寝たきりから回復、リハビリで利用者さんの実力を継続して引き出すには
公開日:2019.02.08 更新日:2023.03.14
拘縮を含め寝たきりの方の約9割が、自力で端座位を保持できる

文:福辺 節子
理学療法士/医科学修士/介護支援専門員
片麻痺の方や加齢で寝たきりになった利用者さんなら、私の経験の範囲内で言うと95%くらいの方が自分で座ることができるようになります。高位の脊髄損傷(脊損)や、かなり進行してしまった進行性の難病や、痛みや拘縮の強い方までを含むと一概には言えませんが、それでも全体の90%の方が自力での端坐位保持が可能なのではないかと思います。
自分で座ることができると、車椅子やポータブルトイレに移れるようになるまであとほんの少しです。全く自分の力だけで車椅子に移乗できなくても、家族の方の介助で車椅子に移れるようになれば、家の中を車椅子で移動できたり、外出も簡単になってきます。
私は訪問の初日で、(もちろん介助をしてですが)ほとんどの方に一度は立っていただきます。そして、かなりの方が自分の力で寝返ったり座ることができるようになります。今までの訪問での最高記録は、初回で10年寝たきりの方に立って歩いてもらったことがあります。家族や保健師さんからすると、まるで奇跡か手品を見ているような気持ちだったでしょう。
自力で座れていたはずが、また寝たきりに…
初めての訪問から1週間後、私は楽しみにしながら2度目の訪問にうかがいました。
「先週あれだけできるようになったんだから、ちょっとずつ動いてもらっているに違いない。ひょっとしたら、ベッドの端に腰掛けて『こんにちは』なんて言っていただけるかも…」、などと考えながら利用者さんのお宅に伺った私が見たのは、先週とまったく変わらない暗い部屋で、仰向けの状態で寝ている利用者さんでした。
「エッ、なんで先週と変わってないの!?」と思いつつも「まあ、そんな急には無理かな」と、前回と同じように寝返ったり起き上がってもらいます。初めての訪問時よりスムーズに動けるようになってきます。
ところがさらに翌週、「今度こそ、きっと変わっているはず」と訪問するも、また利用者さんは寝たきりなのです。
『初めて自分で座れたとき、利用者さんも「嬉しい」と言っていて、家族の方も「おばあちゃん良かったね。こんなにできるなんて全然知らんかったわ。できるんやね」と喜んでいたし、保健師さんも「○○さん、すごいですね。よかったですね。これからもやっていきましょうね」って言ってたよね。なのに、どうしてなにも変わっていないの!?』
維持期の方にどう働きかけたらいいのか、その出口が見えたと思った途端に、また逆戻りです。
利用者さんの実力を引き出す鍵は、日常的に介助の機会を作ること
ここまで来ているのに、いったいどうすれば寝たきりの利用者さんをベッドから起こすことができるのでしょう。どうすればご自分の持っている能力を最大限使ってもらうことができるのでしょう? 私の方法がどこか間違ってるのでしょうか。
『でも、利用者さんは協力的だし、週に1回私が来たときには寝返りも起き上がりも痛みもなく楽にできているのに。そもそも、家族や保健師さんが起こさないのが悪い!』
……そこで、ハタと気が付きました。
私以外、誰も利用者さんを起こしていないのです。利用者さんの状況が変わらなくて当然なのでした。
週に1回の私の訪問以外は、利用者さんを起こす機会がないのです。たとえ起こしてきても、家族や他の介護の方の介助では、全介助で起こしてくるか、ギャッジベッドでの起き上がりです。利用者が自分の力で寝返ったり座ってみるのは週に1時間、私が来るときだけ。それ以外の24(時間)×7(日)-1時間は寝ているか誰かに動かされるままで、じっとしているしかないのですから、変わらなくて当たり前でした。
介助セミナーで、家族や保健師さんに介助方法を伝える
では、どうすればよいのでしょう。
答えは簡単。家族や周囲の方にも、私がやっているように動かしてもらえるようになること。すなわち、家族の方にも利用者さんが自分の力で動けるような介助の方法を学んでもらえれば良いのです。
まずは訪問の中で「こんなふうに起こして下さい」と家族の方に介助の方法を指導していくことにしました。ところが、これもそううまくはいきません。家族の方にそれまでの介助方法を変えてもらうのは、それほど簡単なことではないのです。家族の方にはこれまで自分達が利用者さんを介護してきたという自負があります。いきなり今までと違う介助法を教えられても、すぐにそちらに乗り換えることは心理的抵抗もあって難しいのです。
家族の方に「介助方法を変えてみようかな」と思ってもらえるのは、利用者さんの動きが良くなったと感じていただけたときです。
「私たちが動かしたときよりはおばあちゃんが楽に起きてきている」「ひょっとしたら、自分達の介助方法より、こっちの方法がいいのかな」と感じていただけて初めて、家族の方の介助方法を変えてもらうことができます。今でも私は、自主的に「介助方法を教えて欲しい」と手を挙げた家族の方以外に介助の指導をするときは、かなり慎重に進めていくことにしています。
さて、家族の方の介助指導が難しいとすればどうすればいいのでしょう。少し遠回りにはなるかもしれませんが、家族の次に利用者さんに接することの多い看護婦さんや保健師さんに、介助方法を勉強していただくのがいちばん良い方法なのかもしれない。そこで、看護師さんや保健師さんを対象とした介助のセミナーをやってみようと思いつきました。
「もう一歩踏み出すための介護セミナー」の誕生です。

福辺 節子 (ふくべ せつこ)
理学療法士・医科学修士・介護支援専門員
一般社会法人白新会 Natural being代表理事
新潟医療福祉大学 非常勤講師
八尾市立障害者総合福祉センター 理事
厚生労働省老健局 参与(介護ロボット開発・普及担当)
一般社団法人 ヘルスケア人材教育協会 理事
大学在学中に事故により左下肢を切断、義足となる。その後、理学療法士の資格を取り、92年よりフリーの理学療法士として地域リハ活動をスタート。「障がいのために訓練や介助がやりにくいと思ったことは一度もない。介護に力は必要ない」が持論。現在、看護・介護・医療職などの専門職に加え、家族など一般の人も対象とした「もう一歩踏み出すための介助セミナー」を各地で開催。講習会・講演会のほか、施設や家庭での介助・リハビリテーション指導も行っている。
<著書>
イラスト・写真でよくわかる 力の要らない介助術/ナツメ社(2020)
生きる力を引き出す!福辺流 奇跡の介助/海竜社(2020)
マンガでわかる 無理をしない介護/誠文堂新光社(2019)
福辺流力と意欲を引き出す介助術/中央法規出版(2017)
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