特別支援教育の成り立ちとリハビリテーション専門職の関わり
公開日:2022.01.11 更新日:2022.01.12
文:中山 奈保子
作業療法士(教育学修士)
文部科学省では特別支援教育を「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた取り組みを支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うもの」と定義しています(参考:新着情報等最近の動き:文部科学省)。
子どもたちが個々の力を発揮できる社会づくりを
単に全ての子どもが義務教育を受ける機会を保証するだけではなく、どのような背景を抱える子どもも個々が持ち得る能力を発揮できる社会づくりに向け、学校をはじめとしたさまざまな教育の機会のなかで私たちセラピストの専門性がよりいっそう求められるようになりました。
作業療法士国家試験では、以下のような出題があります。
《問題》特別支援教育について正しいのはどれか。
【作業療法士】第56回 午前49
特別支援教育について正しいのはどれか。
- 1. 軽度知的障害は対象とならない。
- 2. 特別支援学級は10名以上で編成する。
- 3. 一人一人の障害レベルによらず標準的な指導を行う。
- 4. 注意欠如・多動性障害は通級による指導の対象である。
- 5. 広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)は知的障害を伴う場合のみ対象となる。
解答と解説
正解:4
■解説
「特殊教育」から「特別支援教育」へ
現代の特別支援教育では、全ての人々が共に学ぶ仕組みを整え、誰もが積極的に社会参加・貢献ができる「共生社会」の実現が重要課題であるとしています。
そのため教育の場では、障害の内容や程度によって教育の機会から排除されたり、一人一人の障害レベルを問わず標準的な指導を行うことはありません。
このような特別支援教育の理念およびその環境が整備されるまでには、長い道のりがあったことを知っておかなければならないでしょう。
戦後日本の特別支援教育は、学校教育法※により文部科学省が設置した「特殊教育室」に始まります。当時は、子どもの障害や種類、程度に応じて教育の場を設けるという考え方でした。
そして当時の制度下では、長期にわたり重度の障害を負った子どもが、教育を受ける機会から排除されてしまうことも少なくありませんでした。
2001年には、「特殊教育」から「特別支援教育」と呼び名を変え、対象となる障害を拡大しつつ、それぞれのニーズに応えた教育を受けられる場の整備が進められていきます。
参考:
教育基本法(文部科学省)
特別支援教育の概要|愛知県
訪問教育や通級(通級指導教室=ほとんどの授業を通常の学級で受けながら一部分のみ特別の指導を受ける仕組み)なども活用し、個別の指導機会が得られるようになってきたのです。
障害の有無にかかわらず社会活動に参加する時代に向けて
この背景には、1993年に障害者基本法が制定されて以降に加速したノーマライゼーション「障害者の自立と社会参加」があります。特殊教育においては、障害の有無にかかわらず誰もが社会活動に参加し、自立して生活できる社会を目指すことが求められるようになりました。
<2007年の学校教育法の改定>
多様な背景を持つ児童や生徒の個々のニーズに柔軟に対応できる特別支援学校の制度が創設されました。また、特別支援学校に限らず、全ての学校において知的発達の遅れのない発達障害も含めて、幼児・児童生徒の支援が拡充されることとなりました。
<2012年の児童福祉法改正>
創設された保育所等訪問支援により、外部専門家として私たちセラピストが特別支援学校や保育園、幼稚園、放課後児童クラブの支援に携わる機会が生まれました。
参考:障害児支援の体系~平成24年児童福祉法改正による障害児施設・事業の一元化~
特別支援学級及び通級指導に関する規定:文部科学省
<2014年の障害者権利条約の締結>
<2016年の障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)の施行>
障害の有無や内容、程度によって人々を分離することなく、互いに個性を尊重しながら「共生」する社会を目指すこととなりました。学校教育では、それらの障壁となっているものを可能な範囲で取り除くための「合理的配慮」が求められるようになりました。
学校教育法は、その後も細やかな改定が重ねられています。児童と保護者に負担がかからない範囲で積極的に共同学習を推進、インクルーシブ教育システムの構築、医療的ケア児の支援における保健、医療、福祉、教育等関係機関の連携など、新しい生活様式に即した教育へと整備が進んでいます。
学校教育の現場において、作業療法士への要請や関わりは今後も増えていくことが考えられます。活動の方法や参画する事業は地域によってさまざまですが、特別支援教育の理念や、共生社会の実現など、前提となる背景の理解が必要だと言えます。
特別支援学級とは?セラピストとしての関わり方
義務教育段階における障害のある子どもの学びの場は、①通常の学級、②通級による指導、③特別支援学級、④特別支援学校の4つに大別されます。このうち特別支援学級については、「学校教育法第81条」に規定されています。
特別支援学級は、幼稚園、小・中・高等学校、中等教育学校のなかに設けられる学級の一つです。
一方、通常の学級の学習におおむね参加でき、一部特別な指導を必要とする児童に対して、障害に応じた特別の指導を行う形態を「通級」と呼び、今回の過去問に登場した注意欠如・多動性障害は、こちらに分類されます。
参考:
特別支援教育の現状(文部科学省)
特別支援教育に関する基礎資料(文部科学省)
外部専門家として携わる私たちセラピストは、子どもや教師に対して直接的な指導や治療的な介入を行うよりは、子どもや子どもをとりまく環境を整理し、理解と共感のうえに協業的な関係性が構築できるよう、間接的に専門知識や技術を提供する姿勢が求められます。
※参考:障害に配慮した教育(文部科学省)
中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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