言語聴覚療法における地誌的見当識障害の評価・介入
公開日:2023.11.29
文:近藤 晴彦
東京都言語聴覚士会 理事 広報局局長
本記事の概要
今回取り上げる過去問のテーマは、地誌的見当識障害です。地誌的見当識障害とは「熟知した場所でも道に迷ってしまう」症状のこと。街並み失認、道順障害、自己中心的地誌的見当識障害、前向性地誌的見当識障害の4つのタイプに分類されます。また、各タイプによって「道に迷ってしまう」詳細な症状や背景、損傷部位なども異なります。
地誌的見当識障害への評価や介入について、臨床の見地から詳しくお話していきます。
《問題》街並み失認について誤っているのはどれか。
【言語聴覚士】第22回第162問
街並み失認について誤っているのはどれか。
<選択肢>
- 1.右大脳半球例に多い
- 2.病巣に海馬傍回が含まれることが多い
- 3.家を見れば、それが家であることがわかる
- 4.相貌失認を合併することがある
- 5.風景や建物の場所の記憶が消失する
解答と解説
正解:5
「街並み失認」とは地誌的見当識障害のひとつであり、熟知した建物や風景を同定することができず、道に迷ってしまう症状です。今回の設問では、1~5についてはいずれも正しい記述となりますが、「5.風景や建物の場所の記憶が消失する」は誤った記述になります。街並み失認とは視覚失認の一種であり、街並み(建物、風景)に関する失認症状であるため、風景や建物の場所の記憶障害ではありません。したがって正解は5となります。
実務での活かし方~言語聴覚療法における地誌的見当識障害の評価・介入~
それでは、言語聴覚療法における地誌的見当識障害への評価・介入について解説していきます。今回は(1)地誌的見当識障害の4つのタイプ (2)言語聴覚療法における評価・介入のポイントについて解説していきます。
(1)地誌的見当識障害の4つのタイプ
地誌的見当識障害は、街並み失認、道順障害、自己中心的地誌的見当識障害、前向性地誌的見当識障害の4つに分類されます。
●街並み失認
熟知した建物や風景を同定することへの障害です。よく知っているはずの家を見ても、誰の家かを同定することが困難になります。そのため、自分の家なのに「初めて見る家のように感じる」という理由で、自宅を通り過ぎてしまうことがあります。これらの症状は、視覚失認の一種であり、街並み(建物、風景)に関する失認症状であるとされています。責任病巣は右半球の海馬傍回後部、舌状回前部、紡錘状回と考えられています。
●道順障害
熟知した地域内で、ある地点からある地点へ移動する際に方向を定位する(どちらの方向に進めばよいのかを捉える)ことへの障害です。目印となる固有の建物や風景は認知できますが、「ある地点とある地点の位置関係がわからない」「今いる地点と目的地の位置関係がわからない」などの症状で、道に迷ってしまいます。責任病巣は、脳梁膨大後部から頭頂葉内側場(楔前部)と考えられています。
●自己中心的地誌的見当識障害
自己を基準として、対象がどのような空間的位置関係にあるかを同定することへの障害です。症状としては、自分と対象物の空間的位置関係がわからなくなるもので、「対象物までたどりつけない」「対象物にぶつかる」といったことが起こります。自己身体に対する相対的な位置を定位する能力の障害のため生じると考えられています。責任病巣は右一側または両側の後部頭頂葉領域と考えられています。
●前向性地誌的見当識障害
発症後の新しい環境に限定して生じる地誌的見当識障害です。旧知の場所は同定できても、新規の場所は同定できなくなる症状です。「新しい道を覚えられない」「発症後に何度も通った道なのに覚えていない」といったことが起こります。責任病巣は右半球の海馬傍回の後部と隣接する紡錘状回と考えられています。
(2)言語聴覚療法における評価・介入のポイント
地誌的見当識障害について、実際の言語聴覚療法における評価・介入のポイントについて解説します。「道に迷う」症状である地誌的見当識障害は、4つのタイプのどれに該当するかを見極める必要があります。
臨床では、どの機能が障害され、どの機能が保存されているのかを評価して、4つのタイプに鑑別します。鑑別評価として、「熟知している建物・風景を同定することが可能か」「熟知した建物の外観を想起することが可能か」「建物の位置を定位することが可能か」「2地点の道順を想起することが可能か」といったことを確認します。
介入の段階では、地誌的見当識障害による不都合や困難を補うため、代償手段を検討します。「○○の看板を右に曲がって○○左に曲がる」など言語化による方略を用いたり、メモを頼りに移動を試みたりして、道に迷わないための新たな手段が獲得できるよう支援します。
まとめ
言語聴覚療法における地誌的見当識障害の評価・介入について解説しました。地誌的見当識障害は街並み失認、道順障害、自己中心的地誌的見当識障害、前向性地誌的見当識障害の4つに分類されます。実際の臨床では、どの機能が障害され、どの機能が保存されているのか鑑別することが重要であり、介入の場面では言語化の方略など新たな手段が獲得できるよう支援します。
[出典・参照]
藤田郁代ら.標準言語聴覚障害学 失語症学 第3版.医学書院,2021
近藤 晴彦(こんどう はるひこ)
東京都言語聴覚士会 理事 広報局局長
国際医療福祉大学大学院 修士課程修了。
回復期リハビリテーション病院に勤務する言語聴覚士。
東京都言語聴覚士会
http://st-toshikai.org/
東京都におけるすべての言語聴覚士が本会に入会され、自己研鑽に励み、地域社会に貢献することを目指し、活動中。
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