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第16回テニスのジュニア選手から理学療法士を目指すまで

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視覚障害者競技「ゴールボール」の日本代表チームトレーナーである、理学療法士の加藤瑛美さん。「理学療法士のことは知らなかったけれど、テニスのジュニア選手の頃から将来はスポーツトレーナーになりたかった」と語ります。加藤さんが理学療法士という仕事の奥深さに触れたのは、ジュニア選手時代のけががきっかけでした。

コーチよりもトレーナーとして選手をサポートしたいという思い

私は大学までテニスの選手をしていました。けがをしたときのリハビリテーションで今の職場である、「横浜市スポーツ医科学センター」に通ったことがスポーツのリハビリテーション職を目指すようになったきっかけです。手術が必要なほどの大けがの経験はないのですが、肉離れや捻挫でよく通院していました。
 
もともとスポーツトレーナーの仕事は気になっていて、高校生のときには大学に進学してテニス選手を続けるか、トレーナーになるための学校に進もうかと悩みました。ただその頃は、理学療法士という専門職のことはまったく知りませんでした。メンタルトレーナーの指導も受けていましたが、「トレーニングをサポートしたり、リハビリテーションに関わったりするのがトレーナーさん」という漠然としたイメージしかありませんでした。
 
イメージは漠然としていましたが、「テニス選手を続けるのか、サポートする側に回るのか」を考えたときには、コーチなどの「指導者」ではなく、トレーナーになりたいとは考えていたように思います。

リハビリによる身体の変化を通じて理学療法士の仕事に興味が

選手時代、私自身も患者として痛みが和らぐといった身体の変化を実感し、リハビリテーションの大切さに気づきました。トレーナーになるならここで働きたいと考えたのは、それがきっかけです。スポーツトレーナーには鍼灸師や柔道整復師のなどの医療資格を持った人が多いのですが、私は理学療法士以外は考えませんでした。
 
就職活動を始めたときには地元の北海道に帰ることも考えていましたが、両親が資格を取るための学校へ行ってもいいと言ってくれて、理学療法士を目指すことを決めました。
 
そのときは今の上司にも進学のことを相談し、ここで働くことを目標に養成校を受験しました。入学した養成校は夜間コースだったので、昼間は今の職場で理学療法士の助手としてアルバイトをすることに。資格の取得後は、晴れて正職員としての就職が決まりました。
 

ここのリハビリテーション科では、受診した患者さんが効果を実感できるリハビリテーションを目指しています。関節の可動域が広がることや痛みの緩和など、自宅でセルフケアを継続する動機づけとして、受診前後で何らかの変化を感じてもらうことが大切です。(次回へ続く)

安藤啓一

安藤啓一(あんどう けいいち)

福祉ジャーナリスト。大学在学中からフリー記者として活動を始める。1996年アトランタパラリンピックをきっかけに障害者スポーツの取材をはじめる。夏冬パラリンピックや国内大会を多数取材。パラリンピック関係者に読み継がれている障害者スポーツマガジン「アクティブジャパン」「パラリンピックマガジン」記者などを経験。日本障がい者スポーツ協会発行誌『No Limit』などの媒体にも寄稿している。取材活動のほかチェアスキー教室講師としてもスポーツに取り組んできた。共著に「みんなで楽しむ!障害者スポーツ」(学習研究社)がある。


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