作業療法士のキャリアや成長に迫る漫画『「あなた」が「あなた」でいるための。』制作陣が語る作業療法への思いとは?
公開日:2024.02.19
取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
カメラマン/和知 明(ブライトンフォト)
『「あなた」が「あなた」でいるための。』は、セラピストプラスに掲載中のオリジナル漫画。同作では、作業療法士のキャリアや成長にまつわる多彩なエピソードを楽しく、そして読みやすい形でお届けしています。
今回は、本作の監修を務める作業療法士の竹林崇先生、初回に登場する学校作業療法士の仲間知穂先生、そして作画を担当した漫画家のたいらさおりさんに、それぞれの思いを語っていただきました。
目次
対談メンバー紹介
竹林 崇
大阪公立大 医学部 リハビリテーション学研究科 教授
・略歴
兵庫医科大学 リハビリテーション部 作業療法士
吉備国際大学 保健医療福祉学部 准教授
大阪府立大学 地域保健学域 准教授・教授
・学歴
兵庫医科大学大学院 PhD(医学)終了
川崎医療福祉大学 医療技術学部 卒業
・資格
作業療法士
仲間 知穂
1979年東京生まれ。2002年東京都立保健科学大学1期生として卒業。回復期の河北リハビリテーション病院、沖縄リハビリテーション病院に6年間勤務後、作業療法士の養成学校・琉球リハビリテーション学院で7年間講師を務める。2009年よりボランティアで学校での作業療法を開始し、2016年作業療法士による学校訪問専門の事業所「こども相談支援センターゆいまわる」設立、代表。3児の母。
たいらさおり
漫画家・イラストレーター・デザイナー。
出版社やデザイン事務所を経てフリーランスとして独立。雑誌やweb媒体のイラストや、単行本「北海道民のオキテ」「海自オタがうっかり「中の人」と結婚した件。」各シリーズ等、コミックエッセイを中心に刊行。
作業療法士の仕事や社会的な役割を
漫画の力で分かりやすく伝えたい
竹林:作業療法士がどのように世の中に貢献しているか 、もっと分かりやすく伝えていきたい。そんな思いからスタートしたのが、『「あなた」が「あなた」でいるための。』という企画です。コロナ禍以降、漫画を楽しむ方が増えたという印象があったので、「現役の作業療法士にインタビューして漫画化する」という手法を取ってみたのですが、最初にこの話を聞いたときは、どう思いましたか?
仲間:漫画は大好きで日頃からよく読むのですが、自分の人生がそれほど特殊だとは思っていなかったので、「作品として成り立つのだろうか?」とちょっぴり不安でした。でも、仕上がりを見てびっくり! 当時の思いや場の空気感が要所要所で見事に再現されていて、とても魅力的な読み物になっていました。私がいうのもおこがましいのですが、プロの仕事という感じです。
竹林:漫画という表現方法だからこそ、言葉では説明しづらい「行間」の部分がうまく表現できている気がします。作品を監修する中で感じたのは、たいらさんが相手のエピソードを聴き取る力に長けているということ。そして、人物の感情を描くのがとても上手です。
たいら:ありがとうございます。うかがったお話に緩急を付けながら、ストーリーを構築していくのが私の役目ですが、その過程では「キャラクターを自分に降ろす」という作業が欠かせません。ですから、今回は仲間さんに取り憑いてもらって、楽しいシーンはニコニコしながら、悲しいシーンは泣きそうになりながら描いていきました。
竹林:いわゆる「憑依型」なのですね(笑)。でも、そんなたいらさんのフィルターを通したからこそ、解像度の高い作品になったと感じます。もともとは、自身のけがをきっかけに、セラピスト領域のイラストを手がけるようになったのですよね。
たいら:そうなんです。数年前に転んで足をねんざをしたとき、初めて理学療法士さんのリハビリテーションを経験しました。そして、そのときの出来事をイラスト化し、SNSにアップしたことがきっかけでセラピストの方々と交流が生まれたんです。作業療法士さんの仕事内容や働き方、考え方についてはいまだに勉強中ですが、「その人らしい世界観」が反映されるお仕事のように感じています。
仲間:確かに、その人がどういう人生を歩んできたかによって、表現される作業療法は変わってきます。決まった方法をトレースするだけの仕事ではなく、自分のアイデンティティが施術に大きくかかわってくる仕事——。そんなイメージですね。今回の漫画では、価値観が変化したきっかけや過程など、言語化が難しい部分もうまく表現してもらえたと思います。
《「あなた」が「あなた」でいるための。(前編)の一コマ》
「もう自分は必要ない」と思える瞬間が
作業療法士としていちばんうれしい
竹林:作業療法の視点を持つと見える世界が変わってくることがあって、その状態を「作業のメガネをかける」と表現したりします。疾患名や障害名ありきで対応を考えるのではなく、対象者はどんな人で何に困っているのか、今後どうしていきたいのかを知る。そして、それを実現するために何ができるか熟考する。仲間さんの学校作業療法士としての実践も、そうしたことの積み重ねかもしれませんね。
仲間:私も学校や保育園、幼稚園などでアドバイスするときは、関係者のみなさんに一時的に「作業のメガネ」をかけてもらうようにしています。そうすると、問題児のように捉えられていた子に対して「ちょっと面白い子だな」「もっとかかわってみたい」と感じる方が増え、「その子が何を必要としているか?」をフラットな目線で話し合えるようになるんです。障害の有無とは関係なく、環境とのマッチングがうまくいっていないと、人間はパフォーマンスが低下する。そのことを理解してもらえるのは、とても大事だと感じます。
竹林:学校作業療法にゴールがあるとすれば、それはどんなものだとお考えですか?
仲間:私の役割は、それぞれの施設が「届けたい」と思っている教育や保育が実現できるようにサポートすること。言葉を変えるなら、歯車がかみ合っていない部分を見つけて調整することです。そういう意味では、先生や関係者の意識が変わって子どもの可能性に惚れ込むようになったり、環境が改善されて子どもたちがよりよい姿で成長したりすることがゴールと言えるかもしれません。といっても、それは「作業療法士の必殺技のおかげで状況が激変した!」なんてことではなく、気付いたらみんなが心地よい生活になっていた、というような目に見えにくい変化です。
たいら:小さな変化を積み重ねているからこそ、作業療法士さんの周辺にはたくさんのドラマがあるんですね。対象者の困り事や願いをすくい上げ、行き先を見定めながらレールを整え、トロッコで進んでいくための手助けをする。仲間さんの話を聞いていて、そんなイメージが浮かんできました。
竹林:その表現、とてもセンスがいいと思います。実は作業療法士の活動には、対象者に直接かかわわらない場面も多いんです。周辺環境を整えたり、仲間さんのように先生や関係者に影響を与えたりすることで、結果的に対象者のメリットにつなげるやり方ですね。つまり、トロッコがうまく進むように陰ながらアシストするのも作業療法士の役割で、それだけに本人から感謝されにくい職業でもあります。対象者が「自分が頑張ったからよくなった!」と感じていて、僕らのことなんかすっかり忘れているような事例ほど、「うまくいった」と感じられるんですよ。作業療法士にとっては。
仲間:「そういえば、作業療法士もいたな」と後から思い出してもらう感じですよね(笑)。でも、それこそ現場がうまく回るようになった証拠。「ありがとう」と直接いわれるよりも、子どもたちがいきいきとしてきて、「もう自分はいらなくなったな」と思える瞬間にこそ、幸せを感じます。
たいら:目立たないところからその人の人生を変えるというのは、まさに仕事人ですね。
患者さんや子どもたちこそが、
自分の作業療法を磨くための「師匠」
仲間:そういっておきながら、私も学生時代は「患者さんをあるべき標準の姿に戻す」という意識しか持っていませんでした。その人がどうなりたいかをいちばんに考え、一緒に生き方をデザインしていくような感覚は、現場に出てから身に付いたものです。
竹林:患者さん自身がどうなりたいか分からない時期もあるし、時がたつにつれて希望が変化することもある。年齢が離れている対象者だと、打ち解けてもらうまでに時間がかかることも多い。学校で学んだ作業療法とは違って、試行錯誤する部分が大きいですよね。
仲間:そんな中で、作業療法士としての自信を積み重ねてこれたのは、対象となる患者さんや子どもたちがいたからです。彼らこそがかけがえのない「師匠」であり、自分の人生を通して私のかかわり方がどうだったかを教えてくれるんです。だからこそ、新たな師匠と出会うたびに、自分の作業療法が磨かれ、よい意味で変わり続けられると確信しています。
竹林:よい作業療法士ほど、「対象者から教えてもらう」という感覚を持っている気がします。仲間さんのようなキャリアに憧れる方も多いと思いますが、キラキラした理想にばかりに気を取られて、目の前の対象者に全力投球できないのは少し違う。それだと、誰のための作業療法か分からなくなります。
仲間:師匠に教えてもらったことを次に生かす、という積み重ねにこそ価値がありますからね。今回の漫画でも、私が一足飛びにキャリアを切り開いたわけではないことや、試行錯誤がたくさんあったことをきちんと描いてもらえたので、とてもありがたかったです。
竹林:作業療法士なら「分かる!」「あるある」と思えるエピソードが、たくさん含まれていますよね。しかも、それをドラマチックに演出せず、丁寧に伝えようとしているところが本作の魅力だと思います。
たいら:『「あなた」が「あなた」でいるための。』は、実体験をベースにしたストーリーなので、読者を感動させようと脚色しすぎるのは違うなと思っています。とはいえ、事実を淡々と伝えるだけでは、表現が固定化してしまう。そのあたりのさじ加減には気をつかっていますね。でも、仲間さんのお仕事現場を拝見した今は、より解像度を上げながら描いていけそうです。
仲間:そうした表現上の工夫があるからこそ、深みのあるストーリーになっているのかもしれませんね。たいらさんにとって、特に印象深いシーンはありますか。
たいら:仲間さんの学校作業療法が、小学校に届いたシーンです。「教員が自信を持って元気に教育できれば、障害の有無にかかわらずすべての子どもたちが元気に育つ」というセリフが大好きで、読者に伝えたいと強く感じました。学校作業療法の意義を広めるためにも、多くの方に本作を楽しんでいただきたいですね。
仲間:私の活動は、メディアに取り上げられる機会も多いのですが、本作を読めば一つひとつのエピソードが「作業療法士の日常そのもの」だと分かるはず。日々の業務に丁寧に取り組むことが何よりも大切で、それがキャリアの足掛かりになるということが伝わったらうれしいです。
竹林:仲間さんのキャリアをなぞろうとするのではなく、自分なりのやり方で勉強したり、行動を起こしたりするきっかけになったら最高ですね。今後も本作では、さまざまな領域で活躍する作業療法士に登場してもらう予定なので、引き続きご注目ください。
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