筆圧と素材に注目 ~塗り絵を治療的な作業療法に
公開日:2019.01.14 更新日:2023.09.04
手先の不器用な私にとって、小さなビーズを紐に通す作業や頭の中に思い浮かべた風景を描いてみるといった作業は、できる限り目を背けておきたいもの。ところが、同僚の作業療法士に勧められ(上手に乗せられて)チャレンジしてみたところ、思いがけない発見があり驚きました。
今回のテーマである「塗り絵」も、最初は「ちょっと子どもじみているな」、「線から色がはみ出してしまうから嫌だな」と思いながらも、始めてみると作業に対するイメージが変化していったのです。
認知症予防やリラクゼーションに効果的であると広く知られる「塗り絵」を作業療法の場面でどのように活かすのか、評価のポイントや工夫について考えます。
リハビリにおける大脳と塗り絵の関わり
活性部位 | 主な働き |
---|---|
後頭葉 (後頭視覚野) |
色や形の認識。何を見ているか把握する。名称を特定する。 |
側頭葉 (側頭連合野) |
大脳辺縁系と密接に関わり、過去の記憶と照合させながらふさわしい色や濃淡を判断しようとする。感情を制御する。記憶の形成にもかかわる。 |
頭頂葉 (頭頂連合野) |
位置関係、遠近感、方向、構成などを把握する。 |
前頭葉 (前頭連合野) |
思考、想像、意欲、計画、遂行。情報を元に動作の指令を出す。 |
表の通り、下絵に書かれている絵を認識し、色を選び、着色するといった一連の作業において、脳全体を活性化することができます。表では、その一部を示していますが、例えばグループで作業を行えば会話が広がり、立位にて大きな壁画に描かれた下絵に着色を行えば、上下肢・体幹を使ったダイナミックな動きを伴う作業となり脳血流が促されます。
また、塗り絵作業中の脳では、心身がリラックス状態であることを示す脳波がしばしば測定されることが知られており、心理的ストレス発散や自律神経機能を調節する働きもあると考えられています。
作業療法場面では、高次脳機能障害や上肢・手指機能障害により日常生活動作に問題を抱える対象者の治療的作業として、あるいは長期に渡る療養生活を送る対象者やその家族の支援など、幅広く適用できるでしょう。
塗り絵作業 評価観察の視点:筆圧
色鉛筆で着色しようとする場合、紙と色鉛筆の筆先の角度により色の濃淡が変化し表現の幅が広がります。筆先の角度を変えようとすると、色鉛筆の持ち方、向き、把持力も変化します。
色の選択や適切な作業手順、道具の扱い、座位の保持、注意・集中の維持など、一つひとつの工程にも実に多くの観察視点がありますが、筆圧の変化や把持(手の形)にも注目すると、新しいプログラムのアイデアが湧いてくるかもしれません。
素材や大きさを変えてみる
下絵として提示する「紙」の素材に工夫を加えると、筆先を動かす感覚を変化させることができます。
例えば、薄い紙に描かれた下絵を印刷した紙を段ボールの上に貼ってみるのはいかがでしょうか。見慣れた下絵や紙ばかり提示していては、対象者の意欲や興味・関心を引き出せません。いつもと違った感覚で線をなぞる、没頭するという時間を過ごすからこそ、達成感や開放感を味わえる方も少なくないはずです。他にもさらりとしたケント紙、凹凸のある画用紙、薄く小さな色紙などの素材もいいでしょう。
また、平らな紙だけではなく、小さな箱に描かれた下絵を使えば、手指や上肢を動かす範囲が変わります。色鉛筆以外にも、クーピーペンシルや絵の具、サインペンなど、いろいろな道具を揃え対象者の自由な発想を促したいものです。
まとめ
塗り絵による作業療法は、身体障害・精神障害・高齢者・子どもなど広範な領域で活用できる作業の一つです。だからこそ、漫然と導入せず、対象者さんとそのニーズに合わせて行うことが大事です。作業療法の目的や対象者の問題点をしっかり把握するだけではなく、作業中の観察ポイントを絞って導入することが大切です。誰もが導入しやすい作業だからこそ、作業療法士ならではの視点を活かした機会を提供し、対象者の生活や環境へ働きかけていきましょう。
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