第2回軽度認知障害(MCI)の評価で、対象者の状態を多角的に評価するには?
公開日:2017.07.10 更新日:2017.07.21
前回はMCIに関する過去問から、MCIの定義と概念についておさらいしました。続編の今回は、対象者さんの評価ポイントや状態の確認方法について、具体的にご紹介します。
MCI、あるいは認知症に限りなく近い状態にある方に対する作業療法では、進行を少しでも遅らせ、認知症を予防することに主眼が置かれます。その際、対象者さんの状態を継続的に把握するためのツールとして活用されるのが、標準化された認知症高齢者の評価スケールです。
その中でも、改訂 長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、ミニメンタルステート検査(MMSE)などの「質問式」評価スケールや、Functional Assessment Staging(FAST)、Clinical Dementia Rating (CDR)、などの「観察式」評価スケールがよく知られています。
しかし、ご存じの通りこれらの評価スケールは、認知症の重症度や症状の一部を簡易的に把握するためのツールに過ぎません。
作業療法を行う場合は、単に認知症の重症度を測ろうとするのではなく、これらのツールを併用しながら、感覚、注意、言語、運動機能、ADL技能、日中の過ごし方など、より詳細にわたってアセスメントを実施し、生活機能全般の把握に努めるのが原則です。
また、作業療法士は対象者さんに対して、普段目にしている場面だけではなく、少なくても3~5以上の異なる場面における対象者さんの行動特性について把握する必要があるでしょう。例えば施設内での個別訓練と集団レクリエーション場面だけを比較しただけでも対象者の言動や表情が異なるように、
- 接する人の性別や年齢、数(:人的環境)
- 部屋の広さ、明るさ、材質、温湿度(:物理的環境)
- 役割や目標の有無、生活習慣・文化(:社会的環境)
など、環境が異なれば対象者さんの行動も多様な変化を示します。
「一人で過ごす場面」、「馴染みのメンバーで過ごす場面」、「不慣れな場面」、「若い世代と関わる場面」、「役割を期待される場面」、「家族と過ごす場面」、「地元の行事に参加する場面」、「交通機関を利用する場面」など様々な場面における対象者さんの行動を比較検討し、「どんな場面であれば意欲を示し、自ら動こうとするか」、「人と交わろうとするか」など、自発的な行動の「スイッチ」をONにする条件を探しましょう。
こうした一連の評価により、MCIが疑われる対象者さんであっても、介護者が関わり方に悩むような対象者さんであっても、より生き生きとその人らしく、安心して過ごす機会が広がっていきます。

もちろん、対象者さんご本人に対しアセスメントを行うだけではなく、ご家族・介護者から情報を収集し、対象者さんの生活をより「多角的」に捉えることも欠かせません。
- 現役時代はどんなお仕事に取り組んでいたのか
- どんなことに価値を置いていたのか(例:「どんなに仕事が忙しくても、休日は家族と一緒に過ごしていた」、「年に1度、旧友と会う日を何よりも楽しみにしていた」など)
- 休暇の過ごし方
- 友人との交流
- ご近所付き合い
- ご家庭での様子、役割
- ちょっとした口癖
- 日課
など。
ご家族にしかわかり得ない情報が、対象者さんとの関わり方や過ごし方を改善させるためのヒントになり、専門職が「問題行動」として扱っていた言動も、「個性」として受け止め、前向きに捉えられるようになることもしばしば見受けられます。
声をかければ決まって「うるせー」と返事をする対象者さんも、ご家族から「頑固な父の昔からの口癖で……」と言われれば、介護者の気持ちが和らぐこともあるでしょう。また、一人で過ごすことを好む方だとわかれば、無理をしてレクリーション活動に参加を促すよりも、一人でじっくり趣味に勤しめるよう、支援することができるかもしれません。
もちろん、ご家族の見解と対象者さんご本人の思いにすれ違いが生じていることもあります。例えばご家族が歩行訓練の継続を望んでも、ご本人は「車椅子でもいいから家へ帰りたい」と訓練を拒否される場合。「認知症による意欲の低下」などと安易に判断されがちですが、 ご家族とご本人との間に気持ちのすれ違いが生じていないか、ご本人の普段の様子やご家族のお話など、得られた情報を一つひとつ吟味してみる必要があります。
疾患や障害の有無、内容に関わらず、その人らしい暮らしを実現するために、作業療法士は、対象者さんの生活機能全般をより多角的に捉える必要があります。近い将来、日常生活の自立を妨げる兆候を見逃さないためにも、簡易評価スケールなどを上手に活用し、対象者さんの状態を客観的に把握することが大切です。

中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士。
1998年作業療法士免許取得後、宮城県・福島県内の病院および施設、作業療法士養成校の専任教員等を歴任。
2011年、東日本大震災で被災したことを期に災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足後、二児の母・作業療法士として「病気や障害、災害に負けない心と身体を」をテーマに執筆・講演活動などを行っている。2018年より、学校法人 医療創生大学「千葉・柏リハビリテーション学院」作業療法学科教員。
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