大腿骨頸部骨折後のリハビリテーション
公開日:2018.02.19 更新日:2023.11.07
高齢化率の上昇に伴い、年々増加の一途を辿る大腿骨頸部・転子部骨折。2010年、年間11万人であったものが、2030年には30万人まで倍増すると予測されています。
高齢者の転倒による受傷が最も多く、ほとんどの症例で手術療法(人工股関節置換術・人工骨頭節置換術など)が取り入れられているのは、皆さんご存じの通りです。
術後は、術前の生活を取り戻すよう積極的に立位訓練が実施され、日常生活動作(ADL)が可能になるよう目指していくのが原則。もちろん、手術の経過にもよりますが、生活環境の調整やアドバイスだけではなく、心身機能の回復やADL動作訓練に関わる作業療法士が多いでしょう。術後の対応となれば、理学療法がメインと考えられていたのは一昔前の話です。
特に、認知症や統合失調症などの精神疾患を持つ方のADL指導については、通常以上に配慮や工夫が求められる場面が少なくないため、作業療法士の知恵と技術が大いに発揮できるかと思います。
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大腿骨頸部骨折:術後のADLと作業療法
術後の対応で、私たちが最も注意しなければならないのが「脱臼」です。2017年2月に実施された第52回作業療法士国家試験では、人工股関節置換術後に関し以下のような事例問題が出題されています。
過去問題【作業療法士】
第52回 午前 10
75歳の女性。自宅の浴室で転倒し右大骨頸部を骨折したため人工股関節置換術(後外側アプローチ)が施行された。担当医からは患側への全荷重が許可されている。
この患者に対するADL指導で正しいのはどれか。
- 1. 割り座で靴下をはく
- 2. 和式の畳生活を勧める。
- 3. 靴ひもを結ぶときはしゃがむ。
- 4. 椅子は座面の低いものを使用する。
- 5. 階段を下りるときは右足を先に下ろす。
解答と解説
正解:5
選択肢の1~4は、全て脱臼を起こす危険があるため禁忌となります。階段を下りるときの動作は、片麻痺の場合と同様に、健側から上り患側から下りるのが原則です。人工股関節置換術の術式には、切開する部位によって前方アプローチ、前外側アプローチなど複数の術式があります。
このうち事例にある後外側(後方)アプローチは、殿部から大腿の外側を切開する術式です。後外側(:後方)アプローチでは、股関節の屈曲、内転、内旋を伴う複合動作において脱臼を生じやすく、筋肉や周辺組織が回復途上にある術後3カ月以内は、特に注意しなければなりません。
そのため、術後直後から開始される関節可動域訓練では、股関節屈曲100度・外転30度程度を目標とするとともに、対象者さんまたはそのご家族・介護者さんには、脱臼を誘発しやすい肢位や動作をしっかりと学習してもらわなければなりません。
※参考:人工股関節置換術の主な術式と「禁忌肢位」
前方アプローチ (中殿筋と大腿筋膜張筋の筋間を切開) |
伸展・内転・外旋の複合動作 (骨頭が前方に脱臼しやすい) |
---|---|
後方アプローチ (大殿筋、梨状筋、深層外旋6筋を切開) |
屈曲・内転・内旋の複合動作 (骨頭が後方に脱臼しやすい) |
(大塚陽介ほか.股関節手術患者の援助技術.医療 2007;61:271-7.より作成)

「和式」から「洋式」の生活へ
対象者さんに、「足を曲げすぎない、捻らない」と言っても、なかなか正確に伝わりませんし、対象者さんの不安を煽ってしまう可能性があります。
そのため、実際の生活に沿って一つずつ伝えるのがベストですが、まずは一つの目安として「和式から洋式の生活へ」と話してみると、具体的にイメージしやすいかもしれません。対象者さんやそのご家族・介護者さんに伝えておきたい主な注意事項および指導例は、以下の通りです。
靴下の脱着・足の爪切り | 足を組んだり、前屈みになって脱着しない。 ソックスエイドを用いて脱着する。 |
---|---|
ベッドへの乗り降り | 一度ベッド上に膝をついてから登ったり、 股関節を大きく屈曲させて足を載せない (体の重みがかかったさいに、股関節が屈曲・内転・内旋してしまう)。 |
物を拾い上げる動作 | 立ったまま床に手を伸ばさない。 拾うときは、一度患側の膝または両膝を床について四つ這いになって拾う。 |
入浴動作 | 体を洗うときは、シャワーチェアや長柄ブラシ等を使用。 浴槽の縁が高い場合は、シャワーチェアを縁に近づけ、 一度縁に腰掛けてから静かに足を浴槽へ移動させる。 浴槽内では、浴槽に沈められるタイプの椅子を使用すると良い。 |
座位 | 座面の低い椅子やソファーを避ける。足を組んで座らない。 |
正座 | 可動域が確保されれば正座可能。 ただし、正座のままおじぎをして股関節を過度に屈曲させない。 |
過剰な不安は、自立生活の妨げに。~目標を明確に~
大腿骨頸部骨折をはじめとした高齢者の骨折は、要介護と認定される原因の約10%を占めています。高齢になればなるほど、受傷前の生活に戻すのは難しいという印象もなきにしもあらずですが、早期に適切なリハビリテーションを開始すれば、可能性はゼロではありません。
脱臼を恐れ、自分から動こうとする機会を奪うことや、過剰に不安を煽るのはもってのほか。
対象者さんの安全を確保しつつ、生活の質を低下させないよう支援するのが大切です。対象者さんと一緒に目標とする生活をイメージしながら、対象者さんのリハビリテーションに対する意欲を高めることで、要介護度が改善される可能性も十分にあります。
同じ境遇の方々や実際に手術を体験された方と一緒に訓練を行い、励まし合い、近況を報告し合うのも良い影響を与えるでしょう。

中山 奈保子(なかやま なおこ)
作業療法士(教育学修士)。
1998年作業療法士免許取得後、宮城・福島県内の医療施設(主に身体障害・老年期障害)に勤務。
現職は作業療法士養成校専任教員。2011年東日本大震災で被災したことを期に、災害を乗り越える親子の暮らしを記録・発信する団体「三陸こざかなネット」を発足し、被災後の日常や幼くして被災した子どもによる「災害の伝承」をテーマに執筆・講演活動を行っている。
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