「ヤンジャン!」連載マンガ『境界のエンドフィール』原作者らが語る「医療×サスペンス」への思い【後編】
公開日:2023.05.12 更新日:2023.07.10
インタビュー/竹林 崇 取材・文/ナレッジリング
カメラマン/山本 未紗子(ブライトンフォト)
集英社公式のジャンプ系青年マンガ誌総合アプリ「ヤンジャン!」に連載中の『境界のエンドフィール』(原作:近藤たかし、作画:アントンシク)は、医療業界のなかでもあまり光が当たることのなかった理学療法士が主人公の作品です。
前編に引き続いて、原作者の近藤たかし先生と監修者の高橋哲也先生、藤野雄次先生、そして進行役の竹林崇先生にお集まりいただき、本作の魅力やリハビリテーション業界への思いを語っていただきました。
目次
座談会参加者
近藤 たかし先生
『境界のエンドフィール』原作者
高橋 哲也先生
『境界のエンドフィール』監修者/理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科教授・副学科長
藤野 雄次先生
藤野 雄次先生(『境界のエンドフィール』監修者/理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科講師
竹林 崇先生
大阪公立大 医学部 リハビリテーション学研究科 教授/作業療法士/マイナビコメディカル運営YouTubeチャンネル「シゴトLive作業療法士チャンネル」出演
「エンドフィール」がタイトルになったことに感動!
竹林:座談会の前編では、『境界のエンドフィール』という作品が誕生した経緯や、作品との向き合い方などについてうかがいました。高橋先生や藤野先生は、監修として作品にかかわるなかで、実際の患者さんとのやり取りを思い出すこともあるのではないですか?
高橋:ありますね。近藤先生とお話するときにも、「実際の臨床のこういう場面ですごく感動した」「こういうときに難しさを感じた」など、私自身が経験してきた具体的なエピソードをお伝えしています。
作品のタイトルになった「エンドフィール」(※)という言葉も、私が若い頃に「患者さんの膝の奥に硬いむくみがあるときは注意しなさい」と先輩から教えられたエピソードのなかに出てきたものなんです。まさか、タイトルに使っていただけるとは思いませんでしたが、理学療法士の仕事を象徴する言葉でもあるので、とても気に入っています。
※関節を他動的に動かしたとき、その最終域で感じられる抵抗のこと。この感じ方により、可動域制限の原因を推測することができる。
藤野:作品を読んで、「そうそう!」と思うところは多いのですが、専門家としては当たり前すぎて疑問に思わないようなエピソードや、とり立ててすごいと感じられないような話を近藤先生やアントンシク先生が丹念にすくい上げ、作品に織り込んでいただいていることにも感動を覚えます。おかげで、「あのエピソードがこんなところで使われるのか!」と驚く場面が少なくありません。本作を読んで、あらためて勉強になったこともたくさんありますね。
竹林:知識の深さや動作のリアルさなども本作の特徴なので、療法士のみなさんは、そうした観点からも楽しめるのではないかと思います。近藤先生にうかがいたいのですが、作品に対する読者の方の反響はいかがですか?
近藤:おかげさまで好評をいただいており、とてもうれしく思っています。ただ、医療やサスペンスなど、さまざまな要素を盛り込んだために、「理学療法のシーンが好きだからもっとやってほしい」という方もいれば、「サスペンス要素をどんどん進めてほしい」という方もいて……。どうやってバランスを取りながら、ニーズにお応えしていくかが悩みどころです。特に、新たな事件に突入するタイミングをいつにするかが難しい。なので、読者の方からのコメントを見て、「もう少し待とうかな」「そろそろかな」とあれこれ思案しながら進めています。
「瀬戸真人がリハビリを嫌がる患者・若松克夫の膝関節を触り、エンドフィールを確かめるシーンです(Feel:3 エンドフィール)。エンドフィールをどう描けば、読者のみなさんに伝わるのだろうと思っていたのですが、アントンシク先生は光の揺らぎで見事に表現。『さすがだなぁ』と感じましたね」
竹林:読者のニーズをリアルタイムでくみ取りながら、ストーリーを展開していくわけですね。本当に大変なお仕事だと思います。高橋先生や藤野先生のまわりにいらっしゃる、理学療法士の方々の反響はいかがでしょう?
高橋:かなり喜んでいますね。本作では、理学療法士が他職種とチームを組んで活動する様子から、個々の細かな手技に至るまで、正確かつマニアックに描かれていますが、そのことがとてもうれしいようです。学生たちからも「勉強になった」という声をよく聞きますよ。ストレッチの場面などが漫画で分かりやすく表現されているので、学校のテキストより参考になる、と(笑)。
藤野:確かに、本作は理学療法を学んでいる学生のモチベーションアップにも、大きく貢献していると感じます。そうした意味では、監修という立場にいることをうれしく思いますし、作品作りから学んだことを学生の指導にも生かしていきたいですね。
常にドキドキ、ワクワクしながら本作と向き合っていると語る藤野雄次先生。そのソフトな語り口は、近藤先生のなかの「理学療法士像」にも影響したそう。
理学療法士の熱意と発信力が求められる時代
竹林:本作で光が当たった反面、理学療法士をめぐっては、需要に対して供給がオーバーしている人員飽和の問題が取り沙汰されています。そうした状況を踏まえて、これからの理学療法士に求められることは何だとお考えですか?
高橋:そのような推計が出されていることは事実ですが、一方で急性期医療や精神科医療の領域で理学療法士がまだまだ必要だという指摘もあります。また、私もそのように実感しています。やり方によっては、推計が多少ブレることもあり得るので、人員飽和の問題については、これからの動向に注目していく必要があるかもしれませんね。
それはさておき、理学療法士に求められるのは、これまでも、そしてこれからも「熱意」であると考えます。大げさに聞こえるかもしれませんが、理学療法士が患者さんと接するときは、「相手の人生がかかっている」ということを強く意識しなければなりません。そして、そうした意識を下支えするのは、尽きることのない熱意です。それこそ瀬戸真人のように、熱意を持って患者さんと向き合い、よりよい方法を探究し、課題を解決していく。その姿勢は、どのような時代であっても忘れてはならないでしょう。
「女優の篠矢 千亜紀が予防的手術の必要性を医師に告げられ、ショックを受けるシーンです(Feel:13 孤独の痛み②)。彼女の心中が、全身を真っ二つに割られたような絵で描かれているのですが、この表現が本当に秀逸! まさにこういう感じだろうなと思いつつ、ドキッとさせられました」
藤野:付け加えるのであれば、自らの専門性をベースにした「発信力」も大事になると思います。それは、SNSなどで好き勝手に放言することではなく、理学療法士としての技術や見識を磨き、学会や勉強会などで進んで発信するということです。さまざまな学会のなかで、理学療法士としての情報を発信し続ける高橋先生のような存在は、まさにお手本といえるでしょう。個々の理学療法士が発信力を高めれば、他職種からも大いに認められ、頼られる存在となり、理学療法の発展にもつながっていくはずです。
作品を療法士の地位向上につなげていきたい!
竹林:最後に、「セラピストプラス」のユーザーに向けて、メッセージをお願いします。
近藤:『境界のエンドフィール』は、医療をベースにしながら、サスペンスあり、ファンタジーあり、恋愛ありと、さまざまな要素を盛り込んだ冒険的な作品です。「要素を詰め込みすぎて、ストーリーが取っ散らかったり、中途半端になったりするのでは?」という不安を感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはご安心を。最終的にはすべての要素が一つにまとまって、みなさんにご満足いただける展開になるよう構想しておりますので、ぜひ最終話までお付き合いください。
高橋:とにかく『境界のエンドフィール』を手に取っていただきたい。それに尽きます。理学療法を扱った漫画作品は珍しいですし、原作の近藤先生も作画のアントンシク先生も臨床のことを非常に勉強された上で、敬意を持って描いてくださっています。すでに現場で活躍されている方はもちろん、理学療法を学んでいる学生さんにも、ぜひおすすめしたいですね。
藤野:自分の専門領域が作品化されたことで、「漫画の力はすごいんだな」ということを実感しています。『境界のエンドフィール』をエンターテインメントとして楽しんでいただくだけでも十分意味はあるのですが、本作には理学療法士だけでなく、作業療法士や言語聴覚士も登場します。ですから、「セラピストプラス」ユーザー全体で応援していただければ、リハビリテーション業界の認知度や、療法士の地位を高めることにもつながるのではないでしょうか。
竹林:私も応援団の一人として、引き続き『境界のエンドフィール』を推していきたいと思います。本日はありがとうございました。
作業療法士が主役を務める作品の登場を願ってやまない竹林崇先生。YouTubeチャンネル「シゴトLive作業療法士チャンネル」も要チェック。
担当編集者に聞いてみた!『境界のエンドフィール』のこと(後編)
\答えてくれたのはこの人/
株式会社集英社「ヤングジャンプデジタル」編集部 中島 真さん
原作に近藤たかし先生、作画にアントンシク先生を起用した狙いを教えてください。
中島:近藤たかし先生は、さまざまなジャンルに知見があり、難しい内容・テーマを分かりやすく伝えられる卓越した力をお持ちです。また、ミステリーにも造詣が深く、緻密な構成や伏線作りなどもお上手です。この作品は容疑者の回復とリハビリ、事件の真相の紐解きをリンクさせる必要があり、設定を固めてから逆算して話を進めるという難易度の高い創り方なので、近藤先生がまさに適任でした。
アントンシク先生は、説明の必要がないくらい超画力の持ち主です。特にヒューマンドラマにおける演技力(本作でいえば「大人の表情劇」)、現実世界でないものを描く際の演出力(本作でいえば「幽体や死神の存在」)、そしてリハビリシーンで「肉体が肉体を支える絵」に説得力がある。この3点に着目しました。
担当編集者の立場から「セラピストプラス」のユーザーに向けて、メッセージをお願いします。
中島:患者さまの日常と尊厳を取り戻すリハビリテーション職は、社会的に意義のある仕事。本作を通して、そうした仕事を広く知っていただくことには、大きな意味があると考えております。よろしければ、みなさまも手にとっていただき、職場のお仲間やご友人におすすめいただけると、大変ありがたいです!
最新話ではストーリーの縦軸が一気に進み、予想もつかない怒涛の展開が待っていますので、そちらも期待してお待ちください。
プロフィール
近藤 たかし先生
1999年、『スーパージャンプ』(集英社)にてデビュー。歴史漫画や学術系のコミカライズを執筆。代表作は『漫画版 論語と算盤』『政談』『最大多数の最大幸福 道徳および立法の諸原理序説より』など。現在、原作者として「ヤンジャン!」(集英社)にて『境界のエンドフィール』を連載中。
高橋 哲也先生
理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科教授・副学科長
国立仙台病院附属リハビリテーション学院理学療法学科卒業。カーティン大学大学院理学療法研究科で修士号、広島大学大学院医学系研究科で博士号を取得。兵庫医療大学、東京工科大学を経て、2018年より順天堂大学保健医療学部開設準備室特任教授、順天堂大学医学部附属順天堂医院リハビリテーション室室長補佐。2019年より現職。専門は心臓リハビリテーションで、日本理学療法士協会理事、日本心臓リハビリテーション学会副理事長も務める。
藤野 雄次先生
理学療法士/順天堂大学保健医療学部理学療法学科講師
埼玉医科大学短期大学理学療法学科卒業。首都大学東京大学院で修士号、博士号(理学療法学)を取得。埼玉医科大学病院、埼玉医科大学国際医療センターを経て、2019年より現職。専門は中枢神経系理学療法と高次脳機能障害で、日本神経理学療法学会の理事を務める。
竹林 崇先生
大阪公立大 医学部 リハビリテーション学研究科 教授
・略歴
兵庫医科大学 リハビリテーション部 作業療法士
吉備国際大学 保健医療福祉学部 准教授
大阪府立大学 地域保健学域 准教授・教授
・学歴
兵庫医科大学大学院 PhD(医学)終了
川崎医療福祉大学 医療技術学部 卒業
・資格
作業療法士
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