誤嚥で認知症の患者さんが窒息死。担当者に責任はあるかないか?
公開日:2019.05.10 更新日:2019.07.05
はじめまして。
弁護士の中沢信介です。
病院、施設、訪問でリハビリや治療を受ける方々が増えるに従い、専門職は重要な仕事と認識されると同時に、それに関係する訴訟などが報道で取り上げられることも多くなってきました。
これから実際に医療現場で起きた事例を元に、リハビリ専門職の仕事に関連する裁判例をわかりやすく解説していきたいと思います。
医療介護の現場でお仕事をしているA次郎さんと、A次郎さんの高校時代からの知人の私(中沢)という形式で一緒に学んでいきましょう。
質問
- A次郎さん
- こんにちは。私の勤務している病棟にBさんという男性が入院してきました。Bさんは、嚥下障害があります。私が担当になるのですが、特に気を付けなければならないことはありますか。
判例の事案
- 中沢弁護士
- A次郎さん、お久しぶりですね。誤嚥によるトラブルは、転倒などと並び、介護・リハビリ現場において非常に起こりやすい事故です。
実際にあった誤嚥の裁判例を元にして、患者Bさんを介護する上でトラブルにならないよう、法律の観点から気をつけなければいけないこと・大事なことを一緒に勉強していきましょう。
早速ですが、今回A次郎さんに理解してほしいことは2つです。1つ目は、実際の事案が裁判でどのように判断されるのかということ。2つ目は、専門職の皆さんが自分を守るためにどのようなことができるのかということです。 - A次郎さん
- よろしくお願いします。
- 中沢弁護士
- 今回A次郎さんに紹介する裁判例は、平成19年6月26日に福岡地方裁判所で判決となった事案です。
- A次郎さん
- どういう事案なのでしょうか。
- 中沢弁護士
- 事故当時80歳で認知症の男性(Xさん)が、食欲不振が続き発熱したため病院に入院をしましたが、その食事中に誤嚥を起こしてしまい、それが原因で亡くなってしまった事案です。この事案では、実際に食事介助を担当した人物(Yさん)が被告として訴えられてしまいました。
少し具体的にお話すると、Xさんは入院当初というよりは、それ以前から誤嚥の危険性が高い方でした。入院前から誤嚥性肺炎を患ったり、今回の入院の際にも看護プランで「誤嚥のリスク状態」への対処が重要課題として挙げられたり、看護日誌にも「誤嚥の可能性が大きい」などと記載されていました。
Xさんは、歯がほとんどなく、義歯の装着が必要でしたが、本人が嫌がっていたこともあり、装着をしないまま食事を行っていました。そのため入院後の食事の際にも、頻繁にムセたりしていました。また、食欲不振であったため、本人の食べたいものを食べさせてあげた方が良いと判断され、途中からミキサー食ではなく普通食のおにぎりが提供されましたが、提供開始後2週間くらいして、食事の介助を担当していたYさんが他の利用者の食事の準備・介助をするなどして30分間程度、目を離している間に、誤嚥が起きてしまったという事案です。
争点
- A次郎さん
- 裁判になると、どういう点が問題となるのですか。
- 中沢弁護士
- Xさん側は、
1.おにぎりを提供した点
2.義歯を装着させなかった点
3.見守り看護を怠った点がそれぞれ過失となると主張しました。
- A次郎さん
- 結構細かく分析的に主張がされるのですね。
- 中沢弁護士
- そうですね。
- A次郎さん
- 判断される側としても、何となく食事介助をした人が悪いかどうかなどといった大雑把な視点で判断されるのではたまったものではありませんものね。
- 中沢弁護士
- だからこそ細かく分析をして検討することになります。現場の皆さんにも知っておいてほしいのはこの点です。裁判所というのは漠然とした形で何となく善悪を判断するのではなく、それぞれの点について個別具体的な事実を基に、分析的に判断することになります。
判断
1.おにぎりを提供した点
- A次郎さん
- 裁判所はそれぞれの点についてYさんの過失を認めたのですか?私自身も仕事の一環として食事の介助に携わるので、この点が一番気になっています!
- 中沢弁護士
- 今回は様々な点について過失の有無が検討されるケースですので、過失の基本的な概念はまた今度機会を見て勉強するとして、さっそく具体的にどのような判断がなされたか見ていきましょう。
まずは、1.おにぎりを提供した点です。
この点について、A次郎さんはどう思いますか。 - A次郎さん
- 普通食のおにぎりを提供することは、Xさんの状況を考えれば、誤嚥の可能性が高くなると思います。ただ、この事案は途中まではミキサー食を提供していたのに、Xさんの食欲がなくなったことからやむなく普通食のおにぎりを提供した事案だということでしたので、Yさんが悪いということにはならないのではないでしょうか。
- 中沢弁護士
- 裁判所もA次郎さんの考え方と同様の判断をしています。さらに、裁判所は、嚥下機能検査の結果、嚥下障害は軽度と判断されていたこと、おにぎりが提供されたあと、2週間はおにぎりでむせたことがなかったこと、事故当日の朝には、義歯なしでパンを食べたが、むせたり誤嚥したりしてないことなどの事情が加味され、おにぎりの提供を以て直ちに過失があったとは言い難いという判断がされました。
2.義歯を装着させなかった点
- 中沢弁護士
- 次に2.義歯の装着をさせなかった点です。
この点、歯科医師からは、食事の際に義歯を装着するよう診断がなされていたようです。この場合は、A次郎さんはどう思いますか。 - A次郎さん
- どうなのでしょう。歯科医師から診断が出ている以上は、その通りに義歯をつけなかったら、過失が認められてしまうのですかね……
- 中沢弁護士
- 実はこの点も過失はないと判断されています。というのは、Yさんは、今回の食事の前にも義歯の装着を促していたようだったのです。にもかかわらず、Xさんがこれを拒否しました。Xさんが認知症であったこと、食事不振であったことを考えると、Xさんの拒絶に反して無理やり義歯を装着させなければならないという義務までは見いだせないと判断されました。
3.見守り看護を怠った点
- 中沢弁護士
- それでは、3.最後の見守りを行わなかった点ですね。
Yさんは、Xさんの食事中、30分間もの間他の利用者の食事介助などをしており、Xさんの見守りを怠ってしまいました。この点について、裁判所は、Yさんの過失を認めるという判断をしています。 - A次郎さん
- 今まで聞いてきた話を前提とすると、忙しいのは理解できるとしても、30分もの間Yさんをそのままにしておくというのは、さすがによくないです。そういう意味ではやむを得ない気もします。
- 中沢弁護士
- この結果、Yさんと特別養護老人ホーム側は、Xさん側に2882万円の損害賠償金を支払わなければならないという判決がなされました。
- A次郎さん
- そんなに大きな金額なのですか。
- 中沢弁護士
- そうなんですよ。大変な金額ですよね。
裁判所の判断としては今見てきた通りです。ここで、この裁判からわかるもう一つのポイント、専門職の皆さんが自分を守るためにどのようなことができるのかということを確認していきたいと思います。それは、自分の身を守るためにはしっかりと逐次記録を残すということなんです。
この裁判では、Yさん側は、Xさんの元を離れた5分後にXさんの元を訪れ、Xさんの様子を確認し、さらにその5分後に誤嚥しているXさんを確認し、食物残渣を除去したなどと証言し、さらに、それに沿うような看護日誌を証拠として裁判に出しています。にもかかわらず、裁判所はこれらの主張を認めず、30分間、一度も見守りをしていないと認定をしました。 - A次郎さん
- なんで看護記録に書いてある通り裁判所は認定してくれなかったのですか。それじゃあ、せっかく記録に残していても意味がないじゃないですか。
- 中沢弁護士
- 必ずしもそういうわけではありません。今回は特殊な事情があったのです。というのも、実はその看護日誌は、事故の部分だけ二重線で訂正がされたり、1行の欄に2行のコメントが記載されたりしていたため、看護日誌の記載内容が逐次作成されたものではなく、後になってまとめて記載されたものであると裁判所に認定されてしまったのです。そうすると、事故を起こした当事者が事故後に作成したものですので、その信用性の判断は慎重にならざるを得ないとされ、その他の証拠と総合的に考えると、Yさんが主張している内容(看護日誌の内容)の事実を認定するのは難しいという判断になりました。
- A次郎さん
- 後から訂正したり、追加したりするのが良くないのでしょうか。
- 中沢弁護士
- そうですね。できる限り小まめに記録を残すことが非常に重要です。今回のような加筆・修正などがない他のケースでは看護日誌通りの判断を示した場合もたくさんあります。
- A次郎さん
- そうなんですね。そう考えると小まめに記録を残すことは重要なのですね。
- 中沢弁護士
- そうです。皆さんが普段何気なくやっている記録を残すという作業は、勤務している病院と患者様にしっかり業務をやっているということを示すだけではなく、いざという時に自分を守ることにもつながります。お忙しいとは思いますが、記録は重要な点だけでもできる限り小まめに残すように、心がけて下さい。
- A次郎さん
- わかりました。
中沢信介 弁護士
弁護士。1984年生まれ。2013年弁護士登録。
明治大学経営学部会計学科卒業後に弁護士になることを決意。明治大学法科大学院修了。法教育にも力を入れており年間十数件程度の小・中学校や高校を訪問している。
多数の医療関係の法人の顧問も務め、病院の第三者委員会の委員としての経験も有している。
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