重症筋無力症の治療とリハビリテーション
公開日:2023.09.28
文:臼田 滋(理学療法士)
群馬大学医学部保健学科理学療法学専攻 教授
目次
筋収縮のメカニズム
「重症筋無力症(Myasthenia Gravis: MG)」は、特定疾患に指定されている難病のひとつで、易疲労性や筋力低下を主症状とする自己免疫疾患。「神経筋接合部」の伝達障害が原因とされています。
重症筋無力症(以下、MG)を理解するために、まずは筋収縮のメカニズムを把握しておきましょう。
骨格筋の筋細胞は、神経からの刺激を受けて反応し、収縮・短縮します。骨格筋が収縮するためには、神経のインパルスによって刺激されることが必要です。運動ニューロンの末端である軸索は、複数の軸索終末に枝分かれし、筋細胞の表面の筋形質膜(筋鞘)に結合。この部分を「神経筋接合部」といい、神経終末と筋形質膜は直接接触しておらず、その間を「シナプス間隙」といいます(図)。
図1 神経筋接合部
神経インパルスが軸索終末に到達すると、神経伝達物質が放出されます。骨格筋細胞を刺激する神経伝達物質はアセチルコリンで、シナプス小胞からシナプス間隙に放出されます。アセチルコリンが筋形質膜上のアセチルコリン受容体に結合すると、筋形質膜の電位に変化を起こして(活動電位)、筋細胞が収縮します。
活動電位が発生すると、アセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼによって酢酸とコリンに分解されます。それによって、神経の単一刺激となって1回だけの筋収縮を起こすのです。
重症筋無力症のメカニズム
MGは、免疫異常により神経筋接合部を構成する分子に対する自己抗体が産生される疾患です。その抗体が標的分子に結合することで、神経筋接合部の機能不全が起こり、筋収縮が障害されます。MGの標的分子は、筋形質膜(シナプス後膜)のアセチルコリン受容体が最多。その他に、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(muscle-specific receptor tyrosine kinase: MuSK)とLDL受容体関連蛋白4(low density lipoprotein receptor-related protein-4: LRP4)が標的分子として同定されています。
免疫異常でつくられた抗体がアセチルコリン受容体と結合すると、神経伝達物質であるアセチルコリンがアセチルコリン受容体と結合できなくなり、神経インパルスが筋細胞に伝達されなくなってしまうのです。
また、MuSKとLRP4に抗体が結合することで、アセチルコリン受容体の凝集が抑制されるために、アセチルコリンとアセチルコリン受容体の結合が障害されると推測されています。
MG患者の約80〜85%がアセチルコリン受容体抗体陽性で、約5%がMuSK抗体陽性です。このようなメカニズムは解明されてきていますが、なぜこのような自己抗体が体内でつくられるかはよくわかっていません。また、胸腺の異常(胸腺過形成、胸腺腫)が合併することも多く、関連性が疑われています。
重症筋無力症の症状
MGの症状の特徴として、筋収縮を続けると筋力が低下し、休息によって回復します。日内変動を訴えることも多く、一般的に夕方に症状が悪化します。日差変動もあります。
症状を認める部位や症状としては、眼瞼下垂や複視などの眼症状が多く、四肢の筋力低下、球症状、顔面筋力の低下、呼吸困難などを示すこともあります。MGの症状の急性増悪を「MGクリーゼ」といい、特に呼吸筋の筋力低下により呼吸状態が急激に悪化し、気管挿管や人工呼吸器が必要となる状態。感染症や心身のストレスなどが引き金になることがあります。
重症筋無力症の診断基準と重症度クラス分類
MGの診断基準を以下の表(※1)に示します。症状、自己抗体、神経筋接合部障害の検査所見、血漿浄化療法の効果から診断されます。
表1 重症筋無力症診断基準2022
MGの重症度クラス分類を表に示します。MGFA(MG Foundation of America)分類が用いられます。現在までの最重症時の状態により分類します。過去にクリーゼを起こし、気管内挿管をされたことがある場合には、現在無症状の場合にもⅤとなります。
表2 MGFA分類
2018年の全国疫学調査(※2)によれば、MGの有病率は10万人当たり23.1人で、推定患者数は約3万人でした。男女比は1:1.15と女性にやや多く、4歳までの小児期の発症が2.3%、50歳以上の発症が66.1%でした。眼筋型(MGFA分類ClassⅠ)は36.8%で、胸腺腫の合併が22.4%であり、さらに、クリーゼの既往は6.9%でした。
[出典・参照]
(※1)日本神経学会監修:重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022、南江堂、2022
(※2)Yoshikawa H, et al.: Two-step nationwide epidemiological survey of myasthenia gravis in Japan 2018. PLoS One 2022;17:e0274161
《問題》重症筋無力症で正しいのはどれか。
【理学療法士】第57回 午後44
重症筋無力症で正しいのはどれか。
<選択肢>
- 1. 過用に注意して運動は漸増負荷とする。
- 2. 日内変動として午前中に症状が悪化する。
- 3. 低頻度連続刺激の筋電図で waxing 現象がみられる。
- 4. 運動神経末端からのアセチルコリン放出が障害される。
- 5. クリーゼによる呼吸症状悪化は閉塞性換気障害で起こる。
解答と解説
正解:1
1.MGの症状は、運動の反復や持続に伴う筋力低下で、易疲労性が特徴です。そして、休息により改善します。そのため過用は避け、運動は低強度から、徐々に強度を増加させます。
2.日内変動を認めることが一般的です。疲労の影響があり、多くの場合は、夕方に症状が悪化します。
3.反復誘発筋電図が神経筋接合部の障害の検査としておこなわれます。MGでは、アセチルコリン受容体数が減少しているため、低頻度刺激でアセチルコリンの枯渇に一致してM波振幅の漸減(waning)現象が認められます。同じ神経筋接合部の障害であるLambert-Eaton筋無力症(myasthenia syndrome; LEMS)では、軸索終末のシナプス前膜のアセチルコリン放出が障害されるため、低頻度刺激で誘発されるM波振幅は小さく、漸減(waning)現象はあまり目立ちません。高頻度刺激でのアセチルコリン動員によるM波振幅の漸増(waxing)現象が特徴です。
4.MGの病因は、アセチルコリン受容体抗体やMuSK抗体によるアセチルコリン受容体の機能不全であり、アセチルコリンの放出の問題ではありません。LEMSではアセチルコリンの放出が障害されます。
5.クリーゼによる呼吸症状の悪化は、主に呼吸筋の筋力低下のため、拘束性換気障害を生じます。
実務での活かし方 ~重症筋無力症の治療とリハビリテーション~
<治療>
MGに対する治療は、対症療法、根治的な免疫療法と胸腺摘除です。
●対症療法……神経から筋への伝達を増強する薬剤であるコリンエステラーゼ阻害薬が使用されます。
●免疫療法……経口免疫療法としてステロイド薬、免疫抑制剤が使用され、非傾向免疫療法として、ステロイドパルス療法、血漿浄化療法などがおこなわれます。
●胸腺摘除……胸線腫の摘除だけでなく、胸線腫がない場合の胸腺摘除がおこなわれる場合があります。
長期わたってステロイド薬を使用することも多く、その副作用にも考慮して、経口プレドニゾロン5mg/日以下でminimal manifestations(MM:軽微な症状)レベル(MM-5mg)が推奨されています。
このような治療により、寛解率は20%未満で、MM(生活や仕事に支障がない軽微症状)状態へ改善する割合は50%以上です。MGクリーゼに対する早期治療の成果により、クリーゼによる死亡は減少しており、そのため、MGに関連する死亡は少なくなってきています。
しかし、長期的な寛解に至る患者は多くはなく、長期にわたってMG関連の症状とともに生活することになります。そのため、健康関連QOL(quality of life)が低下し、失職や経済的な問題などの社会的不益を抱えている患者も少なくありません。
長期経過の中で、クリーゼを回避することが必要です。誘発因子としては、以下のことがあげられます。
・感染症
・手術侵襲
・外傷
・ヨード造影剤
・免疫抑制薬の減薬
・精神的なストレス
・薬剤(神経筋伝達の障害を助長する薬剤)
これらの誘発因子の除去に留意することが重要です。呼吸状態などが急激に悪化する場合には、早期に気管挿管、人工呼吸器療法などの全身管理と、血漿浄化療法や免疫グロブリン療法などの治療がおこなわれます。
<リハビリテーション>
MGには過度な運動による疲労の増強が問題とされ、積極的な運動はこれまで勧められてきませんでした。しかし近年は、適度な運動は心身の状態に有効であるという考えが普及してきています。筋力増強運動などの運動療法、呼吸トレーニング、バランストレーニングの有効性が報告(※)されています。
また、クリーゼとの関係も含めて嚥下機能が低下しやすく、誤嚥予防も含めた、嚥下機能の評価、介入も必要です。
特に運動療法については、軽度から中等度の症状の患者が対象であり、疲労に十分に配慮し、運動強度は低強度から徐々に漸増することが原則です。
臼田 滋
群馬大学医学部保健学科理学療法学専攻 教授
群馬県理学療法士協会理事
理学療法士免許を取得後、大学病院で勤務し、理学療法養成校の教員となる。
小児から高齢者までの神経系理学療法が専門。
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