こんな道もある! セラピストの仕事「精神疾患の身体リハビリ」から「医療職のキャリアデザイン追求」へ
公開日:2023.12.23 更新日:2023.12.26
文:北原 南海
セラピストの仕事の一般的なイメージは、医療機関に勤め、ステップアップしていく形が多い。その一方で生活期のリハビリや、作業療法士は発達障害ほか精神障害の領域など、活躍の場が広がりつつある。そこで、「こんな道もある」をテーマに特徴的な業務についている人、仕事をしている人にインタビューを行った。
今回は理学療法士で「日本精神・心理領域理学療法研究会」理事長である上薗 紗映さんに話を伺った。
今回インタビューした人
上薗 紗映(うえぞの さえ)さん
理学療法士。国家資格キャリアコンサルタント。(一社)日本精神・心理領域理学療法研究会理事長。
早稲田大学人間科学部(現スポーツ科学部)を2000年、東京医療学院を2001年に卒業後、船橋整形外科勤務を経て、2005年より精神科の平川病院リハビリテーション科科長。2010年、(公社)日本理学療法士協会の精神心理領域理学療法部門幹事に就任。2023年2月に平川病院を退職し、現在は DXなどによる業務形態や新しい働き方の提案を行う会社に勤めるかたわら、国家資格を活かして私的にキャリアコンサルタントとして講師などの仕事もこなす。
共著書に、植田耕一郎監修『医療従事者のための 精神疾患のある人への食支援』(医歯薬出版)、平林淳一、林光俊、上薗紗映編著『精神疾患が合併していても身体リハビリテーションはできる!』(協同医書出版社)、曽根博仁編『すべての診療科で役立つ 身体運動学と運動療法』(羊土社)などがある。
趣味はスポーツ観戦。サッカー、ラグビー、バスケ、野球、分け隔てなく見る。「スキューバダイビングが好きですが、息子が生まれてからはやっていません。私が持っているダイビングライセンス、PADIのCカードでは10歳からライセンス取得可能で今年なります。そろそろいっしょにやっていきたいですね。」。
精神疾患患者の身体リハビリテーションへ
DXなどによる業務形態や新しい働き方の提案を行う会社に勤めるかたわら、国家資格を活かしてフリーでもキャリアコンサルタントとして講師などの仕事もこなしている上薗紗映さん。
彼女は同時に理学療法士でもある。長年、精神科病院でPTとして臨床にも携わってきた経験を持ち、(一社)日本精神・心理領域理学療法研究会理事長も務める。
一見、2つの異なる取り組みだが、実は接点がある。もともとは後者のPTとしての活動が出発点で、しかも、長年働いてきたのは、精神科病院での身体リハビリテーションというまだまだ数少ない現場。そこでPTとして統合失調症、うつ病・双極性障害、認知症、アルコール依存症などの患者を対象とした臨床に携わりつつ、管理職としてリハビリの体制などのマネジメント、嚥下チームの体制づくりなど、効率的な業務の仕組み作りや運営などにも携わってきた。精神疾患患者への身体リハビリや食支援に関する編著書もある。なぜ、精神疾患なのだろうか。
大学、専門学校を卒業して就いたのは、主にスポーツに関わるリハビリの現場。だが、優秀な同期が多く、体力的にもきついと感じたという。その一方、「その職場では少ないながらも近所の病院の精神科の人がリハビリに訪れていて、対応の必要性をとても感じました」と話す。同時にその頃、リハビリ業務のマネジメントにも興味が出て学んでいて、同病院でも業務をよりしやすくするための改善策などについて提案していたという。それで、専門学校時代の恩師に事情と転職の希望を話し、紹介をお願いしていた。マネジメントもできる所を、と。それで紹介されたのが、精神科病院の平川病院だった。
増えてほしい、精神科での身体リハ
平川病院では科長職としての採用で、現場での臨床に加え、仕事の割り振り方や勤務体系、人材育成など現場のマネジメントなども手掛けた。
入職当時は、同病院でもPTは上薗さんを含めて4人(2022年1月現在は14人)。ほかに、PTの資格取得を目指して夜間学校へ通いながらアルバイトで働く学生も10人前後いて、自施設で養成しているという状況だった。
日本における総病床数は約157万床で、そのうち精神病床は約32万床。約20%を占める(厚労省調査、2022年10月1日現在※1)、だが、医療分野で働く全PTが約7万人(厚労省調査※2)なのに対し、精神科は251人※3。精神科に勤務するPTは少ない。精神疾患を持つ患者が身体症状の疾患を抱えるケースは多く、今後もっと増やしていくべきだと上薗さんは考えている。
精神科にPTがいる意義として、上薗さんは、身体合併症の患者も多いこと、入院期間の長期化もあり適度な運動がないことで廃用症候群のリスクが高まることを挙げる。さらに抗精神病薬も、罹患期間の長い患者は特にいわゆる定型抗精神病薬と言われるものを処方されている場合に、副作用で体の機能や体力の低下につながるケースもあるという。
2020年の診療報酬改定では疾患別リハビリで精神科、2022年の改定では精神科救急でリハビリ料を算定できる新加算ができたものの、配置基準・点数の面とPTをそろえるメリットの比較の面からまだPTをそるえることに踏み切れない精神科病院は多いようで、「まだそれほど増える状況ではありません」と上薗さん。
リハビリでは心理学的手法も活用
精神疾患をもつ人の場合、他の病気やけがで急性期病院で治療、次の段階として回復期リハビリテーション病棟・病院への移行が必要な場合に、壁を迎えがちだと上薗さんは話す。「回復期リハビリテーション病棟・病院の現在の基準だと、その先の退院先が自宅ではなく精神科病院の場合、基準上受け入れをすることが難しい場合も多いです」。そして、その病院に精神科があって対応できるとは限らない。一方、精神科病院にはPTが極めて少ない。「平川病院はPTがいてそういったケースに対応できるので、救急病院から来る精神疾患の方も多かったです」。
例えば次のようなケースがあった。統合失調症と脊髄不全損傷(胸髄。Th12)を合併していた40代女性。急性期病院での治療とリハビで杖・短下肢装具を使って歩けるようにはなったもの車いすでの生活で、事情がありその状態で数年を経た後に入院してきた人だった。身体機能面での目標は、車いすではなく屋外歩行までできるように、というもの。徒手筋力検査(MMT)では前脛骨筋と下腿三頭筋がともに1※4で冷感の脱失も認められるなど、芳しくない状態だった。「歩き始めると、左足を引きずる形になったり分回し歩行になって転倒のリスクがありました。それに統合失調症の陽性反応が強く、歩くことを邪魔もする状態でした」。
そんななかで、医師、臨床心理士、作業療法士などとも連携しながら歩行訓練などのリハビリを進めた。その際には例えばトークンエコノミー法※5や行動応用分析学※6も活用。前者では、例えばポイントカードを作ってトイレへの歩行中に足の引きずりがなかった場合には1ポイント印を押し、10ポイント貯ったら「トークン」(ご褒美)として、翌日の訓練をお気に入りのリハ室で行うなどした。また、後者では、「引きずらなくなってきましたね。この調子なら退院も見えてきますね」と声掛けし、退院へ向けて前へ進んでいることを強化したりした。
退院には統合失調症の状態から3年を要したが、運動面では、数えていた廊下での足のひきずり回数が介入直後の1日あたり約60回から3週後には2、3回程度にまで減少し、その後も状態を維持できた。その患者は退院の際、とても喜んでいたという。
マネジメントから業界での連携へ
上薗さんは平川病院で、精神疾患を持つ人の摂食嚥下障害への対応にも力を入れた。入院患者には摂食嚥下障害のあるケースも多く※7、窒息や誤嚥性肺炎などのリスクもあるので部屋ではなく食堂で食事を取ってもらう場合も多かったという。外部のST、石山寿子さん(現国際医療福祉大学准教授)の力も借りて、主に歯科、栄養科、リハビリテーション科で構成する多職種連携による「嚥下チーム」の体制を作った。
このようにPTとしての臨床に加え、科長としての院内での嚥下チームの体制作りや、各担当専門職のとりまとめなど、課題を分析して解決のための仕組みづくりができたときに「やりがいを感じますね」という上薗さん。「特別な人ではなく普通の人でもまわる仕組み。それが作れたときに、やりがいを感じます」。
思い立ったら走り出す思い切りのよさを発揮するときもある。2010年に(公社)日本理学療法士協会で精神心理領域理学療法部門(現(一社)日本精神・心理領域理学療法研究会で上薗さんは理事長)が立ち上がり、上薗さんは幹事に就任したが、きっかけは当時、松沢病院在籍で、「精神科での理学療法の先駆者でした」(上薗さん)と話す仙波浩幸さん(神奈川県立保健福祉大学教授)の論文を読み、つながる必要性を感じたこと。当時業務が忙しかったので、学会に参加する後輩にお願いして名刺を渡してもらい、その後連絡をとって面識を持ち、意見を交わした。幹事就任はそういった流れの中でのものだった。
同部門で取り組んだことの一つが、平川病院をはじめ6つの精神科病院での、患者のリハビリなどに関するデータベースの共有・蓄積。「精神科はPTが少ないので、横のつながりを作ることが必要。何人かで分担する合同の研究をいくつか立ち上げ、診療報酬改定の意見書に反映もしました」。
現在、同団体の会員は約200人で、褥瘡の研究も立ち上げる準備を進めている。
医療業界でのキャリアデザインをより豊かに
上薗さんは、2023年2月で平川病院を退職。先述のとおり、DXなどによる業務形態や新しい働き方の提案を行う会社に勤める傍ら、私的に国家資格を活かしてキャリアコンサルタントの仕事も行う。2つは別のものだが目指す方向性は同じだという。病院ではマネジメント業務が増えていた。スタッフ定着率も高く、まかせておいて安心。そして今47歳で同院は定年が65歳。あと18年。自分は何をすべきかと思ったと話す。同院のPTは自分と同年代の人が多く、「私がいると、後輩の職位が上がりません。所属しているPT全体の年齢もばらけたほうがいいですし」。
例えば、リハビリ職向けにセミナー動画を配信する「リハノメ」(株式会社gene)に講師として登場。女性のライフイベントに考慮したキャリアデザインについて、キャリア確立期と結婚・出産時期が被ることで「キャリアダウン」になりやすい構造があること、働きやすさを重視するあまりの「マミートラック」※8の出現とった点、女性リハビリ職としての働き方という視点も交えて論じている。
とはいえ、「女性やセラピストにこだわっているわけではないんです」と上薗さん。「医療業界は働き方に選択肢が増えてきたので、その中で道をどう絞るかがより重要になってきていると思います。ですが、それぞれの人がよりよい選択をするうえでのキャリア教育はまだまだ少ない。医療業界の人がわくわく働けるキャリアプランの情報発信もしていければ」。働くことが楽しいと思える社会にしていくことが大切だと考えている。「DXも活用してルーティーンワークをより効率化し、より創造的な仕事を楽しくできる環境作りに貢献きればと思います」
2024年の「日本理学療法管理学会・日本精神・心理領域理学療法研究会合同学術大会」では大会長も務める。精神障害の理学療法は、ひとまず加算が制度化され算定できるところまでは来た。そのためにも、「次の10年を作っていくための大切な大会。次の世代を育てることにもつなげていければ」、と上薗さんは語った。
[欄外注]
※1:日本における総病床数は1,573,451で、そのうち精神病床は321,828。約20%を占める(厚労省調査、2022年10月1日現在)
※2:医療分野で働く全PTは、2016年時点で69,846人。
『令和4年版 厚生労働白書―社会保障を支える人材の確保』(厚生労働省)
※3:『令和2(2020)年医療施設(静態・動態)調査(確定数)・病院報告の概況』(厚生労働省)
※4:1は「筋の収縮がわずかに認められるだけで、関節運動は起こらない」
※5:トークンエコノミー法に元づく心理学の手法。「トークン」(ご褒美)を活用して望ましい行動を引き出す。
※6:米国の心理学者スキナーが提唱した心理技法。「応用行動分析学」はABA(Applied Behavior Analysis)の日本語訳。好ましい行動を増やし、望まない行動を減らすというのが基本的な考え方。
※7:例えば次のようなケースがあったという。統合失調症で、嚥下障害と手の麻痺といった重い身体合併症も持つ50代男性。退院までの1年半に、歩行・階段昇降訓練、バランス訓練、有酸素運動など体力維持を目的としたPTとしての身体リハビリのほか、「気難しい気質があったので、各担当専門職のとりまとめや調整など、在宅復帰へ向けて居住環境面や退院後の生活リズムづくりなどの環境調整にも関わりました」(上薗さん)。在宅復帰へ向けて設定した目標は、身の回りのことを自分でできることに加え、胃ろうの管理を自分でできるようにすること。後者にも看護師や言語聴覚士らとともに治療を組み立て、胃瘻での栄養摂取とお楽しみ程度にはなるが、口から食べることも楽しめるように支援した。
※8:女性が育児を理由に比較的責任が軽い仕事を任せられ、その結果、昇進などのキャリアアップ、昇給などが遠のくといったこと。
大学卒業後、出版社勤務を経てフリーの編集者兼ライターに。編集者としては教材や単行本など各種出版物の制作、ライターとしては介護施設・サービス、認知症や食事・栄養、リハビリに関する取り組み、外国人スタッフの採用・定着・定住に関することなどについて、新聞や雑誌などで取材・執筆に従事している。
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