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セラピストの転職にありがちな失敗と原因。後悔しないためには?

公開日:2020.10.26 更新日:2024.05.29

文:鈴木祐(すずき・ゆう)
科学ジャーナリスト

「今の職場に不満があるけれど、転職に失敗して後悔したくない……」

そんな風に考えて転職を踏みとどまっているセラピスト(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)の方も多いのではないでしょうか。転職に対し不安を抱いてしまうのは、「転職の失敗の原因」を知らず、対策を立てていないから。科学ジャーナリストの鈴木祐さんによれば、就職・転職の失敗の原因の一つとして「バイアス(思い込み、偏ったものの見方)」が挙げられるのだとか。

そこで今回は、転職失敗の原因となるバイアスを解説し、転職失敗のリスクを回避するテクニックについてお伝えします。

キャリア選択を誤らせるバイアス例:「院長のクイズ」

私たちの意思決定力は生まれつき深刻なバグを抱えており、そのせいでいかに企業の財務諸表を分析しようが、 どれだけ自己分析を行おうが、正しくキャリアを選ぶことはできません。

私たちに生まれつき備わったこのバグは、行動経済学では「バイアス」と呼ばれます。直訳すれば「偏ったものの見方」のことで、「人間はつねに一定の決まったパターンでミスを犯す」という現象を表した言葉です。

バイアスの例として、たとえば次のクイズについて考えてみましょう。

「ある父子が自動車事故にあってしまい、父は近所の病院に送られ、息子は別の病院に送られました。幸いにも、その病院には天才と名高い院長がおり、その院長がじきじきに息子を処置してくれることになりました。
しかし、病室に運ばれてきた息子を見て、院長は即座に言いました。『私には彼を手術することができません。彼は私の息子なので失敗が怖いのです』。どういうことでしょうか?」

果たして、事故にあった父親が母親の再婚相手だったのか? それともまた別の事情があるのか? なんとも不可解な話ですが答えはとてもシンプルで、問題の担当医がその息子の母親だったのです。

このクイズは心理学の研究で実際に使われるもので、どんなに知性が高いグループでも、即座に正解できる人は2割もいません。たいていの人は、問題を聞くとすぐに「院長は男性に違いない」と思い込み、それ以外の可能性を探そうとしなくなってしまうからです。これかがバイアスの基本的な考え方になります。

バイアスにはさまざまな種類が存在しており、現時点で研究で確認されたものだけでもおよそ170件以上。それぞれのバイアスには、意思決定を誤らせるもの、記憶を歪めるもの、人間関係を乱すものなどがあり、あらゆる方向から私たちを間違った道に誘い込みます。

適職探しにおいてもその悪影響は変わらず、たとえば「確証バイアス」が代表的です。これは、自分がいったん信じたことを裏づけてくれそうな情報ばかりを集めてしまう心理で、「いまの時代はフリーな働き方が最高だ」と思い込んだ人が、独立して成功を収めた人の情報ばかりを集め、同じような考え方をする仲間とだけ付き合うようになるのが典型例です。

いったんこの状態にハマった人は、大企業の良いニュースや独立に失敗した人の情報には目もくれず、最後は自分と違う生き方を好む人たちを批判し始めるケースも珍しくありません。カルト宗教の発生と同じようなメカニズムです。

セラピストの転職を邪魔する5つのバイアス


私たちが克服すべきバイアスは山ほど存在しますが、ここでは「確証バイアス」の他に仕事選びのジャマになりがちなものを簡単に見てみましょう。

◉ アンカリング効果

選択肢の提示のされかたによって、まったく異なる決定をしてしまう心理現象です。たとえば、あなたが転職先を選ぶ最初の段階で「年収500万」の企業にひかれたとしましょう。

すると、この「年収500万」という数字が基準値になってしまい、ステップ1で見たように「お金は重要ではない」と頭ではわかっていても、どうしてもそれ以下の年収では物足りなくなってしまいます。

◉ 真実性の錯覚

くり返し目にしただけの理由で、その情報を「真実に違いない」と感じる心理のことです。 ニュースサイトなどで「これからの働き方は従来のルールが通じない」や「今後は個人の能力が問われる時代だ」といった文言に何度も触れたせいで、そこに数字やデータの裏づけがなくとも事実だと思い込んでしまいます。

◉ フォーカシング効果

職探しにおいてあなたが重要視するポイントが、実際よりも影響力が大きいように感じられてしまう状態です。「Googleのように社食が充実していたら最高だろう」と思っていれば社食がもたらす喜びが必要以上に大きく見えますし、「福利厚生だけは譲れない」と考えていれば福利厚生を重んじる会社が実態より良く感じられてしまいます。

◉ サンクコスト

いままでたくさんの時間とお金を使ってきたからという理由で、メリットがない選択にこだわり続けてしまう状態です。何年もがんばって働いてきた職場であれば、いかに業績が傾いてきたとしても、すぐに転職を決意するのは難しいでしょう。過去と自分を切り離すのは容易な作業ではなく、これまたあなたの幸福を下げる要因となります。

◉ 感情バイアス

自分の考えが間違っているという確かな証拠があっても、ポジティブな感情を引き出してくれる情報に飛びついてしまう心理傾向です。厳しい事実を受け入れるのは誰でも嫌なものですが、ネガティブな感情を避けたいあまりに「好きを仕事にしよう! 」や「10年後の有望な企業はこれだ!」といった手軽な情報にばかり意識が向かってしまう現象は誰にでも覚えがあるでしょう。

このように、私たちは未来の予測がとても苦手な生き物です。そのせいでつい将来のビジョンをクリアに思い描くことを忘れ、「とにかくいまの仕事が嫌だから辞めよう!」や「成長してる企業だから入りたい!」のように、つい脊髄反射で行動してしまうものなのです。

セラピストの将来をハッキリ思い描く「10/10/10/テスト」

今回紹介するテクニックは、この問題を解決するために使います。できるだけ将来をハッキリと思い描き、近視眼的な判断をリセットするのが最終ゴールです。

〔テクニック〕10 / 10/10 テスト ─ この選択をしたら10年後にはどう感じるだろう?
「10/10/10 テスト」は、ジャーナリストのスージー・ウェルチが開発した意思決定のフレームワークです。使い方はシンプルで、それぞれの選択肢について次のように考えてみてください。

❶この選択をしたら、10 分後はどう感じるだろう?
❷この選択をしたら、10ヶ月後にはどう感じるだろう?
❸この選択をしたら、10年後にはどう感じるだろう?

このように短期・中期・長期のタイムラインを使い、いったん目先のバイアスから自分を切り離すのが「10/10/10テスト」のゴールです。たとえば、あなたが「転職すべきか?」と悩んでいた場合は、次のように使います。

◉ 10分後は?
「いま転職を決断したら、10分後には嫌な仕事から解放されて清々しているだろうな」
◉ 10ヶ月後は?
「少なくとも最初の開放感は薄れているだろうし、次の仕事に慣れるのに必死でそれどころじゃなさそうだ。転職を後悔するとは思えないけれど」
◉10年後は?
「10年後には、転職で悩んだのがどうでもよくなっているだろう……それでも10年前の転職は間違ってないかな」

このケースでは最終的に「転職すべき」との結論になりましたが、人によっては「このまま残った方がいいのかも」や「長期のスパンで見たら、そもそも『転職すべきかどうか?』という問題設定が間違いだった」という判断に行き着くケースもあるでしょう。どちらにしても、目先の感情だけで判断するより精度が高い結論を出せるのは間違いありません。

残念ながら「10/10/10テスト」には正式な査読を経た研究はありませんが、未来の自分をイメージすれば判断力が上がることは、多くのデータが支持しています。

ハーバード大学などの実験を見てみましょう。これは人の男女を対象にしたテストで、研究チームはそれぞれの被験者に「近過去」または「近未来」「遠い未来」の自分を5分だけ想像するように指示しました。

「数日前の自分は何をしていただろうか?」や「数十年後にはどのような仕事をしているだろうか?」など、複数の時間軸で過去または未来のイメージを思い描かせたわけです。

その後、被験者たちに「森か雪山に旅行するときには何を持っていくべきか?」といった複数の質問をぶつけて全員の判断力に違いが出たかを調べたところ、ハッキリとした差が現れました。近未来または遠い未来の自分を思い描いたグループは、それ以外のグループより記憶力が上がり、判断力を問う質問にも優秀な答えを出す確率が上がったのです。

自己を拡張して判断力を上げよう


未来を思うことで判断力が上がる現象のことを、心理学では「拡張された自己」と呼びます。

たとえば単純に「転職すべきか?」と考えたときは、思考が“いま”の自分に凝り固まってしまい、それ以上は発想の枠を広げられません。しかし、ここで未来の姿を明確にイメージしてみると、「いまの自分の選択は将来につながっているのだ」という事実があらためて実感されるでしょう。

その結果として、より幅の広い判断が生まれやすくなるわけです。

実を言えば、筆者も折に触れて「10 /10 /10テスト」を使ってきました。長らく勤めた出版社から別の会社に移るとき、サラリーマンを辞めてフリーになるときなど、節目節目で10年後の自分を想像しながら将来の意思決定を行ったものです。

現在の私がまがりなりにもフリーとして暮らし続けられているのも、定期的に自己を拡張してきたおかげなのかもしれません。

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『科学的な適職 4021の研究データが導き出す、最高の職業の選び方』鈴木祐著(2019年 クロスメディア・パブリッシング)
本コラムは同書を元に再構成しています。

鈴木祐(すずき・ゆう)
科学ジャーナリスト
1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『科学的な適職』『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数。

<書籍情報>『科学的な適職 4021の研究データが導き出す、最高の職業の選び方』著者:鈴木 祐
出版社:
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
発売日:2019年12月13日
定価:本体1,480円(税別)
ISBN:978-4295403746
判型:単行本(ソフトカバー)
ページ数:288ページ

鈴木 祐

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