がん患者に対するリハビリにおいての作業療法士の役割
公開日:2015.06.10 更新日:2015.06.18
がん医療の進歩により、発症後の生存期間は長期化の傾向にあります。そうした背景から、がんとの共存を前提にした、より快適な生活を行うためのリハビリが求められるようになりました。
患者さんの精神機能、身体機能の両方に働きかけることができる作業療法は、がん医療においてどのような役割を担っているのでしょうか。
がん医療におけるリハビリの目的
がん患者さんへのリハビリでは、患者さんと介護する家族のQOL(quality of life)が向上することを目的としています。特に終末期では、患者さんの身体機能能力が低下するため、状態に合わせた対応で、可能な限り快適に過ごせるような支援が必要です。
がん医療において、患者さんの苦痛をより理解するためには、トータルペイン(全人的苦痛)の概念を理解することが重要なポイント。患者さんの抱える問題は身体的苦痛のみではありません。不安や抑うつなどの精神的なトラブル、家族や職業に関する社会的不安、生きる意味や死との直面などの悩みがあり、これらが複雑に絡み合っていることを意識する必要があります。
作業療法ならではのアプローチ
理学療法士及び作業療法士法第二条-2によれば、作業療法の定義として「身体または精神に障害のある者に対し、主としてその応用的動作能力または社会的適応能力の回復を図るため、手芸、工作その他の作業を行わせること」とあります。
この定義を参考にするならば、がん患者に対する作業療法は、精神と身体の両方にアプローチしながら、日常生活のなかでの動作、特にセルフケアと家庭内生活を維持するための動作を行う能力(応用動作能力)の回復を目指すことになるでしょう。
患者さんが可能な限り自分の能力を活かし、さまざまな活動を行うことによって、その人らしく生活できるように支援することが作業療法士の役割なのです。
アンケートの結果が示す作業療法の効果
2010年に発表された「わが国におけるがんに対する作業療法アンケート調査報告」によると、多くの作業療法士が効果を感じた点として、QOL における精神面への効果を挙げています。作業療法が応用動作能力の向上につながるのはもちろんのこと、精神機能にも十分に効果的であることがわかります。心身両面において自分らしく生活することで、よりストレスを軽減させる支援につながるのです。
がん医療における作業療法プログラムとは
では、がん患者に対して作業療法が行われる場合、具体的にはどのような支援が必要とされるのでしょうか? 主に以下の8つのアプローチが一般的です。
- 安楽な休息のための支援
- 適度な活動のための支援
- ADL(activities of daily living)の自立を図り介助を軽減する
- 身体機能の維持と向上
- 精神機能の安定と賦活
- 外出や自宅生活の支援
- 復職準備となる活動の提供
- 家族や介護者への支援
こうした支援を行う際、作業療法士は症状や治療などの影響で、患者さんの身体機能が常に変化していることに配慮しなければなりません。体調の不安定さに左右され、精神状態も変化します。1日のうちでも変動が大きく、同じ動作ができたり、できなくなったりすることも。作業療法士はそういった変化にいち早く気づいて、作業活動の内容や量を調節しなければなりません。がん患者への作業療法を進めるにあたっては、患者さんの身体機能が変化する幅を見越した事前の準備、設定を行いましょう。
作業療法が効果的であった実例
銀行員であったAさん(44歳)に診断されたのは、肝臓がんと転移性脊髄腫瘍による両下肢まひ。人当たりのよさそうなAさんでしたが、感情を抑制してしまい、ストレスが溜まっているようでした。
ある日、彼は「病室で何かできることをしたい」と希望します。しかし、仕事一途な生活だったので、自分でも何をしたいのか、何ができるのかわからないとのこと。そこで、作業療法士の提案により「刺し子刺繍」に取り組むことになりました。針で布を刺し抜くという行為は攻撃性の発散になり、単調な繰り返しが精神の沈静化を促すのではないかという狙いによるものです。
はじめは戸惑いを見せたAさんでしたが、次第に集中して作業を行うようになり、多くの時間を刺し子刺繍に費やすようになりました。家族がおどろく熱中ぶりで、最後までたくさんの作品を残したそうです。
患者さんにとっては、ベットの上に1人きりでじっとしている時間がつらい場合もあります。Aさんにとっては、刺し子刺繍が自分に残された時間とエネルギーを有効に活用するための手段となり、さらに内面の葛藤を処理する助けになったのでしょう。このように、作業療法は多くのがん患者さんにとって、がんとともに自分らしく生き続けるための支援となるのです。
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