医療介護・リハビリ・療法士のお役立ち情報

セラピストプラス

マイナビコメディカル
マイナビコメディカル

医療介護・リハビリ・療法士のお役立ち情報

セラピストプラス

こんな道もある! セラピストの仕事「性の特性を踏まえてライフステージごとの健康を支えたい」

公開日:2024.01.28

”こんな道もある!

文:北原 南海

セラピストの仕事の一般的なイメージは、医療機関に勤め、ステップアップしていく形が多い。その一方で生活期のリハビリや、作業療法士は発達障害ほか精神障害の領域など、活躍の場が広がりつつある。そこで、「こんな道もある」をテーマに特徴的な業務についている人、仕事をしている人にインタビューを行った。

今回は理学療法士で名古屋大学大学院医学系研究科助教、日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会副理事長である井上 倫恵さんに話を伺った。

今回インタビューした人

井上 倫恵(いのうえ ともえ)さん

井上 倫恵(いのうえ ともえ)さん

理学療法士。博士(リハビリテーション療法学)。 名古屋大学大学院医学系研究科助教。日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会副理事長。会ではエビデンス構築、診療報酬などのWGを担当。日本老年泌尿器科学会教育委員会委員。
出身は山形市。高校時代にサッカー部に所属してマネジャーをしていたこともあり、趣味はサッカー観戦。モンテディオ山形のファン。試合を夫、3歳の息子の家族3人で観戦に行く。コロナ禍を経て2023年からスタジアムでの観戦を復活。対戦チームの本拠地へ観戦に行くことも。「観戦の際にその土地のおいしいものを食べるのも楽しみにしています」。
編著書に『リハスタッフのための排泄リハビリテーション実践アプローチ』(メジカルビュー社)、共著書に、『改訂版 下部尿路機能障害の治療とケア』(メディカ出版)、『図解 理学療法検査・測定ガイド 第3版』(文光堂)、『標準理学療法学 専門分野 理学療法評価学 第4版』(医学書院)などがある。

”

鈴木重行、井上倫恵編『リハスタッフのための排泄リハビリテーション実践アプローチ』(メジカルビュー社)

テーマは骨盤底機能障害へのリハビリテーション

骨盤の底にあり、骨盤内臓器を下から支えて排尿・排便をコントロールする役割を担う骨盤底筋群※1。その機能障害に対するリハビリテーションを主な研究テーマとする、名古屋大学助教の井上倫恵さん。彼女は日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会で副理事長も務めている。2021年に設立された、女性、男性のライフステージにおけるさまざまな生理学的変化、健康問題に着目し、それらに対して性の特性を踏まえた支援、教育などを推進することを目指す団体。彼女の先の研究テーマも、主に女性の出産後の尿失禁、腰部骨盤帯痛などがメインだ。

なぜ骨盤底機能障害なのか。大学時代、英語の論文を読む授業で、骨盤底機能低下による尿失禁に関心を持った。「日本ではまだ少ない研究分野。自分が出産の際にそうなって相談できるところがなかったら嫌だな、ぜひ取り組みたい、と思いました」と井上さん。

そして、当時尿失禁に対する理学療法について研究をしていた名古屋大学教授の鈴木重行さん(現同大学名誉教授)のもと、大学院の博士課程まで進んだ。だが当時、尿失禁には診療報酬に手術以外のケアに関わる加算がない状況で、出産後の骨盤底筋機能低下による尿失禁へのリハビリも自由診療か無料でのサービスの範囲。取り組んでいる医療機関も少なく、進路の確保が課題だった。そんななか、当時参加した学会を通じて亀田総合病院(千葉県鴨川市)の医師、野村昌良さんと知り合い、声もかけてもらって就職。臨床の現場で働き始めることになった。2013年のこと。

尿失禁は、医療保険では2016年に排尿自立指導料(2020年の診療報酬改定で「排尿自立支援加算」となる)、介護保険でも2018年に排せつ支援加算の新設といった変化はあるものの、出産後の骨盤底筋機能低下による尿失禁へのリハビリまではカバーされていないのが現状だ。そのなかで、出産後、骨盤底筋群の機能低下で尿失禁に悩む女性は多い。自然に治っていくケースもあるが、中には長引くケースも。また、初産で治まってもその後の出産でまた漏れるようになったり、ある程度年数が経ってから再発することもある。骨盤底筋機能低下へのリハビリは欧米では取り組みが進んでおり、フランスやオランダのように保険適応されている国もある一方で、日本では取り組みが遅れているのが現状。

尿失禁は40歳以上の女性の3人に1人が経験しているという調査結果もあるが、悩んでいても我慢してしまうケースも多いのが実情。また、治療を受けても、薬物療法や運動療法などに留まらず、手術に至るケースもある※2。

原因分析とその人に合った対策を大切に

勤務先は、亀田総合病院のウロギネコロジーセンター。「ウロ」は泌尿器科を意味するurology(ウロロジー)、「ギネ」は産婦人科を意味するgynecology(ギネコロジー)、2つの合成語だ。骨盤臓器脱や尿失禁などの排尿トラブル、便失禁などの排泄トラブルなど泌尿器科と産婦人科の境界領域にある病気を治療する診療科であり、井上さんは自由診療または無償で、トレーニングと生活指導を行った。泌尿器科、産婦人科、直腸肛門外科の医師、看護師らとともに働いた。「専門家との連携は財産で、今も教えるのに経験は役立っています」と井上さん。

仕事では、例えばこんなケースがあった。30代、産後の母親の尿失禁。「外来で泣き出されたんです。『授乳をやめてもいいから薬がほしい』と仰っていました」。話を聞くと、周囲の人から、授乳でたくさん母乳が出るように、と水分を多めに摂るようアドバイスされていた。出産による骨盤底筋機能の低下以外に、水分を摂り過ぎなのも要因ではないかと思って調べると、その患者の適度な24時間の排尿量は1000~1500ml程度のところ、実際には2500mlと多め。そこで水分摂取を適量に減らすようアドバイスしたうえで、骨盤底筋群もトレーングし、家でできるトレーニング法も教えた。次に会った際、その患者は「症状がよくなりました」、と嬉しそうに話したという。「ネットを見れば骨盤底筋トレーニングの情報は出てきますが、彼女の場合はそれを見てやっただけでは不十分だっただろうと思います。きちんと評価し、原因を見極めたうえで、その患者さんに合ったアドバイスをすることが大切だと思います」と井上さんは話す。

「産後のお母さんは子育てによる睡眠不足など余裕がないなかで生活していたりするので、尿もれがあれば精神面に与える影響は大きいと思います。ですので、そうしたところも合せてケアできるとよいと思っています」。

結婚を機に臨床の現場から大学院の研究職に

出産後の骨盤底筋機能の低下で起こる尿失禁には腹圧性尿失禁のケースが多い。重い荷物を持ち上げたり、咳やくしゃみをしたりしてお腹に力が入ったときに尿が漏れてしまうというもの。トレーニングは、「その方の筋力や、骨盤底筋の収縮感覚の得られ方によって姿勢を変えたりすることもあります」。例えば、背臥位でひざを立てた姿勢で足を肩幅程度に開き、肛門、尿道、腟を締め付けたり、緩めたりを繰り返して筋力を鍛えるというトレーニングもある。お尻を持ち上げた姿勢の方が収縮感覚が得られやすい人には、お尻を持ち上げた姿勢でのトレーニングも。
出産後、育児、家事、休養などでトレーニングの時間を設けるのが難しいこともままあるので、例えば、授乳の間に座った姿勢でできるタイプを伝えたことも多かったという。

「お子さんを抱き上げるときに漏れやすい方には、抱き上げる前に筋肉を引き締めてから抱っこするとよいと伝え、そうしたときに筋肉が使える練習を指導したりもしました」。

亀田総合病院には2015年まで勤めていたが、結婚を機に、同病院を退職して名古屋へ戻ることになった。「それで、自分は何をすべきか、考えました」と井上さん。人生の選択だったという。
亀田総合病院では自由診療または無償だった。だが、尿失禁で悩んでる人は多い。「それならば、尿失禁をきちんと診療報酬で診療、ケアできるものに落とし込んでいき、より多くの人がそれを享受できるようになることに貢献したいと思いました。」と井上さんは言う。そして見つけた名古屋大学大学院の助教の求人に応募し、採用に。研究と教育の世界へ転職した。

入職後、井上さんは、「ハッピーママフェスタ名古屋」※3を通じての調査をもとに、2021年に研究成果報告を行っている。調査対象は100名余だったが、産後1年以内に尿失禁を有していた女性は3割強、専門家による治療の希望者も約2割にのぼった。また、腰部骨盤帯痛(腰痛、骨盤帯痛)についても研究結果を報告。有訴率は66%で、56%が専門家による診療の希望ありだったものの、受診経験は9%に留まっていた。いずれも、「支障を感じていても受診行動をとっている人が少ないことがわかったのは意義がありました」と井上さん。

”

亀田総合病院時代の井上さん。体表面からの触診により、うまく骨盤底筋群を収縮できているかを確認。

性による特性とライフステージでの表れ方に着目

井上さんの場合、研究は出産・産後に関わる内容が多いが、例えば2021年には、地域在住高齢女性における調査を通じて腹圧性尿失禁と体幹筋肉量、胸椎後弯角の関連性について検証した論文も発表している。骨盤底筋機能低下による尿失禁での年齢による着目点の違い、気を付ける点について、井上さんはどう考えているのだろうか。「産後なら、妊娠出産に伴う腰痛、骨盤帯痛を併発していることも多い点も合せて注意していく必要がありますし、子育て中の方でも取り組みやすいトレーニング法などの対応プログラムを伝えることも多いと思います。また、高齢女性なら、骨盤底筋機能の低下に加え、加齢による姿勢の変化やほかの疾患、服用している薬などにも着目して、より包括的にみる必要があると思います」。

井上さんは、日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会の副理事長であり、同団体が日本理学療法士協会の傘下組織だった時代(2015年発足)から活動に関わる。同会は、女性、男性という性の特性とライフステージでの健康への影響の表れ方に着目し、その症状や生活の質の改善につながる理学療法の構築、提供、教育などに資することを目的とした団体。例えば、女性では月経、妊娠・出産、閉経などが身体に影響を及ぼし、その影響は仕事や生活、家庭へ及ぶ。

男性でも、例えば中年期から高齢期へかけて、前立腺癌に対する前立腺全摘出をした場合、排尿に問題を生じて生活に影響を与えるケースは少なくない。会員の研究・調査テーマはさまざまで、例えば骨盤底筋トレーニング、月経痛などへの理学療法的アプローチ、GSM(閉経後に女性ホルモンが低下したために起こる泌尿生殖器症状)、女性アスリートの健康問題やトレーニングなど。共同研究を行うものもある。

同会では学術大会の開催に加え、講座などを通じた人材育成、研究サポートなども行う。日本では比較的新しい分野であり、「臨床の現場で活躍されているものの研究に携わってこられなかった方もいらっしゃいます。そこで、サポートレクチャーなど学ぶ機会を提供しています」。例えば、「骨盤底理学療法〜エビデンスと臨床をつなぐ〜」をテーマとした講師による講演やパネルディスカッション(2022年11月27日、第3回)といったかたちだ。

井上さんは診療報酬WGにも関わる。「まだ走り出したところ」とはいうものの、尿漏れに対応する運動療法などでまずは日本理学療法士協会に要望書も提出している。

女性の活躍を支えるための仕組みづくりを

井上さんは、2023年11月には第9回日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会で学術大会長を務めた。一昨年までは他の会との共同開催で、単独開催となって2回目。

特別講演の演者に、1986年に日本初の女性泌尿器科外来を立ち上げ、尿もれや骨盤臓器脱※4などの女性泌尿器科の分野を長年リードしてきた医師の加藤久美子さん(名鉄病院)を招いた。「大学院生として研究していた際に、理学療法を行うために患者ご紹介のご協力をいただいた先生。それ以来、ずっとお世話になっています。以前から理学療法に関心を寄せてくださっていて。加藤先生を特別講演でお招きできたのは、大変嬉しいことでした」。

尿失禁の理学療法では、例えば産後の骨盤底筋機能低下による尿失禁など診療報酬の適用になっておらず、「この分野を充実させ、PT活躍の場を広ていくためには医療機関や医師の理解、多職種連携が不可欠。今回、泌尿器科や産婦人科、整形外科医の専門職の方や助産師さん、健康運動指導士さんなど、PT以外の専門性を持つ方の参加も目立ちました。2024年以降も他の職種の方により参加いただけるよう、他職種へ向けての広報活動もよりしっかりやっていきたいと感じています」と井上さんは話す。

個人的にも、2020年には第一子が誕生。また、21年にはリハビリ職向けのセミナー動画で骨盤底筋機能低下による尿失禁について講師を務め、共著書も22年は2点、23年は3点と増えてきつつある。

「女性の活躍を支える点では、出産期や産業保健への対応も必要ですし、より幅広い普及のためには診療報酬加算新設への働きかけも必要。そのためには医師をはじめ看護師、助産師、作業療法士など他職種の方々にご理解いただくことも必要です。日本の中にまだまだ少ないものを作り上げていくという点で、とてもやりがいを感じます。女性がいきいきと働くためには、健康であることが大切です。私たちPTも、PTの視点で女性が活躍できる社会をサポートできたら、と思っています」と井上さんは語った。

”

第9回日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会学術大会で、特別講演の演者・加藤久美子さん(右/医師・名鉄病院)と、井上さん(左)。

”

第9回日本ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法研究会学術大会で、「ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法の可能性を拓く」と題して学術大会長基調講演を行う井上さん。

[欄外注]
※1:肛門挙筋、外肛門括約筋など、骨盤の底にある筋肉の総称。

※2:腹圧性尿失禁(重い荷物を持ち上げたり、咳やくしゃみをしたりしてお腹に力が入ったときに尿が漏れてしまうタイプの尿失禁)、切迫性尿失禁(急に尿がしたくなり我慢できずに漏れてしまうタイプの尿失禁)の場合。尿失禁の種類には、ほかに、自分で尿を出したいのに出せないものの少しずつ漏れ出てしまう溢流性尿失禁、身体運動機能の低下や認知症が原因で生じる機能性尿失禁もある。

※3:HAPPY MAMAFESTA実行委員会主催(構成団体は中日新聞社)で、「家事や育児・育自や
仕事に一生懸命なママたちを応援する」を目的とした展示等のイベント。

※4:子宮、膀胱、直腸といった骨盤内の臓器が外に出てくる女性特有の病気。

北原 南海(きたはら みなみ)
大学卒業後、出版社勤務を経てフリーの編集者兼ライターに。編集者としては教材や単行本など各種出版物の制作、ライターとしては介護施設・サービス、認知症や食事・栄養、リハビリに関する取り組み、外国人スタッフの採用・定着・定住に関することなどについて、新聞や雑誌などで取材・執筆に従事している。
今よりさらに良い環境で働けるよう
キャリアドバイザーが全力でサポートします
\今すぐ1分で完了/

    <PR>マイナビコメディカル

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  •  LINEで送る

他の記事も読む

おすすめ

TOPへ