廃用症候群予防の基礎知識
公開日:2022.06.15 更新日:2023.09.11
文:臼田 滋(理学療法士)
群馬大学医学部保健学科理学療法学専攻 教授
急性期のリハビリテーションの重要な目的のひとつは、廃用症候群の予防です。病気以外の原因でも、廃用症候群は発症しますし、高齢者だけでなく、どのような人にも起こりうる病態です。そして、一般に、廃用症候群の症状に対する介入には長期間を要すことも多く、予防が重要です。
理学療法士国家試験の過去問題を取り上げる前に、まずは廃用症候群について詳しく学びましょう。
廃用症候群とは?
地上では、常に重力が身体に作用し、人間は重力に逆らって活動しています。そのため、姿勢を維持したり、手足を動かしたりする際に、重力に抗して筋が緊張し、収縮しますし、骨にも常に重力が作用しています。また、立った姿勢では、足の血液を重力に逆らって心臓に持ち上げるための力が必要となります。しかし、寝たままで、身体の活動をおこなわない状態では、これらの重力に逆らった活動や重力の作用が大幅に減少するため、身体のいろいろな器官の働きが低下してしまいます。このような状態が「廃用症候群」といいます。
廃用症候群の原因と表れ方
身体の不活動によって生じる二次的な障害が廃用症候群で、臥床、不動、低活動によって生じるさまざまな症状の総称です。その原因には、以下のようなものがあります。
・加齢や病気などに伴う身体症状・精神症状によるもの
疼痛、運動麻痺や筋力低下、関節可動域の制限、息切れ、不安や抑うつなど
・環境の影響で心身の活動が制限されたことによるもの
病気の治療のための安静の指示、骨折の際のギプス固定、ケアを担当する人手不足、災害の際の避難所生活など
また、不動・低活動は、ベッド上での安静のような全身的な場合と、ギプスによる固定のような局所的な場合があります。
廃用症候群の進み方も、生活習慣の影響のような長期的で緩徐な場合と、肺炎などの際の安静指示のような短期間で急激な場合があります。
廃用症候群の症状
廃用症候群の症状は、皮膚や筋骨格系、呼吸循環機能、精神機能まで、全身の多岐にわたります。
表1 廃用症候群の主な症状
廃用症候群は、複数の症状を合併することも多く、その症状の治療に難渋することも多く、完治が難しいこともあります。
「廃用症候群」と「生活不活発病」
廃用症候群と類似の状態で、地域で生活している住民を対象に、「生活不活発病」と呼ばれるものがあります。加齢による影響を含みますが、何らかの原因で、生活が不活発になったことにより生じた、廃用症候群と概ね同様の症状です。
主な原因は、社会参加の低下(することがない、周囲への遠慮など)、動作のやりにくさ(病気のため、生活環境の悪化など)、日常の活動の量的な制限(病気の影響、社会的な活動の制限、季節の影響など)です。災害の際の長期にわたる避難生活やCOVID-19による活動の制限なども重要な原因のひとつです。
廃用症候群に対する治療
廃用症候群に対する治療は、認めている症状に対して投薬や運動などを中心におこないます。治療に長期を要する場合や、完全に元の状態に改善しないこともあり、治療よりも予防が重要です。
【廃用症候群を予防するポイント】
・できるだけ安静臥床期間を短縮し、座位時間を増やすこと
・上下肢の運動をおこなうこと
・安全に実施が可能であれば、立位や歩行を取り入れること
・他者との交流機会を増やすこと
元の病気に対する治療として安静が必要な場合でも、できるだけ安静の期間を少なくすることが原則です。また、骨折などの局所の安静が強いられる場合にも、その部位以外はできるだけ動かすようにします。
安静期間が過ぎたら、できるだけ活発な日常の生活を促し、社会参加を活発にすることで、多様な動作を回数多く実施することになります。
廃用症候群の予防や改善には、心身の機能を使う機会を増やすことが基本です。
《問題》廃用症候群について正しいのはどれか。
【理学療法士】第56回 午後46
廃用症候群について正しいのはどれか。
<選択肢>
- 1. 小児ではみられない。
- 2. フレイルと同義である。
- 3. 起立性低血圧がみられる。
- 4. 一次性サルコペニアの原因である。
- 5. 加齢とともに症状の進行が遅くなる。
解答と解説
正解:3. 起立性低血圧がみられる。
以下、各選択肢について解説していきます。
1)年齢の影響
廃用症候群はどの年齢でも発生します。そのため、小児でもみられます。
ただ、一般に、高齢者の方が発生しやすい状況にあります。加齢による影響や、過去の病気等の影響でさまざまな機能が低下した状態で、臥床、不動、低活動の状態になると、比較的早期に、知らないうちに症状が進行していることがあります。
高齢者といっても個人差が大きいですが、廃用症候群の進行は、若年者よりも遅くなることはなく、同程度か、速くなる場合の方が多いでしょう。
2)フレイルとの関連性
フレイルは、加齢に伴うさまざまな機能低下によって、軽度の感染症や事故、手術侵襲などの外的ストレスに対する脆弱性が亢進した状態です。フレイル高齢者では、褥瘡、感染症などを合併する割合が高く、再入院のリスクも高いため、入院を繰り返すことで要介護状態に至ることが多くなります。フレイルは健常・自立と要介護状態の中間に位置づけられ、健常・自立とは可逆性の関係とされています。つまり、フレイルに対して適切に介入することで、健常・自立への改善が期待できます。
廃用症候群は、身体の不活動によって生じる二次的な障害を指しますが、フレイルは身体機能の衰えだけではなく、心理・精神的な衰えや社会性低下など、複数の要素が絡み合って負の連鎖を生じるものです。
したがって、フレイルは廃用症候群と同義ではありません。
表2 フレイルの主な種類
3)循環機能への影響
起立時と反対に立位から臥位になるときには、血圧を維持するために神経系や内分泌系が反応して、調節されています(図)。臥床による体液量と循環血液量の減少や、不動・低活動による心臓の機能低下が血圧を調節しにくくし、立位をとった際の過度の血圧低下である起立性低血圧をもたらします。
図 血圧や循環血液量の調節
4)サルコペニアとの関連性
サルコペニアとは、高齢者にみられる筋量の減少と、筋力もしくは歩行速度などの身体機能の低下した状態です。その原因から、加齢以外に明らかな原因のない一次性サルコペニアと、活動不足、疾患、栄養不良によって生じる二次性サルコペニアに大別されます。したがって、廃用症候群は二次性サルコペニアに含まれます。
二次性サルコペニアを生じる代表的な疾患は、癌、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病、心不全、骨粗鬆症などです。
実務での活かし方
廃用症候群は、入院中の患者さんだけに起こるものではありません。「生活不活発病」とも呼ばれるように、程度の差はありますが、地域で生活しているだれにでも生じる病態です。さまざまな症状を認めてから、その回復のための運動等をおこなうことよりも、まずは予防が重要です。
特に、現代人においては、日常生活での身体活動が、文化的背景や職業に関連した環境などの影響で、以前より減少しています。高齢者でなくても、子供も含めて、多くの人は座りがちな生活となってきています。このような状態をsedentary behavior(座位行動)といいます。
WHOが身体活動・座位行動ガイドラインを公開しています。
その重要なメッセージを取り出すと、以下のようなことです。
①身体活動は心身の健康に寄与する
②少しの身体活動であっても、何もしないよりは良いこと、多い方がより良い
③すべての身体活動に意味がある
④筋力強化はすべての人の健康に役立つ
⑤座りすぎは不健康になる
⑥身体活動を増やして、座位行動を減らすことで、すべての人が健康効果を得られる
子供と青少年、成人、高齢者、妊娠中および産後の女性、慢性疾患を有する成人および高齢者、障害のある子供・青少年、障害のある成人の対象別に推奨される内容が解説されています。そのうち、子供と青少年、成人、高齢者のおこなうべき推奨例を表に示します。
表3 WHO身体活動・座位行動ガイドラインの推奨例
また、厚生労働省は、主に災害時の避難等の際の、身体活動による生活不活発病を予防するための指針を公開しています。予防の主なポイントは以下の通りです。
①毎日の生活の中で活発に動く
②歩きにくくなっても、すぐに車いすを使わずに、杖などを工夫してできるだけ歩く
③楽しみや役割をもつ
④身の回りのことや家事などがやりにくくなったら、すぐに相談する
⑤「無理は禁物」「安静第一」と思い込まないこと
横になっている時間をできるだけ減らし、座っている時間、立っている時間、歩く時間をできるだけ増やすための、さまざまな配慮が必要です。
生活不活発病の状態の早期発見を目的に、生活不活発病チェックリストが用意されており、8項目(屋外歩行、屋内歩行、身の回り動作、車いすの使用、外出の回数など)について、災害前と現在を比較してチェックすることで、変化を認めた場合には、医療機関や保健師等への相談が薦められています。
災害や避難の場合でなくても、居住環境などの環境が変化した場合などの生活不活発病が発症しやすい時期にも活用が可能です。
[出典・参照]
荒井秀典監修:フレイルハンドブック 2022年版、ライフ・サイエンス、2022
WHO: WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behavior, 2020
厚生労働省:「生活不活発病」に注意しましょう
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臼田 滋
群馬大学医学部保健学科理学療法学専攻 教授
群馬県理学療法士協会理事
理学療法士免許を取得後、大学病院で勤務し、理学療法養成校の教員となる。
小児から高齢者までの神経系理学療法が専門。
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