対象者は何のために訓練をし、セラピストは何のために支援するのか?
公開日:2017.09.04 更新日:2023.03.14
文:福辺 節子
理学療法士/医科学修士/介護支援専門員
リハビリとは何か、その目的は?
リハビリテーションとは単なる機能の回復ではなく、「全人間的な復権」「人としての尊厳、その人らしく生きる権利の回復」であるということはリハビリテーションの専門職であれば周知の事柄です。では、それらを具現化するためにはどんなことが必要なのでしょうか。私たちの毎日の仕事とどう結びつけていけばよいのでしょうか。
最近は介護保険でも自立支援という言葉が使われます。リハビリテーションでは当初からその目的の一つとして「自立」が挙げられてきました。
リハビリにおける自立とは、尊厳と自由を手に入れる手段
「自立」のとらえ方は時代によってかなり変化してきました。今から40~50年前の高度成長時代の日本では、リハビリテーションにおける「自立」は健常者がモデルでした。例えば、上部胸髄損傷や頸随損傷の障害者が、自立歩行を目的とした訓練をしていたのです。骨盤や長下肢装具を付けてヒップハイクで下肢を挙上しながら500mや1000mを両松葉杖で歩く練習をするのです。現在なら対象者のモチベーション維持のための立位や歩行練習ならあるかもしれませんが、移動手段としての実用歩行はまず考えられません。しかし脊髄損傷の対象者の移動手段として車椅子が当たり前になったのは、ノーマライゼーションの考え方が日本に入ってきたほんの30年程前のことです。
「自立」とは何なのでしょう? 自立は必要なのでしょうか? 自立はよいことなのでしょうか?
「なぜ、自立がよいのか?」という問いにはいくつかの答えがあがります。精神的な面からは、「尊厳のために」「自分でできれば意欲がわく」「他人に迷惑をかけない」など。
もし自分が障害を持って全てを他人の世話に委ねるしかない状態になったときに、自己の尊厳を保ち前向きに生きるためには並はずれた精神力が必要です。並の人間なら自分で何かできたほうがよさそうです。

自立することの利点は機能的な面にもあります。「自立すれば自由である」。
人はその人独自の動きのパターンやスピード、タイミングを持っています。また動き方だけでなく、毎日の生活の中での優先順位や嗜好も異なります。いつでも自分の好きな服を着て自分の食べたいものを好きなときに食べようと思うのなら、自分で動けることは必須条件です。人は自分で動いたときが一番自由だからです。
「なぜ訓練するのか?」「なぜ自立したほうがよいのか?」という問いに対する答えの一つは、「自分でできることを増やしていければ、自分の好きなことを好きな時に好きなようにすることができる」です。「自立」すればするほど「自由」を獲得できます。
セラピストとしてのぶれない軸を持つために
「なぜ訓練するのか?」 「なぜ自立を目的とするのか?」 「何でも自分でできるほうがよいのか?」 「代替があればできなくてもよいのか?」 「本人の望みよりも家族の望みを優先する場合もあるのか?」 「セラピストや専門職の判断が優先されるのか?」
セラピストがこれらの基本的な問いに対して自分自身の答えを持っていないと、日々のアプローチやサポートに確信が持てません。また、それはサポートする側だけでなくサポートを受ける側にも必要です。自分が障害を持ったとき、家族が障害を持ったときに、自分でご飯を食べるのか、食べさせてもらうのか、自分で食べたいのか、食べたくないのか、をはっきりさせるということです。
今の日本の介護や医療は、本人抜きで周囲が決めてしまうことが少なくありません。特に認知症や寝たきりなど意思表明できない人に対しては当たり前のようになっています。自分ですること、自分でしないことのメリット・デメリットを十分理解したうえで、本人が決定するのが本来のあるべき形だと思います。
時代や地域によって表面上の変化があったとしても、セラピストがぶれない軸を持たなければ、対象者の真のニーズを探り応えることは不可能です。
「人としての尊厳、その人らしく生きる」とは、「自分の好きなことを好きな時に好きなようにすることができる」と言い換えてよいと思います。それは評価(アセスメント)でいう「本人の主訴」です。ただし、対象者の表面の言葉だけを捉えても主訴とはなり得ません。対象者が本当にやりたいことが必ずしも言葉として発せられるとは限らないからです。
セラピストが仕事をするときに、最も重要と言ってもよい「対象者の主訴」をどう導くのかは、次回に解説する評価(アセスメント)で、もう少しお話したいと思います。

福辺 節子 (ふくべ せつこ)
理学療法士・医科学修士・介護支援専門員
一般社会法人白新会 Natural being代表理事
新潟医療福祉大学 非常勤講師
八尾市立障害者総合福祉センター 理事
厚生労働省老健局 参与(介護ロボット開発・普及担当)
一般社団法人 ヘルスケア人材教育協会 理事
大学在学中に事故により左下肢を切断、義足となる。その後、理学療法士の資格を取り、92年よりフリーの理学療法士として地域リハ活動をスタート。「障がいのために訓練や介助がやりにくいと思ったことは一度もない。介護に力は必要ない」が持論。現在、看護・介護・医療職などの専門職に加え、家族など一般の人も対象とした「もう一歩踏み出すための介助セミナー」を各地で開催。講習会・講演会のほか、施設や家庭での介助・リハビリテーション指導も行っている。
<著書>
イラスト・写真でよくわかる 力の要らない介助術/ナツメ社(2020)
生きる力を引き出す!福辺流 奇跡の介助/海竜社(2020)
マンガでわかる 無理をしない介護/誠文堂新光社(2019)
福辺流力と意欲を引き出す介助術/中央法規出版(2017)
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