vol.21
スタンフォード式「最高の睡眠」の西野精治教授に聞く(2)
セラピストができるエビデンスに基づいた睡眠改善法
文:中澤仁美 写真:和知明
世界最高峰の睡眠研究機関と呼ばれるスタンフォード大学睡眠研究所で長年研究を続けてきた西野精治先生(スタンフォード大学医学部精神科教授)にご登場いただき、セラピストの睡眠を改善するヒントを伺う本企画。後編では、より深い睡眠をとるためのポイントや、国民病ともいわれる睡眠時無呼吸症候群について取り上げます。

深い睡眠のカギは「光」と「体温」
寝ようと思ってもうまく寝付けなかったり、まだ寝ていたいのに目覚めてしまったり……。睡眠についての悩みを抱えている人は少なくありません。より良い眠りを得るためには、どんなことに注意すればよいのでしょうか。
「眠りの環境を整える上で重要なのは『光』の存在です。睡眠を促すホルモンであるメラトニンは、強い光により瞬間的に分泌が阻害されるという特徴があります。人間の場合、光を感知する器官は目だけですから、眠る前には視覚情報を意識的に制限する必要があります」(西野先生:以下、カッコ内の発言も同様)
具体的には波長470ナノメートルの光、つまりブルーライトが特に覚醒度を高めてしまうそう。暗い部屋でスマートフォンの画面を見続けると、なかなか眠りに就けないのはそのためだったのです。
「蛍光灯やLEDの青白い光よりも、赤っぽい暖色系の明かりのほうが寝室には適しています。また、コンビニ店内の明るい照明は非常に強い光刺激となるため、夜間就寝する前に訪れるのは望ましくありません」
また、生活リズムを整えるためにも「光のパワー」を利用するのが効果的なのだとか。
「すでに朝型で起床のタイミングを前にずらしたくない場合は、午前中はあまり光を浴びすぎないほうがよいでしょう。逆に、朝になかなか起きられないという人は、起床後すぐに光に当たることで、生活リズムを前倒しすることができます」
深い睡眠を得るためには、「体温」にも着目してほしいと西野先生は言います。
「夜間の就寝時には、手足から熱が放散し、深部体温がさがります。寝室環境や寝具の選択などで、この変化を助長すれば良眠につながります。また、深部体温は上昇した以上に下降しようとする性質があるので、就寝90分前をめどに入浴して上昇させておくと、眠ろうとするころには大きく下降してきて、より入眠しやすい状態にすることができます」
「眠りのゴールデンタイム」と呼ばれる寝始めの90分間(前編参照)においても、しっかりと深部体温を下げていくことで睡眠の質が上がるといいます。熱を放出しやすいゆったりした寝衣をまとい、足に熱がこもるので靴下を履くことは避け、マットレスや枕も通気性の良いものを選びたいところです。

自分が就寝前に安心できる「オリジナルの快眠術」を見つけよう
とはいえ、このような快眠の条件はあくまでも一般論。基本を押さえつつも、自分なりに快眠できる方法を見出していくことのほうが重要だと西野先生は言います。
「実験の結果だけを見ればブルーライトは避けるべきですが、『スマートフォンで動画を見ながらだと安心して眠れる』という人なら、デメリットよりメリットが上回るとも考えられます。また、眠る前には手を冷やしたほうが快適と感じるなら、必ずしもそれをやめる必要はないのです」
そもそも脳は、「いつも通りのパターン」を好む特徴があります。特に眠る前には、自分なりのルーティンを繰り返すことで脳を安心させてあげることが安眠につながるのです。
「ぜひ、自身の睡眠の記録を取ってみましょう。何時から何時まで寝たということに加えて、入浴や食事のタイミング、熟睡の度合いなどを記録していくのです。専用の記録用紙やスマートフォンアプリもありますが、手帳などに書き込むだけでもかまいません。どういう行動を取ったときによく眠れたのか、まずは自身の生活と睡眠のパターンをよく知ることが有効です」
一般化できない個別的な情報に基づいて、いわば「オリジナルの快眠術」を見出していくわけです。自らの思考や行動のクセを知ることにより、よりリラックスできる深い眠りを実現することにつながります。これは認知行動療法の考え方に似ているといえるでしょう。
「ちなみに、『いつも通りのパターン』を脳が好むのは、就寝時刻についても同じです。これを前倒しすることは難しく、無理に眠ろうとするとかえってリズムが崩れてしまう場合もあります。一日というスパンの中でずらせるのは、せいぜい1時間が限度だと覚えておきましょう」
翌日の起床時間が早いからといって、その分だけ早く寝ようとすることがベストだとは限らないわけです。
「たとえ睡眠時間が減ったとしても、いつも通りの時間に寝たほうが睡眠の質を確保できる可能性もあります。どうしても就寝時刻を前倒ししたいときは、入浴で体温調整するなど、計画的に行うのがお勧めです」

慢性的不眠の裏には危険な睡眠時無呼吸症候群?
2014年に実施された「国民健康・栄養調査」(厚生労働省)によれば、日本人成人の約20%が慢性的な不眠状態にあるとされています。その中には、睡眠時無呼吸症候群を抱える人も少なからずいるようです。
「睡眠時無呼吸症候群で治療を必要としている人は、日本に300万人以上いると推測されています。罹患すれば心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが通常の2~4倍になり、治療せずに放置した人の約4割がおおむね8年以内に死亡するというおそろしいデータもあります」
この疾患における「無呼吸」は、10秒間の呼吸停止を1回とカウントします。1時間の間に5~15回なら軽症、15回以上では中等度の睡眠障害となり、中等度以上なら治療が必要です。現在のところ根本的な治療法はありませんが、CPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)で徐々に呼吸状態を改善させていきます。重症で気道や下顎の骨格に問題がある場合は手術をすることもあります。
「肥満体型の男性がかかる病気だというイメージを持たれがちですが、アジア人は小さく奥まった下顎の形状から気道が狭まりがちで、やせていても、女性でも、子どもでも罹患する可能性があることを覚えておいてください」
睡眠時無呼吸症候群になると、夜間に何度も覚醒するため、日中に強い眠気が起こりがち。あまり自覚症状がないこともあるので、患者さんに寄り添うセラピストが異変に気付き、適切な治療につないでいけるとよいですね。セラピストが睡眠について知ることは、自身のためになるのはもちろん、患者さんへのより良いケアのためにも役立つのです。
日本人に必要な「眠り」に対する意識改革
長年、睡眠の研究を続けてきた西野先生ですが、眠りに必要なことは本来とてもシンプルだと言います。
「とにかく、眠たくなったときに眠ること。眠りたいという欲求は、身体的に眠りに就く条件が整ったというサインでもあります。心身を回復させるチャンスととらえ、20分程度でも仮眠することができれば、負担はまったく違ってくるはずです」
本来であれば、夜に十分かつまとまった睡眠をとるのが理想的でしょう。しかし、どうしても睡眠時間が足りず、日中に眠くなることがあるなら、前向きに仮眠をとるのも選択肢の一つになり得ます。
「通勤電車の中でのうたた寝には賛否両論あるかと思いますが、不足した睡眠を補うためには悪いこととは言い切れません。また、どうせ自宅のソファなどでうたた寝することが多いなら、クッションやブランケットを用意しておくなどして、質の良い仮眠をとれる場にしてしまいましょう」
そもそも日本人は、忙しければ睡眠時間を削るのは当然、と考えやすい傾向にあると西野先生は指摘します。特に責任感の強い人ほど「寝ずに頑張らなくては」という気持ちになりがちかもしれません。
「多忙なときや大切な仕事を抱えているときこそ、しっかり睡眠をとる。そうした考え方が当たり前になるように、日本人の意識改革も必要なように感じています」

西野精治(にしの・せいじ)
1955 年大阪府出身。1987 年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所へ留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぐ。2005 年、SCN ラボの所長に就任。30年以上にわたり、睡眠・覚醒のメカニズムについて、分子・遺伝子レベルから個体レベルまでの幅広い視野で追究している。令和元年5月に睡眠に特化したサービスを行うブレインスリープ社を設立し、代表取締役に就任。著書に『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版、2017年)がある。 ※2019年9月現在
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