被介助者の能力や意欲を維持することができる
~福辺流介助術
公開日:2020.05.15 更新日:2021.04.07
文:福辺 節子
理学療法士/医科学修士/介護支援専門員
前回は「介助によって機能を維持することが可能」についてのお話をしました。今回は、「被介助者の能力や意欲を維持することができる」をテーマにした介助術をご紹介します。介助者の対応によって、被介助者の反応がどれほど変わるのか、実際の現場の様子をお伝えします。
適切な介助ができれば、動きだけではなくその他にも変化が現れる
言語による意思疎通ができなくなった認知症の人でも、意識がなく植物状態とされている人でも、また、四肢や体幹の運動は認められなくても、知覚、意識、思考、記憶、呼吸、感情など、残存された能力は存在し、生きている限り働き続けています(※参考文献)。
適切な刺激を受ければ、刺激に対応した反応が出現します。それは必ずしも身体的な運動である必要はなく、上記の能力など、どれでもよいわけです。
介助実例紹介
こちらは実際の写真です。
実例1)
特別養護老人ホームに入所中の対象者を仰臥位からベッドの端坐位まで介助しています。
この対象者は、認知症で言語によるコミュニケーションはとれません。マヒはありませんが、膝の拘縮があり完全伸展位(膝関節伸展 45°)はとれません。
介護スタッフの通常の介助では、寝返りはせずに、被介助者の肩と膝を抱えた全介助の起き上がりを行っています。(写真A-1,A-2)
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A-2
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全介助での起き上がり後、対象者は端坐位を自分では保持できません。介助者は、車イスを操作する間も対象者を支え続ける必要があります。(写真A-3)
その直後に私が介助を行いました。
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この介助による寝返りは、膝だけを誘導して対象者の動きを引き出します。(写真B-1)
通常の介助では、肩と腰または膝の2カ所を持って対象者を動かします。通常の介助では対象者の寝返りの動きを引き出すことはできません。2カ所で動かしてしまうと、私たちが本来持っている立ち直り反応による体幹の回旋が使えなくなってしまうからです。丁寧な介助をしているつもりが、実は対象者が自ら動きことを妨げてしまいます。
次に、起き上がりの介助です。(写真B-2)
側臥位から右肘をつき、次は肘を伸ばして手掌で支えながら体を起こしていきます。介助者は対象者の左手を誘導します。対象者は介助されていますが、頭部保持と体幹支持を自分で行っています。
たとえ介助されてでも、このように可能な限り自分の力で起き上がってきた対象者は、座位保持が可能です。(写真B-3)
介護スタッフが行った介助A(写真A1~3)と、私が行った介助B(写真B1~3)では明らかにその経過と結果で違いが生じます。
寝返りをせず、起き上がりを全介助で行う介助Aでは、対象者の体軸内回旋も、頭~頭、頭部~体間に働く立ち直り反応も引き出せず、当然アセスメントもなされないままで(もしくは、不可というアセスメントに基づいて)、介助が終了します。
介助Bでは、
・体軸内回旋による下半身からの寝返り
・側臥位から肘立ち位
・手掌荷重での肘の伸展による肘立ち位から端坐位までの姿勢変換
・その間の頭部の保持と体幹の支持性
など、対象者は自分の能力を目いっぱい使っています。
結果として、介助Aでは端坐位保持が不可になり、介助Bでは端坐位が可能になるのです。
実例2)
2012年、当時80歳台のアルツハイマー型認知症(診断後8年経過)の女性です。
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グループホーム入所中に左右1回ずつ、転倒による大腿骨頸部骨折を起こしています。上の写真は、2回目の骨折後、回復期リハビリテーション病院に入院中に、家族の依頼があり介助動作指導の目的で訪問した時の食事の様子です。こちらの写真は、指導に入る前日にご家族が食事風景を撮影されていました。1/4程度は手づかみではありますが自分で食べられています。しかし、そのあとは手が止まってしまうので、スタッフの全面介助による食事摂取でした。
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上の写真は、仰臥位から車イス移乗までを、対象者の能力を引き出しながら介助を施行したあとの食事の様子です。お箸とスプーンを使い最後まで自力摂取されました。
右手の前腕の回内外の動き、指先のピンチやお箸での口までの運び、左手でお椀を持つ動作などがきちんと引き出されています。お箸などの所作は私たちよりきれいで、ご家族も私もビックリしてしまったほどです。
下の写真は2018年に入院されるまでの、グループホームでの対象者さんの普段の生活の様子です。
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2018年2月に誤嚥性肺炎で入院し、3月の退院後、グループホームから在宅に戻られました。ご家族が私の介助セミナーを受講されて、家で介護されることを選択されたのです。
在宅でケアしきれなくなり、入所になることは珍しいことではありませんが、その逆のケースです。家族に介助を少しでも学んでいただければ、在宅介護もそれほど難しくありません。
現在、アルツハイマーの診断から16年経過しましたが、在宅に戻られてからは発熱もなく過ごされています。
今回ご紹介した2つの例は、特別ではありません。適切な介助をすれば、その場で対象者の変化が現れます。
全介助や動かされる介助では意欲は維持できない
最初から意欲のない人は、いないのではないでしょうか。
前頭葉の障害などで疾患として意欲のない人は確かにいますが、それは一握りです。「意欲がない」と言われている対象者のほとんどは、実は「意欲をくじかれてしまった」対象者です。私たち医療従事者や介護従事者が、対象者のやる気を剥ぎ取ってしまった結果なのです。
通常の病院や施設では、対象者ではなく介助者側の業務を優先されます。対象者自身には動く目的も意思もないのに、介助者側の都合で動くことを強要されます。そして、残念ながら「怖い」「痛い」「邪魔をする」介助が横行しています。
「怖くない」「痛くない」「邪魔されない」は、意欲維持の重要な要素です。自分の生活や生命維持を他人に全面的に託しながら、自身の尊厳を保つことはとても難しいため、全介助や動かされる介助では意欲は維持できません。
成功感と自己肯定感の獲得
介助とは、対象者がやりたいことをできるように支えることです。サポートがあるからこそ対象者は自分で動けるようになり、やりたいことを自分自身で行うことができます。
こういった介助であれば、被介助者は介助されていても自分で動くことができ、成功感と自己肯定感を実感できます。その繰り返しが意欲を維持していくのです。
介助をしてくれる人間が、「自分のこと、動けること、動けないこと、一生懸命動こうとしていること、今のこの思い」を理解しようとし、それが言葉だけではなく介助者の手や体の感触や動きから伝わってくれば、「もうちょっと頑張ってみよう」という気持ちになれます。心や体は必ず動くのです。
一度意欲がなくなってしまった人の心や体を解きほぐしていくのは難しいことです。そうなる前に、初めから意欲をなくさないような介助を行っていきましょう。
この介助は被介助者の尊厳を保つ介助であり、被介助者の人生、生き方、生活、意欲、ADL、動きを支えていきます。被介助者の生きる目的、今ある能力に気づき、最大限にその能力を使えるようにサポートするのが、介護、医療ではないでしょうか。
【参考文献】
みすず書房「生存する意識――植物状態の患者と対話する」(エイドリアン・オーウェン (著), 柴田 裕之 (翻訳))
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