がんのリハビリテーションの実際2【ある社長の場合】
公開日:2016.03.07 更新日:2021.04.09
文:吉倉 孝則
理学療法士/保健学修士/認定理学療法士
なぜ手術前にリハビリを開始するのか
第3回では、がんのリハビリテーション(以下、リハビリ)には「予防的」~「緩和的」と病期が患者さんによって異なり、そこが難しいところの1つであると書きました。
今回は、ある患者さんとのエピソードをお伝えします。
その方は50代の男性で、食道がんの診断をされたAさん。手術を受けるために入院し、手術前から私がリハビリの担当として関わりました。
食道がんの手術前後のリハビリでは、手術前に腹式呼吸や排痰方法などの呼吸訓練と手術後の早期離床を行うことが一般的です。
手術前から呼吸法や排痰方法を正しく行えるように事前に慣れておくことで、術後の呼吸器合併症が減るとされ、呼吸器合併症を予防することで術後の入院期間の短縮をするとされています(がんのリハビリテーションガイドラインでは推奨グレードが上から2番目のBです)。
また、手術前に理学療法士が関わることで患者さんと信頼関係を先に築いておくことが可能になります。さらに手術後のリハビリの進め方などを事前にオリエンテーションしておくことで患者さんも安心して手術を受けることができると思います。
実は数年前まで、当院では手術後からのリハビリへの介入が多かったのです。そのため、手術後に患者さんのお部屋を訪室して「今日からリハビリを始めましょう!」と初対面の理学療法士が言い出しても、患者さんからは「もうやるの?」「傷口が痛むからまだ出来ない」という声が聞かれました。しかし、手術前からリハビリを開始し、手術後早期からリハビリを始める意義や内容を前もって伝えておくようになったことで、患者さんもリハビリの必要性を理解し、手術後のリハビリにスムーズな介入が可能となりました。
とある社長の場合~信頼と責任感で成功したリハビリ
さて、患者さんとのエピソードに戻ります。
Aさんには手術の数日前から担当として関わりました。いつも通り、私は手術前の呼吸方法や排痰指導、そして手術後のリハビリの意義や内容をお伝えしました。
しかし、Aさんは「大丈夫! 大丈夫!」と、手術前の呼吸リハビリにあまり積極的ではありませんでした。
手術前の呼吸合併症予防のためのリハビリは、「予防」が目的のため、その時点で患者さんには何も症状がないことが多々あります。食道がんでも食事を食べたときにのどに違和感がある症状がある方もいますが、手術で摘出可能な初期のがんであれば、多くの場合、症状は特になく、呼吸も苦しくありません。そのため、リハビリの意義を理解しがたい状況でもあります。
Aさんもそうだったのかもしれません。
手術前は痛いところもなければ、苦しい所もない。「なんでリハビリ?」と思っていたのかもしれません。
手術の前日、私から「仕事に早く復帰できるように、手術後もリハビリをがんばりましょう」と声かけをして、翌日手術に向かいました。
手術の翌日よりリハビリが再開されました。
手術後は集中治療室(ICU)で呼吸や循環動態に注意をしながら、また点滴やドレーン類が多く挿入されているので看護師とも協力しながら、ベッドのヘッドアップ、ベッドの端に足を下ろして座る端坐位、立位保持、歩行と早期離床を進めていきます。これらによって呼吸合併症予防と、じっとしていることにより筋肉が衰えてしまうという骨格筋の廃用の予防に取り組みます。手術後であるため、患者さんは手術創部の痛みや呼吸の苦しさもあり、痰量が増えたりもします。
手術前は「大丈夫! 大丈夫!」とリハビリに対して意欲的ではなかったAさんも、手術後は術創部の痛みを訴えながらもリハビリに頑張って取り組んでくれました。(実際は硬膜外麻酔などで痛みのコントロールをしているのですが、リハビリで体を動かすと痛みがでてしまうケースが多いです)。
そして、手術をして1週間が経つ頃には、一般病棟でトイレに行ったり、病棟内を散歩したりと自由に動けるまでに順調に回復してきました。
そんな時、Aさんがこんな言葉をポツリと漏らしました。
「俺がいないと若いやつらが困るから」
実は、このAさんは100名以上の従業員を抱えた中小企業の社長さんでした。
私は手術前からこのことをカルテを見たり本人から聞いて知っており、上述した手術前の「仕事に早く復帰できるように、手術後もリハビリをがんばりましょう」という声かけの前後にも「Aさんがいない間は、仕事はどうなっているのですか?」「従業員の皆さんも社長がいないと困りそうですね」といった患者さんとのやり取りがありました。
Aさんは予定通り3週間程度で無事退院していきました。
がんサバイバーを支える理学療法士の役割
がんの手術後に早く仕事復帰できるように支援するのもがんリハビリの役割の1つです。
私の手術前の声かけが効果的であったかどうかはわかりませんが、手術前からリハビリの意義を伝えて、手術後の呼吸器合併症予防、そして早期退院につなげていくのは大切です。上記のエピソードがそうだったように、手術前は症状がなく、リハビリをする意義を理解してもらえないケースもあります。それでも、その後に備えしっかりと説明し意義をお伝えし、また信頼関係を手術前から築いておくことで、手術後にすぐ必要なリハビリだとわかってもらうことができます。これが「予防的リハビリ」の関わりの1例です。
前回も述べましたが、がんは医療技術の向上によって生存率は向上し、がんサバイバーが増加しています。また、がんは就労をしている比較的若い世代でも罹患する病気です。このような患者さんにリハビリセラピストとして関わり、仕事復帰など1日も早くそれぞれの患者さんの生活に戻ってもらうことを支援する。これが理学療法士である私にとっての「がんリハビリテーション」の実際です。
吉倉孝則 (よしくら たかのり)
理学療法士。保健学修士。認定理学療法士(運動器)。
星城大学リハビリテーション学部理学療法学専攻卒業。浜松医科大学附属病院リハビリテーション部入職。星城大学大学院健康支援学研究科修了。現在に至る。
大学病院に勤務し、整形外科疾患、がんのリハビリテーションを中心に幅広い疾患のリハビリテーションに従事。院内の緩和ケアチームにも携わり多職種連携を心がけている。
臨床業務以外にも研究活動や学生の指導など教育、地域包括リーダーとして地域包括ケアの構築にも力を入れている。
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