知恵と雅~東京・港区で赤坂芸者衆登壇の感染症対策セミナーが開催
公開日:2020.12.04 更新日:2020.12.11

去る10月28日、東京・港区で一風変わった感染症対策セミナーが行われました。セミナーでは、古くから市井の人々が使用していた「扇子」が、単に涼をとるための道具ではなく、会話中に口元をおさえることで、相手との空気感染を遮断する効果を挙げていたことなどを検証。また、「扇子使いのプロフェッショナル」ともいえる赤坂芸者衆が登壇し、華麗な踊りを披露したり、その伝統の扇子の使い方をレクチャーしたりと盛りだくさんの内容となりました。
マスクも存在しない江戸時代の感染症対策とは?
感染症対策セミナーは、次世代を担う国際医療プロフェッショナルの育成につとめる一般財団法人 松本財団と港区のコラボレーションによって実現。JR田町駅のそばに建つ、港区立伝統文化交流館(旧協働会館)の趣ある建物を舞台に開催されました。

港区伝統文化交流館。1936(昭和11)年に芝浦花柳界の見番として建設され、都内に現存する唯一の木造見番建造物となる

セミナーを企画した看護師の堀成美さん(港区感染症専門アドバイザー)

一般財団法人・松本財団の松本謙一代表理事が開会の挨拶
セミナーの第1部「感染症対策ヒストリア~江戸時代の感染症」では、港区の感染症専門アドバイザーとして公共施設や学校、企業などで感染対策を支援する、現役看護師の堀成美さんが登壇。現在とは違って、ウイルスという概念すらも存在していなかった江戸時代における「感染症トリビア」について講演を行いました。

堀成美さんによる「江戸時代の感染症トリビア」講演
日本の歴史において、江戸時代がそれまでと大きく異なるのは、幕府が全国の大名たちに命じた参勤交代により、交通網が発達したこと。そのため、江戸の街には人口が集中し、全国各地でかつてない規模で人々の往来が始まりました。そして、日本の中心である江戸の街には全国各地の風土病を含めて、細菌やウイルスが集中、蔓延することになったのです。
堀さんによれば、まだ上下水道が整っていなかった江戸の街では天然痘(疱瘡)、麻疹(はしか)、水疱瘡(水痘)などが流行。1862年には、麻疹と同時にコレラが大流行したという記録も残されているのだとか。
そうした中、今では笑い話となりそうな、限りなく「おまじない」に近い対策も多かったそう。たとえば、家の玄関に魔よけの柊(ひいらぎ)の葉っぱを吊るしたり、赤いモノを身につけることで病気を追い払おうとしたり、という具合です。感染症に関する知識が乏しい時代だけに、“庶民にできること”は限られていたのでしょう。
また、堀さんは、錦絵などに描かれた江戸市井の人々の姿を観察し、当時の人々がかなりの頻度で「扇子」を使用していたことに着目。季節に関係なく、人々が密集した場所において、口元を扇子で隠す人々の姿が散見されたことから、扇子は必ずしも涼をとるためだけでなく、「会話の最中、相手や自分の吐息や唾液などが飛散しないようにするマナーの小道具として利用されていた」と推察するに至ったと言います。マスクがなかった時代ならではの「生活の知恵」ですね。
「アクリルパネル(の設置)は防御としては最高なんですが、現実問題として喋りづらいし、食べづらい。人と人との間に壁があるというのが難しい…。実際に食べたり飲んだりしている時には、私たちは喋っていないんですよ。食べ物や飲み物をゴクンと飲み込んだ後にこそ『ああ美味しいね、これ』とか言いつつ喋っている。そういう場面でハンカチで押さえたりする人も多いんですが、アイデアの一つとして扇子を利用する方法もありますよ、という話ですね」とは堀さんのコメント。会場では、抗菌加工された1枚の厚紙で山折り谷折りを繰り返し、ジャバラ折りの扇子状に仕上げる「飛ばしま扇子」も配布され、参加者一同、興味津々に“マイ扇子”を組み立てていました。
いよいよ赤坂芸者衆が登壇!
セミナーの第2部では「文化を楽しむ」と題して、港区きっての花街・赤坂で活躍する赤坂芸者衆が登場。赤坂の名芸妓として知られ、2015年に文化庁長官表彰、2016年には芸者として初めて旭日双光章を受賞した赤坂育子さんや、真希さん、真由さん、こいくさん、小巻さん、ゆり佳さん、そしてお囃子の千こさんが、長唄「君が代松竹梅」、小唄「山中しぐれ」、長唄「藤娘」、清元「申酉」、端唄「さわぎ」を続けて披露してくれました。

赤坂芸者衆の登場で会場は華やかに
なかなか間近で見ることはできない芸者衆の華麗な踊りに、女性が多いセミナー参加者からは感嘆の声が。堀さんのセミナーで話題となった扇子は、芸者衆にとっても大事な道具ですが、「扇子使いのプロフェッショナル」らしく、美しい所作とともに、扇子の使い方についても披露してくれました。

扇子にて口元をおさえる赤坂芸者衆の皆さん
第3部では「扇子で予防」と題して、堀さんやセミナー参加者、そして赤坂芸者衆も交えての茶話会を開催。赤坂育子さんは「感染防止のコツというほどのモノではないのですが、普段から気をつけているのは、開いた扇子で口元を隠す場合、扇子を上向きに上げるのではなく、下に(吐息を)下げることです。自分の目にも(飛沫が)入ってしまいますからね。お客様と2メートルの間隔を保ちつつ、ソーシャルディスタンスでお座敷に出るというのは難しいです。ただ扇子で口元を隠したりとかだけでなく、扇子の上に乗せていただいて名刺をいただいたりとか、いろんな使い方もできましたね(笑)。古くからございます扇子は、皆さんもこれからご利用されると良いと思います」と、わかりやすい語り口で扇子の活用術をレクチャーしてくれました。

「扇子使い」を説明する赤坂育子さん
コロナ禍で子どもたちのワクチン接種率が低下している
茶話会後の質問コーナーでは、感染症の専門家である堀さんが「今、もっとも危惧していること」のひとつとして、コロナ禍にあって病院に行くことを避けるようになったがために、子どもたちのワクチン接種率が低下していることを挙げました。
現時点で海外との行き来はかなり制限されている状況ですが、来春に向けて制限が解除され出すと、一気に海外からの渡航客が増えます。そして、子どもたちがワクチン接種をしていなかった場合、そこで風疹やはしか(麻疹)などに接してしまい、大変な危険にさらされることになります。
「今の時代だって、はしかで1,000人から1,500人に1人の割合で死んじゃうんです。先進国でも麻疹が流行ると子どもが亡くなります。やっぱりワクチンはみんなで打ちたいんです。数字は申し上げませんが、子どもたちのワクチン接種率が下がっています。これは大変な問題です」(堀さん)

堀さんが赤坂芸者衆にインタビュー
ほとんどの日本人が幼少時に接種するため、つい忘れてしまいがちですが、日本人の安全は幼少時におけるワクチン接種で守られている部分が大きいのも事実。新型コロナウイルスの蔓延で流れが断ち切られてしまったのは、経済活動だけでなく、こうした日常の当たり前の習慣でもあります。堀さんの言葉をうけて、私たちもワクチンの大切さをきちんと伝えていきたいものですね。
看護師/感染症アドバイザー
1968年、神奈川県横須賀市出身。神奈川県立横須賀高校卒業後、神奈川大学法学部法律学科に進学(給費生)。在学中の研究テーマは医療過誤・国家賠償。
東京女子医大看護短期大学(現・看護学部)卒業後看護師として勤務。民間病院勤務、がん・感染症センター東京都立駒込病院感染症科でエイズをはじめとする性感染症のケアに関わると同時に、地域における感染症予防を含めた「性の健康」教育を開始。医療モデルではなく、育ち・支援のモデルから健康教育を行うため、東京学芸大学大学院 修士・博士課程で教育領域のアプローチを探求。現在、国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 国際診療部 客員研究員。公益社団法人 東京都看護協会 危機管理室 アドバイザー。東京都港区 危機管理室 感染症専門アドバイザー。国立感染症研究所 感染症疫学センター 協力研究員として活動中。
◎堀成美さんが監修&出演する「みなと保健所」の新型コロナウイルス感染症対策動画はコチラ
https://www.city.minato.tokyo.jp/hokenyobou/fumeihaien.html
取材・文:高木圭介
写真:角田大樹
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