アルコール依存症を克服するための作業療法のポイント
公開日:2019.01.18 更新日:2019.02.28
厚生労働省が実施する「平成29年国民健康・栄養調査結果の概要」によると、「生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者(※)」の割合は、男性 14.7%、女性 8.6%でした。平成22年以降、明らかな上昇は見られないものの、「健康日本21(第二次)」に掲げる目標値である男性 13% 女性 6.4%にはやや及びません。
1995年、国税庁が未成年の飲酒を防ごうと、成人識別機能のない酒類自動販売機を撤廃する指導を通知し、お酒を販売する自動販売機が激減。2001年には、飲酒運転による悪質かつ重大な事故を起こしたものに対し、危険運転致死傷罪(死亡事故で1年以上20年以下の有期懲役、負傷事故で15年以下の懲役)が適用され、過度な飲酒を控える風潮が高まりつつあります。
とはいえ、アルコールに関連して発生する疾病(アルコール性肝障害、糖尿病、高血圧、胎児性アルコール症候群など)や社会的問題(労働災害、暴力、虐待、家族崩壊など)といったアルコール関連問題は、すべての国民の健康を守るうえで重大な課題として挙げられています。
なかでもアルコール依存症は、作業療法士が最も扱う頻度が高いアルコール関連問題の一つです。
※「生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者」とは、1日当たりの純アルコール摂取量が男性で 40g 以上、女性 20g 以上の者を指す

過去問題【作業療法士】
第53回 午前 48問
我が国のアルコール関連問題について正しいのはどれか。2つ選べ。
- 1.成人の飲酒者の割合は、男性より女性が多い。
- 2.アルコール依存症は、自殺のリスクを高める。
- 3.女性のアルコール依存症の有病率は、減少傾向にある。
- 4.妊娠している女性の飲酒は、胎児性アルコール症候群の危険因子である。
- 5.未成年者への学校でのアルコール教育は、三次予防としての取り組みである。
解答と解説
正解:2と4
■解説
前述の通り、男性のほうが飲酒者割合は高いのですが、女性のアルコール依存症有病率は上昇傾向にあります。「健康日本21」では、アルコール関連問題への総合的な取り組みとして、
1. 多量飲酒問題の早期発見と適切な対応
2. 未成年への飲酒防止
3. アルコールと健康についての知識の普及(一次予防)
を挙げるとともに、女性や高齢者、アルコール代謝能の低い者に対し、飲酒を控えるよう勧めています。
第52回 午前44問
アルコール離脱直後の作業療法で最も優先すべきなのはどれか。
- 1.内省
- 2.仲間づくり
- 3.体力づくり
- 4.治療への動機付け
- 5.生活設計の立て直し
解答と解説
正解:3
■解説
実地問題では、回復の経過に応じた作業療法目標が問われます。アルコール依存症の作業療法開始初期は、離脱症状が出現してくることもあり、まだまだ感情の起伏が抑えられないといった様子もみられます。そのため、まずは、体力づくりと生活リズムの改善を中心にアプローチしつつ、徐々に対人技能や内省、集団療法への動機付けを進めていきます。
第53回 午後15問
39歳の男性。アルコール依存症。前回退院後に連続飲酒状態となり、妻からの依頼で2回目の入院となった。入院の際、妻からお酒をやめないと離婚すると告げられた。離脱症状が治まるのを待って作業療法が開始された。用意されたプログラムには自ら欠かさず参加し、特に運動プログラムでは休むことなく身体を動かしていた。妻には「飲酒による問題はもう起こさないので大丈夫」と話している。
この患者に対する作業療法士の対応として最も適切なのはどれか。
- 1.運動プログラムを増やす。
- 2.さらに努力を続けるよう伝える。
- 3.支持的に接し、不安が示されたら受け止める。
- 4.離婚されないためということを動機付けに用いる。
- 5.過去の飲酒が引き起こした問題には触れないでおく。
解答と解説
正解:3
■解説
アルコール依存症では、うつ病などの気分障害やパニック障害などの不安障害を合併するケースがしばしば見られます。問題中のケースにおいても、うつ状態に陥っている可能性がありますので、過度な努力は避け、安心してプログラムに参加できるよう支援するのがベストでしょう。ただし、目の前にある現実的な問題に目を向けることも重要です。断酒後も、生きがいや目標を持ち、健康的な生活を送れるよう、気晴らしやストレス発散の方法の検討、自己評価や対人関係スキルの修正を図る必要があります。
なお、アルコール依存症において精神症状を合併する割合は、男性より女性が多いと言われています。その背景には、家庭問題や子育てに対する悩み、ホルモンバランスの影響などが複雑に絡んでいるため、より細やかな支援が求められます。また最近では、高齢者のアルコール依存症患者の増加が指摘されており、若いころからお酒を飲む量が多い人ほど、合併症を発生する割合が高くなるといった報告もあります。しかし、飲酒習慣がなくても、病気や障害、大切な人との別れ、被災などの出来事をきっかけに、飲酒量が急激に増える事例も指摘されています。アルコール依存症に陥る方が、一人で悩みやストレスを抱えないよう見守り、前向きになれる趣味や役割を一緒に考えることが大切といえるでしょう。

中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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