緩和ケアから学んだリハビリテーションの本質
公開日:2015.12.21 更新日:2023.03.14
文:吉倉 孝則
理学療法士/保健学修士/認定理学療法士
「リハビリ=改善」は正しいか?
今回は終末期や緩和ケアについて書いてみたいと思います。皆さんにとって「終末期」とは、どんなイメージですか? そのような患者さんと関わったことがありますか?
普段、リハビリで担当する患者さんは、身体機能や日常生活動作を「改善する」という目標や目的を持っていることが多いでしょう。しかし、超高齢社会と医療技術の向上により寿命は延長し、終末期医療が重要視されてきています。人間はいつか死ぬ。多死社会の中で「死」に向かっていく人をどのように支えていくのか、どのように最期を迎えるのかということも重要になりつつあります。
終末期の患者さんは、リハビリをしても身体機能がなかなか向上しないこともあります。「よくならないのにリハビリする必要があるの? それって意味あるの?」と疑問を持つ方もいるかもしれません。しかしここで、「リハビリ」の本来の意味をもう一度考えてみましょう。
リハビリとは、“Re(再び)”+“Habilis(適した)”の二つの言葉を語源とし、その意味は「全人間的復権」であるとされています。死期が近づいても「人間らしさ」を追求するという点では、終末期のリハビリは本来の意味に近いのではないかと感じます。最近ではQOL(Quality of Life:生命の質)だけでなく、「人間の尊厳ある死」を視野に入れたQOD(Quality of Death:死の質)も提唱され、注目されています。
ある白血病患者さんとのエピソード
私の経験をご紹介します。私も新人の頃は理学療法を提供することで患者さんの身体機能を改善して、しっかりと歩けるようになってもらうこと、日常生活を自立できるようになってもらうことを常に考えていました。
理学療法士になって3年目になる頃、「リハビリスタッフにも緩和ケアチームに関わってほしい」という依頼がありました。そのときは上司からの「誰かやりたい人いる?」という声に、誰も反応しませんでした。
私も初めこそ「緩和ケア? なんだかよくわからないな」と思いましたが、同時に「勉強のためにやってみよう」と思い、手を挙げることにしました。そして緩和ケアチームの一員となったのです。
緩和ケアチームに参加してからは、毎月のように医師、看護師、薬剤師など多職種との勉強会に参加し、少しずつ勉強をしました。それと同じ頃、「がんのリハビリテーション」の研修を受けることになり、「がんや終末期のリハビリ」の重要性に気がつき、のめり込むようになりました。
これは、ある患者さんとのエピソードです。その方は40代の女性で、診断名は白血病でした。当初は治療による完治を目標としており、日常生活は自立しているものの、理学療法では退院後の生活も想定して体力の維持、ADL維持目標に介入していました。しかし残念ながら治療は功を奏さず、患者さんには余命1ヵ月が宣告されました。
予後は短かったものの、外泊や一時退院に向けて理学療法は継続となりました。ときには患者さんが涙していることもあり、それを傾聴しながら「残りの時間をいかに過ごすか」という話もしました。
この患者さんには中学生と小学生の2人の娘がいたため、「娘たちに料理を作ってあげたい、教えてあげたい」といった希望をお持ちでした。そこで母親であるこの患者さんが外泊する際には、子供たちに料理を作ってあげられるように支援したり、母親の味を伝承するべく「料理レシピ本」の作成を提案したりしました。
終末期・緩和期では、その人が生きた証を示すために形見を作ったり、手紙を残したりすることがあります。外出後、この患者さんは「肉じゃがを作ってきたよ! 娘にも手伝ってもらいながら」など嬉しそうに教えてくれました。また「レシピ本も完成したよ」と話してくれました。この患者さんは余命宣告から40日後に亡くなられましたが、病気が進行しても、死期が迫っても、「母親」としての役割を全うされたのではないかと思います。
今後より重要となる終末期リハビリ
終末期では、「人間の尊厳」がより重要になるでしょう。排泄をおむつではなくトイレで行うなど、「身体機能が低下していくなかで、できる限り日常生活を維持しQOLを保つ」ことがリハビリテーションでは求められます。
私自身も終末期・緩和ケアを経験できたことで、セラピストとしての幅が広がりました。人間らしさの追求とは、本来のリハビリの意味である「全人間的復権」であり、セラピストとしてのやりがいにもつながると思います。
終末期のリハビリは養成校では十分な教育がなされてこなかった領域であり、学ぶ機会も少なかったのではないでしょうか。エビデンスもまだまだ乏しく、今後は終末期のリハビリに関する科学的根拠も必要となるでしょう。
今後は医療介護制度も在宅医療・リハビリにシフトしていきます。それに伴い、終末期に関わるセラピストは増えてくると思います。終末期を「死に向かっている」ではなく「今を生きている」ととらえて、リハビリの本質である「全人間的復権」に取り組める人材が求められています。このような分野にも興味を持つセラピストの方が増えると嬉しいです。
吉倉孝則 (よしくら たかのり)
理学療法士。保健学修士。認定理学療法士(運動器)。
星城大学リハビリテーション学部理学療法学専攻卒業。浜松医科大学附属病院リハビリテーション部入職。星城大学大学院健康支援学研究科修了。
大学病院への勤務時代は、整形外科疾患、がんのリハビリテーションを中心に幅広い疾患のリハビリテーションに従事。院内の緩和ケアチームにも携わり多職種連携を心がけている。
臨床業務以外にも研究活動や学生の指導など教育、地域包括リーダーとして地域包括ケアの構築にも力を入れている。
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