大人の発達障害と作業療法
公開日:2023.10.28
文:中山 奈保子
作業療法士(教育学修士)
大人の発達障害とその背景
「大人の発達障害」という言葉をよく見聞きするようになりました。インターネット上でも簡単にその傾向をチェックできるようになりましたが、発達障害の有無に関しては、幼い頃からの生育歴や環境をさかのぼってみなければ診断できません。大人になってはじめて自覚、あるいは他覚される症状には、その背景に精神疾患の要素が混在している可能性も少なくないと言われています。
大人になってから発達障害(神経発達症)の診断を受けたとしても、その原因の大部分は先天的な脳の機能障害によるものと考えられています。症状の表れ方や生活環境によっては、目立った「障害」として認識されることなく生活を維持することができます。一方、複雑な環境のなかで特に苦手な部分があらわになり、家庭生活や社会生活の維持が困難になるケースもあります。こうした場合は、専門職による治療や訓練、相談支援など一人ひとりの特性にあったサポートを受けることが大切です。
大人の発達障害について、作業療法士国家試験では以下のような問題が出題されています。
《問題》この患者の生活歴から最も考えられるのはどれか。
【作業療法士】第58回 午後16
26 歳の女性。幼少期は手がかからず、人見知りはなかった。小学校では友人とのおしゃべりが苦手で、一人で読書をすることを好んだ。中学校では、場の雰囲気に合わせて対応できず、孤立しがちで、一時不登校となった。成績は優秀で理系の大学院を修了後、大手企業に就職した。しかし、上司に接客態度を注意され、同僚とも馴染めず、 1 か月で退職した。急な退職を心配した両親に付き添われ精神科を受診した。
この患者の生活歴から最も考えられるのはどれか。
<選択肢>
- 1. うつ病
- 2. 自閉症スペクトラム障害
- 3. 双極性障害
- 4. 統合失調症
- 5. パニック障害
解答と解説
正解:2
正解は、選択肢2の「自閉症スペクトラム障害」です。
自閉症スペクトラム障害では、対人関係において相手の表情や会話の流れをうまく読み取れなかったりすることで、人との交流を拒みがちになる傾向がよく見られます。文中の女性は、幼い頃から対人関係上の困難さを抱えながらも、一人で好きなことに没頭することで苦しさから自分を守ってきたのかもしれません。もしかすると周囲の音や光に敏感だったり、何か特定のものにこだわったりする傾向から少々マイーペース過ぎる一面もあったのでしょう。
大学院を修了するほど学業優秀という強みを活かし、社会人として生活をスタートさせたものの、対人関係における弱みがあらわとなってしまいます。発達障害の二次的な障害として選択肢1の「うつ病」を発症するケースもありますが、幼い頃に前述したような行動の傾向があったことから最も考えられるのは自閉症スペクトラム障害として良いでしょう。
発達障害のうち「注意欠陥・多動症」では、焦りがちで考えがまとまらなかったり、感情の表出が不安定(制御が難しい)になったりといった兆候が、「双極性障害」の兆候と区別がつきにくいことがあるようです。
「統合失調症」や「パニック障害」も、大人になってわかる発達障害と混在しているケースが少なからずあると言われていますが、ある程度成長して思春期〜大人になってから疾患特有の行動傾向が表れる点で「自閉症スペクトラム障害」と区別されます。
実務での活かし方~作業療法士として意識したいこと~
発達障害の理解において、対象者がどのような幼少期を送り、どのようにして今の生活を選んできたのかを丁寧に紐解くことが欠かせません。対象者の病気や障害はもちろん、対象者の特性を正しく理解するうえでも大変重要なことです。
作業療法士としては、対象者が向かう先で遭遇するかもしれない困難に備えるお手伝いをすることが求められます。診断名にとらわれ過ぎることなく、対象者の苦手を補うために必要な経験は何か、常に思案することが求められます。

中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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