ナッジ理論ってなんだ?人々の行動を促す力(3)
公開日:2021.09.30 更新日:2025.01.30
文:吉倉 孝則
理学療法士/保健学修士/認定理学療法士
前回は「ナッジ理論ってなんだ?人々の行動を促す力(2)」にて、実際の現場で使いやすい手法のフレームワークとして有名な「EAST」のEA部分についてを説明しました。
今回は「EAST」のST部分について、詳しく紹介していきます。
みんな約束を守っています 「Make it Social(社会的)」
人の考えや感情は、周囲の環境や人との相互関係によって形成され、また無意識のうちに社会的規範にのっとって行動をしています。人々の選択や行動は周りの人の行動や発言に影響を受けます。
―みんなやっている・社会的規範
皆さん、行列のできているお店があると気になり、近くに同じようなお店があっても、その行列のできているお店を選択してしまうということはありませんか。
また「8割の方がこちらを選んでいます」といわれると、そちらが正しい判断と思ってしまうこともあるかもしれません。つまり、みんながやっていることに影響を受けて、自分もその選択や行動をとってしまうということです。
他にも、あるトイレには「いつもきれいに使用していただきありがとうございます」と書かれた張り紙を見たことがあるかもしれません。本当は「トイレを汚さないでください」と注意をしたいところですが、上記のように書かれていると、自分が汚してはいけないと意識し、気にかけるようになります。これが社会的規範というものです。
コロナ感染症の拡大で、できるだけ外出を控え、自宅にいるべきなら、テレビのニュースで「飲みに出ている人」を取り上げないほうが良いと思います。そういう人がいればいるほど、自分も外出してもよいと考えてしまう人が増えてしまう恐れがあります。
―コミットメント
ダイエットや禁煙をしようとするときに、手帳に書いたり、人にそれを宣言すると達成する確率が上がります。コミットメント、つまり約束をすると、人はそれを守ろうとし、行動に移しやすくなります。またその計画を立ててもらうことで、行動を起こすきっかけとなります。
ある研究では、破傷風のリスクと予防接種の重要性について啓蒙講演を受けたグループと、啓蒙講演を受けた後に、予防接種会場の地図を渡し、スケジュールを確認し、いつ行くか、どのルートで行くかを決めてもらうグループに分けました。結果は後者のほうが予防接種を受ける率が高まりました。約束を守りたくなる癖を活用し、行動計画や宣言をしてもらうことが効果的です。
<リハビリ場面での応用例>
・外来時間を守ってもらうために、「8割の患者さんは時間通りに来ていただいています」、「いつも時間通りに来院いただきありがとうございます」といった張り紙をする
・次回の予約を患者さん自ら予約表や診察券などに日付と時間を記入してもらう
リハビリの場合、患者さんの来院が予約の時間より遅れてしまうと、次の患者さんとの予約が重なってしまったりして、不都合なことが多いと思います。また、突然のキャンセルは、時間に空白ができてしまい、キャンセルが増えると収益の低下にもつながります。
これらを防ぐために、ほとんどの人が予約を守っているという社会的規範を示し、また次回の予約時間を単純にお知らせするのではなく、コミットメントすることで不要なキャンセルを防ぐことができるかもしれません。
気になるときに伝える 「Meke it Timely(時間的)」
人の思考や行動は絶対的ではなく、実は目の前の出来事の影響で簡単に変わることも多いです。そのため、行動を促すためには、タイミングが大事です。いつ声掛け・フィードバックをするかで結果が変わります。
―受け入れやすい時期
新年早々や4月のタイミングで、様々な習い事やフィットネスジムのチラシ・広告を目にする機会が増えます。これは、新しい目標をたてるタイミングだからです。例えば、「今年は痩せるぞ」といった目標を立てるタイミングでフィットネスジムの案内があれば、ついつい入会してしまうといった具合です。
生命保険に加入するタイミングは、社会人になったとき、結婚するとき、子供が生まれた時などです。そういったタイミングに合わせて生命保険加入の案内が来たりします。このように、受け入れやすい時期というものがあります。
―適切なタイミング
時期だけではなく、タイミングも重要です。適切なタイミングで、リマインドを送ることで、忘れかけていた、または後回しにしていたことを行動に移すといったこともあります。またテレビで健康番組をやった直後に、検診の案内があると受診率向上が期待されます。
このようにどのタイミングで、リマインド、フィードバック、声掛けなどをするかは重要です。
<リハビリ場面での応用例>
・リハビリ評価の結果をフィードバックするタイミングで、自主訓練内容を伝える
・外来予約のリマインドメールを送信する
自主訓練の内容を説明するタイミングを、例えば定期的な筋力評価をした日にフィードバックと合わせて伝えることで、自主訓練の継続率が変わるかもしれません。例えば、「今日の筋力は〇Kgfでした。目標までもう少しなので、このメニューを実施してください」と伝えるといった具合です。単に、自主訓練を説明するより、必要だと感じたタイミングで伝えると効果的です。
また外来の予約を忘れないようにリマインドを入れることで忘れずに外来に来てくれるかもしれません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。ついつい行動したくなるナッジ理論について少しはご理解いただけたでしょうか。もしかしたら、無意識に取り組んでいるようなこともあるでしょう。行動の癖を知り、効果的な方法を考えることは、リハビリ場面でも応用できることはたくさんあります。
今回は、外来でのリハビリを想定して応用例を示しましたが、入院患者さんでも応用可能ですし、対患者さんだけでなく、スタッフ教育、多職種連携、研修会など、好ましい行動に促す方法として応用が可能です。実際に、ナッジ理論は、人材育成、組織マネジメントなどにも多く活用されています。ナッジ理論で重要なのは、選択肢を残しつつ、好ましい行動へ促すことであり、強制ではないことを改めて強調します。
また、注意しないといけないことは、ナッジ理論は万能ではなく、効果が出ないこともあります。さらに逆効果につながることもあるとされています。
今回の記事では、スペースの関係で事例の紹介も限られており、部分的なことしか書けていませんが、興味を持たれた方は、たくさんの関連書籍も出ていますので、もう少し深く勉強してみてはいかがでしょうか。ナッジ理論を意識すると面白いですよ。
参考
受診率向上施策ハンドブック「明日から使えるナッジ理論」.厚生労働省

吉倉孝則 (よしくら たかのり)
理学療法士。保健学修士。認定理学療法士(運動器)。
星城大学リハビリテーション学部理学療法学専攻卒業。浜松医科大学附属病院リハビリテーション部入職。星城大学大学院健康支援学研究科修了。
大学病院への勤務時代は、整形外科疾患、がんのリハビリテーションを中心に幅広い疾患のリハビリテーションに従事。院内の緩和ケアチームにも携わり多職種連携を心がけている。
臨床業務以外にも研究活動や学生の指導など教育、地域包括リーダーとして地域包括ケアの構築にも力を入れている。
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