自閉症スペクトラム障害に対する芸術療法
公開日:2015.07.02 更新日:2015.07.09
自閉症スペクトラム障害を持つ子どもたちは、対人関係の形成が難しく、周囲の人たちには理解されにくいこだわりを持っています。独特の視点で世界を捉えているため、芸術分野で思わぬ才能を発揮することも。芸術療法を行うことで、独自の世界観を表現するきっかけを与えてあげられるかもしれません。
自閉症スペクトラムとは
スペクトラムとは、「連続体」という意味。身近な例として、連続した色の変化を持つ虹が挙げられます。自閉症は知的障害を伴うもの、伴わないもの、自閉傾向の強弱などさまざまですが、それでもひとつの連続体として捉えることができます。
なかでも、知的障害が伴わない自閉症の場合、知能の高さからコミュニケーションや社会性、想像力において、その人が重いハンディキャップを持っているということが周囲に理解されにくくなります。そうした患者さんへ自閉症スペクトラムという診断を下すことは、患者さんやその周囲の人たちにとっては社会生活が大きく変わるような、非常に重要なものだといえるでしょう。
日本でも使用されている診断基準として、アメリカ精神医学会が提唱する「診断基準DSM-5」があります。自閉症スペクトラム障害だと診断する基準は「コミュニケーションの障害」「限定され偏った興味(こだわり)」という2つのポイントを主軸に構成されており、知的障害の有無やレベルは問いません。こうした基準から見ても、自閉症スペクトラムとは、相手の立場で気持ちをくみとるコミュニケーションの能力が不足していたり、特定のものにだけ興味を示したりといった自分独自のルールから抜け出せないことが、大きな特徴といえるでしょう。
自閉症スペクトラムにおける芸術療法が目指すもの
芸術活動を通して、コミュニケーション能力の発達を促す
自閉症の一種であるアスペルガー症候群を持つ子どもは、相手の目を見ることが苦手な傾向にあります。芸術療法では作品を通して療法士と関わりますが、直接の対面を避けながら作業が行えるため、安心して自分の世界を表現することが可能です。また、自分が体験したことを絵や立体作品として表現することで、言葉を用いずに療法士とのコミュニケーションを図ることもできます。
このように、自閉症スペクトラム障害に対する芸術療法では、芸術を通して療法士との関係性の構築、そしてコミュニケーション能力の発達が目指せるのです。
自己の理解を促進し、自己肯定感を高める
芸術にはシンボルや色を通して、感情や自己像を視覚化する力があります。それは感情の理解を苦手とする自閉症スペクトラム障害の子どもにとっては重要なことです。自分の表現した作品を客観的に見ることで、自分が何を感じているのか、自分が何者なのか、理解を促す作用を期待できます。
また、独特のこだわりを持つからこそ、自分の興味がある分野においては周囲が驚くような集中力を発揮します。その情熱と集中力で、素晴らしい作品ができあがることも。作品へのポジティブな反響は、自信と自己肯定感を高めるでしょう。
芸術療法を通して自身の感情理解を深めたAくんの事例
7歳の少年Aくんは、周囲から理解されないなどの理由で癇癪(かんしゃく)を起こすことが多く、学校でもトラブルを招きやすいと社会的場面での問題を抱えていました。約1ヵ月間、児童精神科に入院することになったAくんはアスペルガー症候群と診断され、芸術療法を受けることになります。
学校でも病棟でも周りの子どもたちに溶け込めなかったAくんですが、芸術療法室では人気者でした。彼の作り出す個性的な作品は、ほかの子どもたちからの関心を集め、芸術療法を通じて、療法士とも確かな信頼関係が築かれていったのです。
ある日Aくんは、癇癪を起こしながら芸術療法室へやってきました。芸術療法を受けているせいで、学校へ行けないのだと勘違いしたようです。誤解が解けても、気持ちの切り替えが難しい様子のAくんは、興奮して「病院を壊してやる!」と叫びます。
療法士は「君が自分のパワーを絵に描けるって知ってるよ」と説得しました。Aくんは激しい感情を表現するかのように、パレットの絵の具をすべて混ぜた暗い色で、クレヨンのなぐり描きを塗りつぶしていきます。そうしているうちに、ふと穏やかな声で「新しい紙がほしい。この絵、あんまり好きじゃないんだ」と言いました。
療法士が新しい紙を渡すと、課題に合わせてクレヨンで曼荼羅(まんだら)を、真ん中には太陽を丁寧に描きました。「力強く太陽を描いてるね」と療法士が言うと、「うん、描いてみた」と冷静に答えました。
Aくんが癇癪(かんしゃく)を起こしている状態から落ち着きを取り戻したのは、なぐり描きをして怒りを発散したというだけでなく、長い芸術療法の治療経過において、信頼関係を築いてきた療法士の説得によるところも大きいでしょう。芸術療法を通して、Aくんは自分の感情を上手に表現する方法を学んでいったのです。
【参考URL】
- よこはま発達クリニック|自閉症について
- アメリカ精神医学会の改訂診断基準DSM-5:神経発達障害と知的障害,自閉症スペクトラム障害
- Kunst ist der AnfangKunsttherapie bei Autismus-Spektrum-Störungen
他の記事も読む
- 全国制覇を目指したい!屋内で旅行気分を味わいながら運動をできる「テレさんぽ」
- 触れ合いを超えてリハビリへ。ドッグセラピーチーム「アビィー」の取り組み
- 下半身麻痺の佐藤弘道「作業療法士、理学療法士の皆さんが一緒に戦ってくれた」
- カフェがつなぐ、人と医療|立場に関係なく誰もが「フラット」に過ごせる「セカンドリビング」
- 1日5回転!型破りな予防特化型デイ「リハビリモンスター」で挑戦と成長が好循環する理由とは
- 目の見えない人はもちろん、見える人も!「音でみるSOUNDFUL RECIPE」で料理をさらに楽しく
- 神奈川大学サッカー部が団地に住み地域活動に取り組む「竹山団地 プロジェクト」
- ないなら造る!高齢者や障がい者の行動範囲が広がる車椅子ロボット「movBot®」
- 装具難民を減らしたい。 “使いたい”装具で暮らしを 支える「装具ラボ STEPs」が描くビジョン
- 「私のことは、私が決める」障がい当事者が運営する求人サイト「パラちゃんねる」が描く包括的な支援
- らくちん×おしゃれの新提案。片手で着られる「one hand magic」に注目!
- 「作戦マン」が子どもを救う! 飛騨市発、学校作業療法室の取り組みを紹介
- 職人技と福祉をつなぐ『HUREL(触れる)バッグ』~革のハギレから始まった新しい就労支援の形~
- 調理と木工作業で脳も体も元気に! “お仕事あっせん型”デイサービスの取り組み
- 理学療法士がアパレルへ!?セラピストが介護のオシャレをご提案
- 日本理学療法士協会斉藤会長に聞く、理学療法士の未来とキャリア
- 管理栄養士・栄養士2,129人が語る真実は?やりがいや働き方について大調査!
- 能登半島地震避難所で「介護人材」不足、体調悪化させる人が続出
- 「ピラティス」腰痛の治療・改善に効果か~徳島大学が全力で普及へ
- リハビリに革命!「仮想現実」を活用した県リハビリテーション病院の新プログラムが話題に