冷却ベストは有効? 運動で急上昇する脊髄損傷患者の体温調節
公開日:2016.08.15 更新日:2016.08.26

たとえ脊髄を損傷してしまった患者さんであっても、少しでも快適に日常生活を送っていただくためには運動が欠かせません。ただし、脊髄損傷の患者さんが運動をすると健常者以上に体温が急上昇してしまうため、患者さんには大きな負担です。これを解決する方法として、「冷やしてみてはどうか」と考えたことのある方もいるのではないでしょうか?
そこで今回は、米国理学療法協会(APTA)の学会誌『フィジカル・セラピー』より、脊髄損傷者に対する冷却処置をテーマにしたオランダの論文をご紹介します。運動中の患者さんの体を外から冷やすことで、体温調整に影響があるかどうかを調べた研究です。ぜひ参考にしてください。
Effects of Cooling During Exercise on Thermoregulatory Responses of Men With Paraplegia
対麻痺患者の運動中に行う冷却処置は体温調節反応に効果があるか
Coen C.W.G. Bongers, Radboud University Medical Center
Thijs M.H. Eijsvogels, Radboud University Medical Center
Ilse J.W. van Nes, Sint Maartenskliniek
Maria T.E. Hopman, Radboud University Medical Center
Dick H.J. Thijssen, Radboud University Medical Center and Liverpool John Moores University
研究テーマ
脊髄を損傷している患者さんにおいては、本来なら体の各部位から体温調節中枢に届くはずの信号がきちんと届かず、脊髄の損傷部以下では血管運動や発汗能力が不十分となります。その結果、患者さんの深部体温は、健康な人よりも急激に上昇してしまうのです。しかし、冷却処置でその問題を解決できる可能性があります。
この研究の目的は、準最大下運動(*)中の胸髄損傷者に冷却ベストを着てもらうことで、深部体温の上昇を抑えられるかどうかを調べることです。
(*)最大下運動:軽い駆歩をはじめとした、最大酸素摂取量に達しない運動。(この研究で行われたのはそれに準ずる運動)
研究方法
今回の研究で行った、ランダム化(*)を伴うクロスオーバー試験(*)の被験者は、平均年齢44歳の男性10人で、いずれも第4胸椎と第5胸椎の間かそれよりも下部に胸髄損傷を負っている患者さんです。
被験者に参加してもらう運動試験の内容は、負荷50%の準最大下運動45分間。これを2度、別々の日に行い、両日とも被験者を無作為に2つのグループに分け、一方には冷却ベストを装着してもらい、もう一方にはベスト無しで、それぞれ運動試験に臨んでもらいました。なお、試験が行われた環境の気温はいずれも25度で、運動試験中の深部体温と皮膚温度は絶えず計測し、温度感覚は3分置きに評価しました。
(*)ランダム化:被験者を複数のグループに分ける際にコンピューターの乱数表やくじ引きなどの方法を用い、作為性が入り込まないようにすること
(*)クロスオーバー試験:2つの治療法の効果を比べるため、一方の治療法を行ってから、もう一方の治療法に切り替える試験
研究結果
「深部体温」「皮膚温度」「温度感覚」はいずれも運動によって上昇しましたが、冷却処置による深部体温への影響は見られませんでした。
何も着けていない場合と比べて冷却ベストは効果的に皮膚温度を低下させ、体の中心から四肢にかけての皮膚温度の勾配(温度差)を大きくし、被験者の温度感覚を低下させる傾向がありました。
結論
冷却ベストの装着は皮膚温度を効果的に低下させ、トルソーから四肢にかけての皮膚の温度差を大きくします。しかしながら、運動によって誘発された、胸髄損傷患者の深部体温の上昇に対しては冷却処置による影響が見られませんでした。
研究結果の限界
両グループ間の深部体温に差が見られなかったのは、運動試験を行った環境の気温が原因である可能性があります。
Reprinted from Phys Ther. 2016;96(5):650-658, with permission of the American Physical Therapy Association. ©2016 American Physical Therapy Association. APTA is not responsible for the translation from English.
(この記事は、米国理学療法協会(APTA)の学会誌『フィジカル・セラピー』96巻5号650 ~658頁に掲載された論文の概要を翻訳したものであり、セラピストプラスが同協会の許可を得て作成および掲載しています。論文概要の著作権はAPTAにあると同時に、同協会は翻訳文について一切の責任を負いません。)
参考URL
米国理学療法協会・学術誌 『Journal of the American Physical Therapy Association』
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