権を勝ち取った男子車椅子バスケットボール。5月に開催された内閣総理大臣杯争奪 車椅子バスケットボール選手権大会には、世界トップといわれるドイツリーグで武者修行している選手たちも国内チームに合流して、熾烈な試合が続きました。

華麗なチェアワークで車椅子が走り跳ぶ


宮城MAXの藤本選手がハイレベルなチェアワークと身体能力でボールに飛びつく。

「跳んだ!」
がっちりした手が車椅子の向きを素早く変え、ディフェンスの隙間をすり抜けるボールをつかみ伸びあがった瞬間、車椅子の片輪が浮き上がりました。とたんに片手を高々と上げてシュート。ボールは放物線を描いて、そのままゴールリングに吸い込まれ、会場は一気にどよめきました。
車椅子がこれほどアクティブに動き回るとは驚きです。日頃から車椅子を見ている人にとってはなおさら信じられないという印象でしょう。ゆっくりと歩くように進む車椅子とはまったくの別物です。

車椅子バスケットボールの試合で選手たちは、コートを疾走して激突します。巧みなチェアワークで左右にディフェンスをかわし、ゴール下へ飛び込みシュート! 急ブレーキやクイックターンを繰り返すので、コートの床は車椅子タイヤのゴムと摩擦熱でできるブラックマーク(タイヤ痕)がそこかしこに残っています。
車椅子ごとぶつかって転がり、そのまま自力で起き上がってボールに向かっていくような激しい試合も多い車椅子バスケ。シュート=点とわかりやすいため、ルールを全く知らない人が見に行っても盛り上がれるスポーツです。

選手は車椅子の性能を限界まで引き出します。だから試合中にタイヤがパンクすることもあるほど。もちろん車椅子は選手が上腕で操作します。試合後にその手を見せてもらったら、タイヤのゴムで真っ黒になっていました。まるで手もマシンの一部のようです。

王者・宮城MAXの8連覇


車椅子バスケは、通常のバスケと同じサイズ・高さのコートとゴールが使用される。

車椅子バスケットボール連盟に登録している男子チームは全国に80あります。その頂点を決する大会が「内閣総理大臣杯争奪 日本車椅子バスケットボール選手権大会」。各地区10ブロックの予選会を勝ち上がってきた16チームが東京体育館で王者の称号をかけて戦いました。

今年5月に開催された第44回大会の見所は東北ブロックの代表 宮城MAX(宮城県)の前人未踏8連覇をどのチームが阻止できるのか。対するは若手選手の成長著しいNO EXCUSE(東京都)や8年ぶりの優勝を目指す千葉ホークス(千葉県)、昨年準優勝の埼玉ライオンズ(埼玉県)が王者に挑みました。


ゴール下で障害レベルの低いハイポインターの選手が空中でギリギリの攻防を繰り広げた。

ファイナルは宮城MAXと千葉ホークスが激突。アメフト選手のような体格の藤本怜央選手は、千葉ホークスの執拗なディフェンスで体勢を崩されるものの、車椅子の片輪を浮かせながら確実なゴール。千葉ホークスには土子大輔・千脇貢・山口健二といった大型選手が揃っていますが、藤本選手を止められません。

攻め込まれる千葉ホークスはリバウンドからカウンターを仕掛けようとしましたが、宮城MAXの豊島英選手が巧みなチェアワークで相手選手の車椅子が動けないようにブロック。そしてとうとうホイッスルが鳴り、73-44で宮城MAXの圧勝でした。藤本選手はこの試合中に41得点で本大会の得点王。豊島選手も15得点でチームを8連覇に導きました。

車椅子バスケが世界への扉


日本代表チームをリードしてきた香西選手(NO EXCUSE)はドリブルしながら速攻を仕掛ける。

普段、NO EXCUSEの香西選手はドイツブンデスリーガのハンブルガーSVに所属しています。そこに藤本選手が合流しました。さらに昨年、同じく千脇貢選手(千葉ホークス)も加入。日本代表の主力3選手が世界のトップリーグで武者修行をしています。
オリンピックと同じようにパラリンピックでも、トップアスリートたちはスポーツで生活するようになっています。プロ化しているわけですが、言い換えると、そこまでストイックにトレーニングをした者が世界で勝ち残っているとも言えます。

3人が持ち帰った世界規準の車椅子バスケは、ほかの選手たちに浸透しはじめています。国内の所属チームでは、仲間たちがドイツ組の車椅子バスケを規準にした練習をしてきました。そして世界規準にどこまで追いついたかが、今大会での宮城MAX、千葉ホークス、NO EXCUSEの成績に影響しています。宮城MAXは藤本が不在の間、エースとして実力をつけてきた遠藤との連携が機能していました。

選手たちにとって、車椅子バスケは世界への扉。身体障害によって何かができなくなった喪失から、車椅子バスケが人生の翼となります。急旋回をするようなチェアワークでコートを疾走してゴールする選手たちの自由自在な姿に魅せられました。


大会8連覇の偉業をなしとげた宮城MAX。世界を意識しながらバスケをしてきた。

次回は優勝チームの藤本怜央・香西宏昭・豊島英選手たちのコメントと、世界で戦う車椅子バスケについてお伝えします。

安藤啓一

安藤啓一(あんどう けいいち)

福祉ジャーナリスト。大学在学中からフリー記者として活動を始める。1996年アトランタパラリンピックをきっかけに障害者スポーツの取材をはじめる。夏冬パラリンピックや国内大会を多数取材。パラリンピック関係者に読み継がれている障害者スポーツマガジン「アクティブジャパン」「パラリンピックマガジン」記者などを経験。日本障がい者スポーツ協会発行誌『No Limit』などの媒体にも寄稿している。取材活動のほかチェアスキー教室講師としてもスポーツに取り組んできた。共著に「みんなで楽しむ!障害者スポーツ」(学習研究社)がある。


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