作業療法士の物理療法に関する国家試験出題
公開日:2019.08.23 更新日:2019.09.17
物理療法は、理学療法が扱う治療手技の一つですが、作業療法においても対象者の作業遂行のための能力・モチベーションなどを高める目的で用いられる場合があります。例えば、作業療法士が最も扱う数が多いといわれる脳卒中後遺症による片麻痺の事例においても、麻痺側上肢や手指の疼痛緩和や筋緊張の軽減、心のリラクゼーションといった目的で物理療法が活用されます。しかし、使用経験がないと扱ってよいものかどうか悩んでしまう方も少なくないはずです。
身近な作業療法士に、物理療法の使用経験の有無を聞いてみると、「肩に痛みのある患者さんに対し、医師に相談しながらホットパックを使っていた」「作業療法室に電気刺激装置がある」といった声がある一方、全く扱ったことがないという声も。皆さんの現場ではいかがでしょうか。
第54回の作業療法士国家試験では、以下のような問題が出題されています。

過去問題【作業療法士】
第54回 午後 第8問
60歳の女性。視床出血発症後1ヶ月。左片麻痺を認め、Brunnstrom法ステージは上肢Ⅱ、手指Ⅱ、下肢Ⅳである。左手指の発赤、腫脹および疼痛を認め、訓練に支障をきたしている。
この患者に対する治療で正しいのはどれか。
- 1.交代浴を行う。
- 2.肩関節の安静を保つ。
- 3.手指の可動域訓練は禁忌である。
- 4.疼痛に対し手関節の固定装具を用いる。
- 5.肩関節亜脱臼にはHippocrates法による整復を行う。
解答と解説
正解:1
作業療法場面での物理療法
脳卒中後に頻発する肩手症候群(肩と手の疼痛性運動制限と手の腫・痛み)に対して、肩関節への負担軽減を目的としたスリングや三角巾(長時間にわたる同一肢位での固定は、痛みを助長するため要注意)、強い痛みを伴わない関節可動域運動、温熱療法が用いられるのは、皆さんもご存じの通りかと思います。交代浴は、温熱により組織の温度を上昇させ、循環、代謝、軟部組織の伸張性を緩和させるといった効果が期待できる「温熱療法」の一つです。交代浴のほか、ホットパックか過流浴、パラフィン、赤外線、超短波なども温熱療法に含まれます。
なお、温熱療法以外にも、寒冷療法、電気療法、光線療法などがありますが、作業療法士が使用する場合は、使用する機器に付属する取扱説明書を熟読し、対象者に見合った方法であるか経過とともに主治医へ報告・相談して、安全性に最大限配慮することが大切です。
また、選択肢の中には、肩手症候群と同様に発症しやすい肩関節亜脱臼が挙げられています。脳卒中後の肩関節亜脱臼についてよく知っている方にとっては、正解に辿りつきやすい問題だったのではないでしょうか。
肩関節亜脱臼は、発症後間もない弛緩期に生じやすく、全てのケースで痛みが生じるものではありません。しかし、肩関節の内旋筋といった優位に働きやすい筋の痙縮が強まるとともに、それらの筋の伸張刺激が痛みを引き起こします。肩関節は拘縮を起こしやすい部位でもあるため、早期から他動的関節可動域訓練およびスリングによる正しいポジションの保持が推奨されます。Hippocrates法は、肩関節や顎関節の脱臼に対する整復法であり、脳卒中後の肩関節亜脱臼には適しません。
実務での活かし方
近年の国家試験に出題される事例問題では、多くの作業療法士が知っている基本的な知識以外にも、職種の垣根をこえた知識に及ぶものが増えています。物理療法に関しては、普段扱う機会がない方でも、リハビリテーション医療に携わる専門職として、主な種類と目的は把握しておきたいものです。
また、物理療法に限ったことではなく、対象とする「疾患」に関する基本的知識(疫学・原因・特徴的症候・診断方法・治療方法・予後)をおろそかにせず、常に最新の知識にアップデートする意識をもち、現場に臨むことが大切でしょう。

中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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