患者さんの「食べる目的」を理解することで広がる、多彩な支援方法
公開日:2022.07.06 更新日:2022.07.07
文:柴本千織(言語聴覚士)
私たちは生まれたときから、「食べる」ことを当たり前に行っており、理由を考えたことがない人がほとんどだと思います。
言語聴覚士の学校では、摂食嚥下リハビリを実施するうえで必要な、解剖学や摂食嚥下の流れなどを勉強しますが、その前の「食べたい」という気持ちになる理由を考える機会はほとんどないと思います。
しかし、摂食嚥下リハビリを行うなかで、「食べたくない!」と言う患者さんに出会うことがあります。また、重度の摂食嚥下障害で食べることが難しい食形態を、「大丈夫! 食べられるよ」と話す患者さんも経験することがあります。
そんなとき、言語聴覚士はどのように対応すべきなのでしょうか。
食べる目的は、「楽しみ」「栄養補給」「ストレス発散」「生きていくために必要」など、人によって異なります。
患者さんの食べる目的を理解しておくと、アプローチの幅が広がります。その具体的な例を紹介したいと思います。
目次
なぜ「食べる目的」を理解しておくとアプローチの幅が広がるのか
言語聴覚士は、「食べられるようになってほしい」と使命感を持ち、摂食嚥下リハビリに取り組みます。
そのため筆者も、新人のときは「絶対に食べられるように支援をするぞ」という思いが先行し、肩に力が入っていたように感じます。また患者さんも「食べたい」と思っていると認識し、リハビリの訓練プログラムを立案していました。
もちろん言語聴覚士として、「食べられるようになってほしい」という思いを持つことはとても重要で、大切にしたい考えです。
しかし、よくなってほしいという思いから、摂食嚥下機能面への意識が強くなり、患者さんにとっての食べることの考えや、ライフストーリーがおろそかになってしまうという場合もあります。
ライフストーリーとは、患者さんのそれぞれの人生の好みであり、食べる目的にもつながってくるものです。それをきちんと理解することが、言語聴覚士にとって大切だと考えています。
「食べる目的」の理解の仕方
では、食べる目的とはどのようなものがあるでしょうか。
食べる目的は、人それぞれ異なります。あなたにとって食べる目的は何でしょうか?外食に行った際にメニューを見て、「あっ、これがおいしそうだな~」「こっちも彩りがよくおいしそう!」と無意識に考えたりします。
また、食べたいものを決めてから来店していた場合は、「早く注文したものがこないかな、楽しみだな~」と感じたり、時間がなくて急いでいるときは、「何でもいいから早く食べられるようなものにしよう!」などと考えたりしたことはありませんか。
彩りや味覚、風味を楽しむ人、またそれらを共有して人とのコミュニケーションを楽しみとする場合もあります。また、食事の内容に興味はなく、「栄養補給」「ストレス発散」「生きていくために必要だから食べる」など、さまざまな目的があり、1つだけでなく、複数の目的が混ざり合っていることもあると思います。
患者さんやご家族とのさりげない会話のなかから、過去の食事の様子や好きなもの、苦手なものが把握できる、患者さんの食べる目的に関する情報も得ることができます。
情報を得られると、今までの人生で「食べる」ことに対して、どの目的に比重を置いて生きてきたのかを想像することができ、訓練目標やプログラムの立案や声かけの方法を考えられ、円滑な摂食嚥下リハビリを実施することができるようになります。
では、食べる目的を知ったあとは、具体的にどのように支援していけばいいのでしょうか。次に摂食嚥下障害の場合の支援例を2つ紹介したいと思います。
「食べる目的」を患者さんと共有して支援する
摂食嚥下障害は、脳血管障害や神経・筋疾患、加齢によるものが主な原因といわれています。必ずしもすべてのケースで機能改善できるわけではありませんが、支援の幅は急性期から、回復期、維持期、終末期までと幅広いです。そのなかで筆者は次のようなケースを経験しました。
<CASE1>
脳血管障害の影響で摂食嚥下障害となって胃瘻を造設し、必要エネルギー量や水分は胃瘻から投与されているケースの場合、こんなことを言われることがあります。
「少しでもいいから口から食べて味を楽しみたい」
「家で自由に味を楽しみたい」
「でも、手術をしてまで食べたいとは思わない」
このケースの場合、「味を楽しみたい」が食べる目的になっていると考えられます。
そのため、必要エネルギー量を口から食べることは難しいももの、少量であれば摂食嚥下リハビリによる効果が期待できたため、将来的な生きがいが継続できるように、少量で安全に食べられることを目標に、摂食嚥下リハビリを実施しました。
その結果、少量の経口摂取が可能となりましたが、そのとき患者さんから、「やっぱり口から食べるのは違うね!」と言われたときの笑顔は、今でも忘れられません。
食べる目的を理解し、患者さんのニーズに寄り添いつつ、摂食嚥下機能面を考慮した訓練プログラムを立案・実施し、その結果、とてもうまくいったケースでした。
<CASE2>
「もう食べられません」「食べたくない」「食べたくても食べられない」など、認知症による食べる意欲の低下や加齢により、食べる体力がなくなって食事量が減ってしまうケースもよく経験します。
このようなケースのなかで、もともと活動的で人と食事する機会が多かった患者さんは、食事をする場所の雰囲気や食器を変えたり、時にはご家族から差し入れをもらうなどして、一緒に食べてもらうことで、食べられるようになることが多いように感じます。
このケースは、「食事の雰囲気や彩りなどをほかの人と共有し、コミュニケーションの場として楽しむこと」が食べる目的であると考えられ、その方向でアプローチしました。
その結果、「おいしいなぁ」と笑顔で話して、いつもより多く食べてくださり、それを見た周囲の人が微笑む姿がとても印象的でした。
食べられないつらさに共感することで生まれる信頼関係
言語聴覚士として、摂食嚥下機能面の改善や維持を目標にリハビリを行うことは重要です。
専門職としてそれらを踏まえた上で、患者さんのライフストーリーや考えを知ってリハビリを行うことで、相手の気持ちに寄り添い、自由に食べられないつらさに共感することで、信頼関係を築き上げることができると思います。
信頼関係があるからこそ得られる情報もあり、得た情報をリハビリに有効的に使用できれば支援の幅も広がります。
また、患者さんの思いを把握できるとお互いの認識のずれも減り、円滑な摂食嚥下リハビリの実施にもつながります。
食べる目的を考えることで広がる世界
近年、言語聴覚士の支援の幅は、急性期だけでなく、回復期、維持期、終末期までと幅広くなっています。
そのため、食べる目的を理解し、言語聴覚士として相手の気持ちに寄り添うことは、以前よりもさらに求められるようになってきています。
「この患者さんの食べる目的は何だろう?」
そう考えてアプローチすることで、広がる世界があると感じています。
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柴本千織(言語聴覚士)
社会人経験を経て、言語聴覚士免許を取得。病院にて急性期、回復期、地域包括、外来、緩和ケアチームなどを担当し、6年間勤務。その後、介護老人保健施設で勤務。成人の摂食嚥下障害、言語機能障害、高次脳機能障害の分野を中心に臨床業務に従事している。多職種連携による終末期の摂食嚥下障害へのアプローチにも取り組んでいる。
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