「ヤンジャン!」アプリで読める医療マンガ『境界のエンドフィール』の誕生秘話とは?【前編】
公開日:2023.05.11 更新日:2023.07.10
インタビュー/竹林 崇 取材・文/ナレッジリング
カメラマン/山本 未紗子(ブライトンフォト)
集英社公式のジャンプ系青年マンガ誌総合アプリ「ヤンジャン!」に連載中の『境界のエンドフィール』(原作:近藤 たかし、作画:アントンシク)は、医療業界のなかでもあまり光が当たることのなかった理学療法士が主人公の作品です。
今回は、原作者である近藤 たかし先生と、監修者の高橋 哲也先生、藤野 雄次先生にお集まりいただき、作品誕生の舞台裏をうかがいました。
なお、座談会の進行役を務めるのは作業療法士であり、大阪公立大学で教授も勤められている竹林 崇先生です。竹林先生はマイナビコメディカルが運営するYouTubeチャンネル「シゴトLive作業療法士チャンネル」にも出演いただいています。
座談会参加者
近藤 たかし先生
『境界のエンドフィール』原作者
高橋 哲也先生
『境界のエンドフィール』監修者/理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科教授・副学科長
藤野 雄次先生
藤野 雄次先生(『境界のエンドフィール』監修者/理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科講師
竹林 崇先生
大阪公立大 医学部 リハビリテーション学研究科 教授/作業療法士/マイナビコメディカル運営YouTubeチャンネル「シゴトLive作業療法士チャンネル」出演
『境界のエンドフィール』誕生秘話
竹林:座談会の進行役を務めさせていただきます、作業療法士の竹林です。どうぞよろしくお願いいたします。まずは、高橋先生、藤野先生が本作に監修として携わることになった経緯から教えていただけますか?
高橋:数年前、診療放射線技師と放射線科医が活躍する『ラジエーションハウス』(※)という作品が話題になっていました。漫画だけでなくドラマや映画にもなった作品です。
そして、それをうらやましく思った私どもの学部長が、「今度はリハビリテーションをテーマにした作品を作っていただけないか」と集英社にアプローチしていたのだそうです。その言葉がすべてではないでしょうが、念願かなって理学療法士が主人公の漫画がスタートすることになり、私と藤野先生に「本作の監修として携わってほしい」という要請がきたというのが、今回の経緯になります。
※集英社『グランドジャンプ』の連載作品(原作:横幕智裕、漫画:モリタイシ)で、診療放射線技師や放射線科医にスポットが当てられた。窪田正孝主演でテレビドラマや映画にもなった人気作。
竹林:「療法士の漫画ができたらいいな」というのは、おそらく日本中の療法士が願っていたことではないかと思います。ですから、理学療法士がフィーチャーされた本作の誕生を耳にしたときは、私も感動や感謝の気持ちでいっぱいでした。ただ、作業療法士としては「なぜ理学療法士なんだろう」と少し嫉妬してしまったことも事実です(笑)。
高橋:恐縮です(笑)。
作品に取り組む近藤先生・アントンシク先生の「プロ意識」に、感心しきりの高橋 哲也先生。領域は違っても、プロ同士で通じ合うものがありそう。
竹林:リハビリテーションをテーマとした作品と聞いて、患者さんの生活や人生模様といったものに焦点が当たるのかなと思っていたのですが、実際は元刑事の理学療法士が主人公という異色の設定。大変驚きました。藤野先生に伺いますが、この設定を知ったときの率直な感想はいかがでしたか?
藤野:医療系の漫画作品といえば、ヒューマンドラマというのが順当な線ですよね。でも、そうした感覚は華麗に裏切られました。なので、「そう来たか!」というのが設定を聞いたときの率直な感想です。
とはいえ、奇をてらったわけではなく、療法士のプロフェッショナルな部分や、患者さん、仲間たちとの触れ合いといった要素もしっかりと入っているし、サスペンス要素もうまく絡んでいる。監修者の一人でありながら、常にドキドキ、ワクワクしながら本作と向き合っています。
「主人公の瀬戸真人と患者の千波夏海が、つらい過去を紙飛行機に乗せ、病院の屋上から夕陽に向かって飛ばすシーンです(Feel:1 過ちと贖い)。第1話目からさっそくウルウルさせられました」
竹林:本作に出てくるリハビリテーションの知識は臨床でも使えますし、「療法士の仕事って、絵にするとこんなに分かりやすいんだ」という点も新しい気付きでした。次は、近藤先生に伺います。原作者として、本作に関わることになった際の感想を教えていただけますか?
近藤:最初に編集サイドから聞かされたのは、「理学療法士が主人公の漫画を作りたいけれど、ただのリハビリテーション現場の話ではなく、サスペンス要素も盛り込んだ作品にしたい」という話でした。
次の瞬間、口をついて出たのは「それって、つながりますか?」という言葉でしたね(笑)。医療の知識なんてほとんどなかったですし、サスペンスものを描いたこともない。にもかかわらず、要素が盛りだくさんだったので、とにかく不安でした。
ただ、本作の担当編集者は、高橋先生がお話されていた『ラジエーションハウス』を手がけた方なので、いろいろと目算やたくらみがあるのだろうとは思いました。
あとは「まぁ、とりあえず考えてみましょうか」とやっていくなかで、少しずつ作画のアントンシク先生とも協力しながら形ができていった感じですね。
刑事と理学療法士に共通点はある?
竹林:主人公である瀬戸真人のキャラクター設定についても教えてください。近藤先生は、「元刑事×理学療法士」という組み合わせをどう感じていらっしゃいますか?
近藤:刑事と理学療法士という職業で共通しているのは、「人をよく観察する」という点ではないかと思います。ただし、刑事は疑うことを前提に人を観察していて、理学療法士は信じることを前提に人を観察する。「観察する」という共通の行動のなかに、相反する行動原理が含まれているのは、とてもおもしろいですね。こうした設定のおもしろさは、作品を作る上で、一つの推進力になっていると感じます。
竹林:なるほど、私たち療法士は観察することをすごく大切にしているので、とても納得できる見方だと思います。高橋先生と藤野先生は、これまで臨床や研究などで多くの療法士と出会ってきたと思いますが、瀬戸真人のような熱さを持った人物はいましたか?
高橋:「何とか患者さんを回復させたい」という思いから、強靭な粘りを発揮するような療法士は多いですね。また、「私たちが勇気を与えたい!」「一緒に頑張りましょう!」といったオーラを全身から発する情熱的な療法士もたくさんいます。
一方で、寡黙でありながら、患者さんのためにたくさんのことを調べ、最善の方法を探る療法士もいる。どんなタイプであれ「患者さんのために」という熱意が行動の起点になっているので、その点は瀬戸真人と共通しているのではないでしょうか。
竹林:「熱意を持って対象を観察する」というところに、刑事と理学療法士の共通項がありそうですね。続いて近藤先生に質問です。医療現場を舞台にした作品を作る上で、注意していることはありますか?
近藤:実際の医療現場を取材して作品を作っているのですが、そのなかで特に気をつけているのは、許されないうそがあってはならないということと、誤解を生まないようにすることですね。
漫画はエンターテインメントなので、「こんなセリフを言わせたらおもしろそう」「こんなシーンにすれば読者にウケるはず」といった考えもたびたび浮かぶのですが、それがうそや誤解につながるものであれば、迷わずカットしています。判断がつかない場合は、高橋先生や藤野先生にご意見を伺うこともありますね。
「医療×サスペンス」という難易度の高い要求に応え続ける近藤 たかし先生。常に医療従事者に対するリスペクトを持って、作品に取り組んでいるとか。
徹底したこだわりの描写にプロもうなる!
竹林:医療の現場を描く上で、正確性をないがしろにしてはいけない。一方で、エンターテインメント作品として、読者を楽しませないといけない。このせめぎ合いに、作品作りの難しさがあるのだろうと思います。高橋先生は監修者として、具体的にどのようなアドバイスをされているのでしょう?
高橋:基本的には、ストーリーや設定の細部に至るまで意見を言わせていただいています。ただし、この作品のおもしろさは、近藤先生の取材力と勉強力があってこそ。理学療法について、事細かに勉強された上で作品に取り組まれているので、出てくる表現がびっくりするくらい繊細なんです。
なので、まずは近藤先生のほうから「こういうストーリーを、こういうふうに描きたいのですが、専門家から見ておかしなところはありませんか?」というようにご質問いただき、それに対してレスポンスするというやり方で進めています。そうしたやり取りは、私にとってとても楽しいですね。それこそ「患者さんの肩の支え方は、これで合っているでしょうか?」といった細かいところまでこだわられているので、素晴らしいプロ意識だなと感じます。近藤先生のこうした姿勢が作品の精度を上げ、読者の関心と人気につながっているのではないでしょうか。
竹林:第18話に出てくる肩の亜脱臼は、療法士が臨床で扱うことの多い事例なので、「ついに、漫画で『インピンジメント』という単語を目にするときがきたか!」と興奮しました(笑)。コツコツと勉強している療法士ほど、本作に共感や感動を覚えるような気がします。
「患者・若松克夫のリハビリに娘の奈美子が協力するなかで、長年の確執を乗り越えるシーンです(Feel:6 頑固親父のヒストリー③)。私たち療法士は、リハビリの過程で患者さんの人生に踏み込むこともあり、『あぁ、こういうことってあるよね』と思いつつ、胸が熱くなりました」
担当編集者に聞いてみた!『境界のエンドフィール』のこと(前編)
\答えてくれたのはこの人/
株式会社集英社「ヤングジャンプデジタル」編集部 中島 真さん
理学療法士(あるいはリハビリテーション職)にスポットを当てた作品を作ろうと考えたきっかけを教えてください。
中島:もともとのきっかけは、初代担当編集が順天堂大学保健医療学部長・代田浩之先生と御縁があったということです。
初代担当編集が、放射線科を描いた『ラジエーションハウス』という作品を立ち上げた際、代田先生から「チーム医療をテーマに理学療法士を主人公とした漫画を創れないか」というお話をいただいたことから、構想がスタートしました。
単なるヒューマンドラマにとどまらず、サスペンス要素を絡めた「医療×サスペンス漫画」にしようと考えた理由は何だったのでしょう?
中島:普通にやるなら、オムニバスのヒューマンドラマがいいのかもしれませんが、あまり取り上げられることのない職種なので、新しい切り口を探すことにしたんです。そして、この企画の「ならでは」を追究しようと、順天堂大学の高橋 哲也先生、藤野 雄次先生に取材するなかで、理学療法士があらゆる傷病に携わり、一人の患者に長く寄り添える仕事であることを教えていただきました。それを聞いてピンときたんです。
物語の中心となる患者を殺人事件の容疑者にすることで、回復の難しさに、寄り添うことの難しさをプラスすることができるんじゃないか、と。そのうえで、事件の真相に迫るサスペンスを軸にしたら、企画として洗練されると考えて、「医療×サスペンス」というスタイルにたどり着きました。
プロフィール
近藤 たかし先生
1999年、『スーパージャンプ』(集英社)にてデビュー。歴史漫画や学術系のコミカライズを執筆。代表作は『漫画版 論語と算盤』『政談』『最大多数の最大幸福 道徳および立法の諸原理序説より』など。現在、原作者として「ヤンジャン!」(集英社)にて『境界のエンドフィール』を連載中。
高橋 哲也先生
理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科教授・副学科長
国立仙台病院附属リハビリテーション学院理学療法学科卒業。カーティン大学大学院理学療法研究科で修士号、広島大学大学院医学系研究科で博士号を取得。兵庫医療大学、東京工科大学を経て、2018年より順天堂大学保健医療学部開設準備室特任教授、順天堂大学医学部附属順天堂医院リハビリテーション室室長補佐。2019年より現職。専門は心臓リハビリテーションで、日本理学療法士協会理事、日本心臓リハビリテーション学会副理事長も務める。
藤野 雄次先生
理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科講師
埼玉医科大学短期大学理学療法学科卒業。首都大学東京大学院で修士号、博士号(理学療法学)を取得。埼玉医科大学病院、埼玉医科大学国際医療センターを経て、2019年より現職。専門は中枢神経系理学療法と高次脳機能障害で、日本神経理学療法学会の理事を務める。
竹林 崇先生
大阪公立大 医学部 リハビリテーション学研究科 教授
・略歴
兵庫医科大学 リハビリテーション部 作業療法士
吉備国際大学 保健医療福祉学部 准教授
大阪府立大学 地域保健学域 准教授・教授
・学歴
兵庫医科大学大学院 PhD(医学)終了
川崎医療福祉大学 医療技術学部 卒業
・資格
作業療法士
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