高齢者の大腿骨近位部骨折とリハビリテーション
公開日:2023.10.29 更新日:2023.11.07
文:近藤 晴彦
東京都言語聴覚士会 理事 広報局局長
目次
高齢者に多い脆弱性骨折
高齢者は、骨粗鬆症を生じやすいことに加えて、さまざまな疾病や筋力低下などの身体機能の低下などによる転倒のしやすさが影響し、いわゆる脆弱性骨折を生じます。それに含まれます大腿骨近位部骨折は、骨癒合がしにくく、骨頭壊死や偽関節、変形治癒を生じやすい特徴があります。また、手術後のリハビリテーションが重要ですが、退院後の二次骨折の予防のための支援が必要です。
大腿骨近位部骨折の図解
大腿骨近位部骨折は、大腿骨頭骨折、頸部骨折、転子部骨折、転子下骨折に分類されます(図)。骨頭骨折と転子下骨折は、主に交通事故などの強い衝撃によって生じます。頸部骨折と転子部骨折は、高齢者の転倒などの、比較的弱い衝撃によって生じる骨折で、骨粗鬆症を伴い、軽微な外力で受傷する脆弱性骨折です。高齢化に伴って、後者の頸部骨折と転子部骨折は増加傾向です。本稿では、大腿骨頸部骨折と大腿骨転子部骨折を中心に解説します。
図 大腿骨近位部骨折の分類
高齢者に多い「大腿骨頸部骨折」と「大腿骨転子部骨折」の特徴
大腿骨頸部骨折は関節包内の骨折で、以下の特徴があります。
【大腿骨頸部骨折の特徴】
・骨膜の血行が乏しい
・主たる栄養血管である内側大腿回旋動脈の分枝が損傷されやすい
・髄内血行も不足する
・これらにより血行障害を生じ、骨癒合しにくく、偽関節や骨頭壊死を生じやすい
加えて、荷重等により骨折線に剪断力がかかりやすく、受傷前からの骨粗鬆症により骨癒合が期待しにくいことがあります。
これに対して、大腿骨転子部骨折は、関節包外の骨折であり、血行の点では骨癒合に有利ですが、下記のような特徴があります。
【大腿骨転子部骨折の特徴】
・荷重により骨折部への内反、短縮外力が作用しやすい
・靱帯(特に腸骨大腿靱帯)の牽引により転位しやすい
・これらにより偽関節や変形治癒を生じやすい
このような特徴から、保存的治療では骨癒合が難しく、外科的治療が一般に選択されます。特に高齢者においては、受傷後、術後の安静期間が長期化すると、さまざまな廃用症候群が発生するため、術後早期運動療法を開始可能な治療が選択されます。
大腿骨近位部骨折の手術とリハビリテーション
頸部骨折に対する観血的整復固定術(open reduction and internal fixation: ORIF)には、フックピン、コンプレッションヒップスクリュー、ネックボルトプレートなどの内固定材が使用されます。特に高齢者においては手術時の侵襲が比較的軽いため、選択されますが、手術効果の確実性や早期全荷重については、人工骨頭置換術(bipolar hip arthroplasty: BHA)や人工股関節置換術(total hip arthroplasty: THA)が有利です。
転子部骨折に対するORIFでは、ショートフェモラルネール、スライディングヒップスクリューなど内固定材が使用されます。
術後のリハビリテーションとしては、関節可動域運動、筋力増強運動、基本動作・ADL練習、歩行練習などが基本ですが、高齢者においては、下記について十分に考慮し、適切な支援が必要となります。
・受傷機転、転倒の状況やその原因
・術前のバランス能力、歩行能力やADLの状態
・内科的併存疾患・合併症の有無や状態
・認知機能
・摂食・嚥下機能、栄養状態
など
また、大腿骨近位部骨折後は、骨粗鬆症による脆弱性骨折の再発である二次骨折の危険が高いことにも注意が必要です。対側の大腿骨近位部骨折、脊椎骨折、手関節骨折を生じることが多く、類似の受傷機転を繰り返すこともあるため、骨粗鬆症治療や運動療法等に加えて、転倒原因の詳細な把握も重要です。
そして、多職種(整形外科医、老年科医、内科医、リハビリテーション専門医、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、薬剤師、管理栄養士、社会福祉士など)連携による術前、術後急性期、回復期、退院後までの一貫したリハビリテーションが推奨されます。
退院後、受傷前よりも能力が低下していることも少なくはなく、自宅等の環境調整も必要です。また、退院後、介護保険制度での居宅、通所サービスなどの継続的な利用も必要です。
高齢者の大腿骨近位部骨折について解説します。
《問題》高齢者の大腿骨近位部骨折について正しいのはどれか。
【理学療法士】第57回 午後86
高齢者の大腿骨近位部骨折について正しいのはどれか。
<選択肢>
- 1. 男性に多い。
- 2. 骨転位は稀である。
- 3. 骨頭壊死は生じない。
- 4. 認知症は危険因子である。
- 5. 発生原因は交通事故が最も多い。
解答と解説
正解:4
過去問題の各選択肢の詳細を解説します。
1.発生数について
2009年から2014年までの日本整形外科学会の調査(Hagino H, et al.: Survey of hip fractures in Japan: recent trends in prevalence and treatment. J Orthop Sci 2017: 22: 909-914.)の35歳以上の発生数を図に示します。大腿骨頸部骨折よりも大腿骨転子部骨折の方が発生数は多く、いずれも増加傾向です。男性よりも女性の方が明らかに多く、どちらも増加傾向ですが、女性の方が著明です。
図 大腿骨頸部骨折と大腿骨転位部骨折の発生数
2.転位や変形治癒について
前述したように、特に大腿骨頸部骨折と大腿骨転子部骨折は、血行の問題や、荷重や靱帯などによって加わる外力による変形を生じやすく、転位や骨頭壊死を生じることがあります。
大腿骨頸部骨折で用いられることの多いGarden分類を表に示します。転位を認める型の場合、骨頭への血流も乏しくなります。
大腿骨転子部骨折では、Evans分類、Jensen分類、AO/OTA分類、中野分類などさまざまな分類が用いられています。2018年に改訂された新AO/OTA分類では、外側壁厚の概念が加わり、外側壁の支持性が保たれている安定型と、保たれていない不安定型に分類されます。
表 大腿骨頸部骨折のGarden分類
3.発生原因
2009年から2014年までの日本整形外科学会の調査(Hagino H, et al.: Survey of hip fractures in Japan: recent trends in prevalence and treatment. J Orthop Sci 2017: 22: 909-914.)の発生原因の結果を図に示します。約8割が転倒であり、交通事故、階段での転落などが続きます。ベッド上で発生する場合もあります。ケア中とは、着替えやおむつ交換などの介助中の発生です。
転倒について、屋内での転倒で受傷した患者は、90歳未満では約7割ですが、90歳以上では9割以上です。同様に男性では約6割ですが、女性では約8割と増加します。
図 大腿骨近位部骨折の発生原因
4.危険因子について
多くの危険因子が大腿骨近位部骨折の発生に関係します(表)。骨粗鬆症を背景とした脆弱性骨折であり、骨密度の低下が重要な危険因子です。原因が転倒であるため、転倒に関連した危険因子が多数存在します。その中で、既往症や疾病も重要で、認知症も含まれます。
予防としては、骨粗鬆症の治療と転倒予防が重要です。特に転倒予防については、単独の方法による確立した予防はなく、多面的な予防対策を実施することが必要です。
表 大腿骨近位部骨折の主な危険因子
日本整形外科学会,日本骨折治療学会監修:大腿骨頸部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版),南江堂,2021より作成
実務での活かし方 ~FLS導入のすすめ~
高齢の大腿骨近位部骨折患者の術後は、適切な理学療法等を提供し、受傷前とおおむね同様の状態への回復を目指すことが一般的です。しかし、患者によっては受傷前から活動が低下しているケースも少なくはありません。受傷前よりも活動的な生活を目指すことも、患者によっては重要です。
その際、脆弱性骨折の既往が危険因子であるように、大腿骨近位部骨折の患者は、その後の再転倒、再骨折を生じる可能性が高いため、二次骨折予防の支援が必要です。
そのような脆弱性骨折患者に対する二次骨折予防を目的とした医療支援プログラムである骨折リエゾンサービス(fracture liaison services: FLS)を紹介します。
FLSは1999年よりイギリスで開始され、世界のさまざまな国で発展してきています。リエゾンは「連絡係」を意味するフランス語で、コーディネーターが病院内外の連絡係となり、医療サービスを提供します。日本では、2014年に日本骨粗鬆症学会が骨粗鬆症リエゾンサービスを策定し、2019年にFLSクリニカルスタンダードが策定されて、公開されています。
FLSの使命は、脆弱性骨折患者に対する骨粗鬆症治療開始率と治療継続率を増加させるとともに、リハビリテーションの視点から転倒予防の実践により二次骨折を予防し、骨折の連鎖を断つことです。
以下の5つのステージで構成されます。
ステージ1:対象患者の特定
ステージ2:二次骨折リスクの評価
ステージ3:投薬を含む治療の開始
ステージ4:患者のフォローアップ
ステージ5:患者と医療従事者への教育と情報提供
チームメンバーは、医師、看護師、診療放射線技師、管理栄養士、理学療法士、作業療法士、医療ソーシャルワーカー、介護福祉士などです。
このFLSに関連して、2022年の診療報酬改定で、大腿骨近位部骨折患者に対する「二次性骨折予防継続管理料」などが新設されました。この管理料は、急性期病院で評価と治療を行い、回復期病院などや外来診療を行う施設でその評価と治療を継続することで算定できます。以下の3種類があります。
・二次性骨折予防継続管理料1(急性期治療を行う一般病院)
・二次性骨折予防継続管理料2(リハビリテーションを行う回復期病院)
・二次性骨折予防継続管理料3(骨粗鬆症の継続治療を行う外来・クリニック)
FLSの導入により、二次骨折の減少、骨粗鬆症治療の継続率の増加、術後の死亡率の減少、費用対効果などの医療経済への影響などが報告されており、今後の効果が期待されます。
臼田 滋
群馬大学医学部保健学科理学療法学専攻 教授
群馬県理学療法士協会理事
理学療法士免許を取得後、大学病院で勤務し、理学療法養成校の教員となる。
小児から高齢者までの神経系理学療法が専門。
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