心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder)の基本ケアと作業療法
公開日:2018.08.17 更新日:2018.12.14
心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder)、いわゆるPTSD。生死にかかわるような強い恐怖感が記憶に残り、こころの傷(トラウマ)となって何度も思い出され、その当時と同じ恐怖を感じ続けるという病気として、1980年の米国の精神医学会の診断基準に初めて用いられました。PTSDと呼ばれるまでは、「外傷神経症」「災害神経症」などと呼ばれていたそうです。日本でPTSDが注目されるようになったのは、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件がきっかけです。その後も、PTSDは大規模災害や犯罪、虐待の後、年齢や健康状態にかかわらず誰もが発症する可能性がある病気として知られ、治療やケアに関するノウハウも一般的に広まっていきました。
出典:厚生労働省ホームページ「PTSD」
>>http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_ptsd.html
作業療法士とPTSDのケア
作業療法士としてPTSDのケアに関わる場合、PTSD単独の診断名ではなく、うつ病や不安障害を合併しているケースが多いのではないでしょうか。主に、精神科領域で対象とするケースとみられがちですが、身体障害領域でも、大きな障害あるいは傷を負った患者さんに、PTSDの兆候がみられるかもしれません。もちろん、大人だけではなく子どもにもPTSD発症のケースがあります。複雑な社会背景や生活歴をもつケースも少なくないため、関連機関・職種との連携を通じ、ケースの生活全般の調整に携わるなど、幅広い対応が求められるでしょう。作業療法士国家試験では、作業療法場面における基本的な対応方法について、次のような問題が出題されています。
過去問題【作業療法士】
第52回 午前 第46問
PTSD(外傷後ストレス障害)に関する支援方法として適切なのはどれか。
- 1.体験に伴う認知の再構成を促す。
- 2.集団の中で体験を語ることを避けさせる。
- 3.トラウマ体験は想起させないようにする。
- 4.巧緻性を必要とする作業を用いて集中力を促す。
- 5.フラッシュバックは短期間で治まる可能性が高いことを説明する。
解答と解説
正解:1
■解説
PTSDでは、外傷体験を想起させるような場面に直面しても「命を奪うものではない」「恐怖に怯えることはない」というように、少しずつ段階づけながら、別の見方・考え方・受け止め方ができるよう援助することが最も重要なテーマとなります。そのため、外傷体験後に起こる一般的な反応について患者に説明し、時間をかけて「体験に伴う認知の再構成」を促すことが大切です。
ただし、外傷体験直後は、その体験について詳しく話してもらうことは避けるのが原則です。数カ月ほど経過してから、徐々に体験について話すようにします。外傷体験を無意識に思い出してしまうこともあり、その苦痛を言葉にできず過剰に不安を表すこともあるため、注意深く様子を見守りましょう。
特に、まだ言葉をうまく使いこなせない子どもの場合は、突然興奮しパニック症状を起こしたり、表情がなくなり閉じこもりがちになったりしてしまうことも。安心して過ごせる場所、安心して気持ちを打ち明けられる仲間。不安や恐怖から解放され、夢中になって楽しめるような時間・場を検討するのも作業療法士の役割として挙げられます。同じような悩みを抱えた方同士で体験を語ることも、欠かせないステップです。作業を選択する際は、入眠困難や易疲労性、集中力の低下といった症状が現れやすいことに配慮し、出来るだけ患者さんにストレスを与えないものを検討します。巧緻性を必要とする作業は、集中力が低下しがちな患者さんの疲労感を高め、最後までやり遂げられない思いや無力感を助長する恐れがあるため、実施する場合は優先順位を下げるないしは疲労を避けるよう内容を工夫するのがベターです。
PTSDで現れやすい症状や特性も
今回紹介した第52回以前にも、PTSDに現れやすい症状や特性を問うもの(アンヘドニア<快楽・喜びを享受する能力の消失>、アルコール乱用、感覚過敏など)や、大規模災害で親を失った女性看護師(30代)が災害援助活動に参加した後、中途覚醒が続くようになったケースについて問うものなどが出題されています。近い将来、作業療法士として、災害援助活動に携わる可能性はなきにしもあらず。災害に限らず、私たちの暮らしにより身近な問題として症状や対応の基本をおさえておきましょう。
中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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