重度失語症者に対する言語聴覚療法について
公開日:2020.10.29
言語聴覚士が行う失語症の検査には、標準失語症検査(SLTA)、WAB失語症検査、重度失語症検査などがあります。検査バッテリーを組んで評価し、結果を分析して科学的な根拠に基づいた言語聴覚療法を施行するのが一般的です。しかし、急性期~回復期の患者さんにとっては、自分自身の現状を理解し受け入れるだけでも精一杯です。そのような状況で、できないことを強要されるのは、不安であり苦痛である、ということも考えてみましょう。
コミュニケーション障害の専門家であるはずの言語聴覚士が、患者さんとうまくコミュニケーションがとれず、言語リハビリを拒否されてしまい手も足もでない……。このような事態にならないよう、定型的な検査や言語訓練をすることにこだわらず、柔軟な対応が必要です。
過去問題【言語聴覚士】
第21回 午後 第159問
急性期の重度失語症患者への訓練・援助として優先順位が低いのはどれか
- 1.コミュニケーション手段の確保
- 2.まとまった内容の正確な発話の訓練
- 3.言語・コミュニケーション状態についての家族への情報提供
- 4.転帰先検討に向けた予後予測
- 5.関連職種との情報共有
解答
正解:2
■解説
重度失語症患者に関わらず、脳血管疾患の急性期は病状が悪化する可能性がある時期で、病状を安定させることを最優先とした治療になります。一方で、早期から離床に向けたベッドサイドリハビリテーションを開始することは、安静や臥床によって生じる様々な二次障害を予防し、機能の回復を促進するために重要な役割を担っています。全身状態のリスクマネジメントを行いつつ、その時期に何を優先するのかを理解して、言語聴覚療法を施行しましょう。
急性期に勤務する言語聴覚士にとって、担当患者さんの適切な予後予測をすることは、転帰先を検討するにあたって重要な評価のポイントです。回復期病院に送ることが適切か否か。転帰先に言語聴覚士が在籍しているか否か。関係職種、家族や本人と意見交換や情報共有を行い、カンファレンスで言語聴覚士としての意見をしっかり発信できるよう、経験を重ねていきましょう。
■実務での活かし方
回復期病院に入院してきた50代の男性。独歩可能で身体機能面の後遺症はわずかでしたが、言語機能面の問題が大きく、ほとんど声をださない状態でした。表情は乏しく、家族が来たときやリハビリの時間も反応が得にくいため、当面は「笑う」ことを目標に言語聴覚療法を施行しました。会話練習を中心に、好きなことや興味があることを探しながら表出を促していましたが、ある日ふと歌を歌ったところ、興味を示して声をだしたのです。歌詞はでてきませんでしたが、病棟中に響き渡るような大きな声で「あーあーあー」とメロディーに合わせて声をだし、号泣していました。
後から聞くと、話せなくなったことで声もでなくなったと思っていた、とのこと。名前を聞かれても言葉にできない、何を聞かれても答えることができないことは、彼にとって「声がでなくなった」という理解だったようです。声がでることがわかってコミュニケーション意欲を取り戻してからは、積極的にリハビリに取り組み、表情豊かに他者と交流するようになりました。発語失行が重篤で、音声言語による表出は困難なものの、知的機能は保たれていたため、タブレット端末という代償手段を獲得するまでに至りました。
コミュニケーションをとるということは、正しいことばを話すことではなく、場を共有し気持ちを伝え合うことだと思います。目には見えない頭の中や心の内を知るには、ことばだけでは足りません。定型的な検査や評価が重要であることは間違いありません。しかし、検査だけで「良くなった・悪くなった」を評価するのでは不十分です。数値には表れない「コミュニケーションの満足度」を高めることを目指しましょう。
[出典・参照]
リハビリDATA
新家 尚子
東京都言語聴覚士会 理事 保険局局長
大学を卒業後一般の企業で5年間社会人を経験した後専門学校に入学し、卒業後は急性期、回復期病院への勤務を経て、現在は訪問看護ステーションに勤務。
東京都言語聴覚士会
東京都におけるすべての言語聴覚士が本会に入会され、自己研鑽に励み、地域社会に貢献することを目指し、活動中。
活動内容や入会のお問い合わせはこちらから。
http://st-toshikai.org/
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