競技経験があるからこそ選手のことを理解できる スポーツがリハビリテーションの可能性を広げます
公開日:2016.12.16 更新日:2021.08.23
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スポーツはリハビリテーションになるのか?

ボールをキャッチしながら車椅子を操作する。二重課題はこの競技の難しさと面白さだ。
───橘先生も車椅子バスケをなさっていましたね。
若いころからバスケットボールをしていましたが、膝を傷めてしまいました。車椅子ならもう一度バスケができるかもしれないと始めたのですが、車椅子バスケは難しいですよ。座っているから、立っているときよりもゴールは高い位置にあります。そして自分の手は、ボールをパスしながら、車椅子を漕いでいるわけです。二重の課題をこなしているから、普通のバスケットボールよりも難しく感じられます。
コーチをするなら車椅子に乗って一緒に試合をした経験があるほうが、車椅子に座るポジションや、競技をするとき何が大変であるかなどを、身体で感じながら理解できます。
特にトレーニング指導をするときは、自分の身体のどこに筋肉痛が出たか経験したことは、とても参考になっていますね。
───スポーツはリハビリテーションになりますか?
競技で「このプレーは重い障害のある選手には難しい」と思い込んでしまい、できる可能性があることを見過ごしているかもしれません。
人間は日常生活ですべての運動機能を使っているわけではありません。しかし、スポーツでは日常生活でしないような動きもするので、これまで使うチャンスのなかった残存機能を発見できるかもしれません。本人も麻痺していると思っていた関節が、数回の練習で動くようになることがあります。日常生活で使わない部分だから動かせなくなっていたケースです。スポーツを手段にリハビリテーションをしたら可能性は広がります。そもそも障害者スポーツのルーツは、リハビリテーションですしね。
スポーツだから、自分の限界以上にがんばれる 仲間と限界以上までがんばることは楽しい!

パラリンピックを目指している選手を指導する橘監督。障害の状況を見極めながらストレッチをする。
───スポーツだからこそ、可能なリハビリはありますか。
訓練室でリハビリするとき、患者は受け身になりがちです。また、病院でリハビリしているときに怪我をさせてしまったら、それは事故として扱われてしまいます。そのため、もう少しがんばったらできるかもしれない場面であっても、転倒させてはいけないので無理をさせることができません。セラピストにはそういった心理が働くので、保護的なリハビリになりがちです。
ところがスポーツでは、夢中でプレーをしたら突き指をすることもあります。もちろん、怪我をさせるために練習しているわけではありませんが、一生懸命に車椅子を漕げば手にできたマメがつぶれて血が出ることもあります。そこまでがんばるから上達するし、怪我をさせたと非難もされません。これは訓練室でなかなか得られない能力を引き出すことができる環境です。
───スポーツが好きな人であれば、練習というか、訓練するモチベーションが高まりそうですね。
「試合に参加したいから、そのためにこれもがんばろう」と意欲を持ちやすいですね。ある子どもは散歩すらしたがりませんでしが、バスケが上手くなりたいからと、自動車の送迎を断って、車椅子を漕いで登校するようになりました。このように、運動機能の強化にもつながっています。
運動機能が強化されると、生活のなかでできることが増えます。そうすると、また次の世界が見たいとさらにがんばれるようになります。
病院の個別リハビリテーションでは1対1のセラピーなので訓練内容がマンネリ化しやすく、モチベーションを高めにくい部分があります。脊髄損傷による起立性低血圧のリハビリは、起立台に立ったまま10分から15分ほどじっとしています。これはあまり面白い訓練ではないけれど、立ったままボールを投げる競技の「ボッチャ」をすると楽しいですよ。また、座位バランスの練習には「卓球バレー」という新しいスポーツが向いています。もちろん面白いからやるのではなくて、セラピストはリハビリとしての狙いがあるわけです。このように、スポーツをリハビリの手段に使うことができます。
理学療法士の専門知識で、身体障害を理解したトレーニングを提供できる
───理学療法士だからこそ、スポーツの世界でできることはありますか?
理学療法士の強みは、障害そのものを知っていることです。一般のスポーツコーチやトレーナーも健常な身体については勉強しています。
そして身体障害にはその特性ごとにトレーニングで注意しなければいけないことがあるけれど、ほとんどのスポーツ関係者はその知識を持っていません。しかし理学療法士なら医療の知識があるので、障害者スポーツの選手にはどのようなリスクがあるのか、障害についての専門知識を元に指導できます。
例えば、非常に強い側湾がある選手がいたとします。身体はねじれるように曲がり、しかも左右で肩の位置が異なります。このような選手の場合、左右差があるなかで左右対象の動作をしていくと、身体のどの部位で痛みが出やすいのかを理学療法士は考えることができます。その人が持っている障害そのものだけでなく、新たなスポーツ障害の可能性にも注意しながらコーチできるのです。
もっとスポーツをしよう 自分の可能性を切り拓くチャンスなのだから

練習中のアクシデント。テーピングをして選手の体調を気づかう。
───障害者のある方はどうすればスポーツを始められますか?
障害者自身が「自分にもスポーツができる」と思ってくれるかどうかが勝負です。怪我や病気による中途障害者の中には、スポーツ経験者もいます。ところが障害を持ってしまったためにスポーツはテレビで見るものになってしまったと思い込んでいるケースがたくさんあります。
その人に、「車椅子の競技もあるよ」と話せば、やってみようと思うかもしれません。実際に体験してもらい、「自分にもできたし、楽しい」ということを体感してもらうことが障害者スポーツに誘う秘訣です。
スポーツができることに気がついていない障害者は多くいます。また、スポーツをしたくても、どこに行けばできるのかを知らない人もたくさんいます。
───中途障害者とスポーツの接点としては、医療機関がありますね。
大学の附属病院で患者さんにアンケート調査をしたところ、6割の方は「何らかのスポーツをやりたい」と回答しました。そして退院した人にも聞いたところ、「スポーツをしている」という回答が目立ちました。ところがその内容は、家の周りのウォーキング、いわゆる散歩のレベルという人が圧倒的に多かったのです。
しかし本当は、「できることなら、野球、サッカー、バスケといったチームスポーツの球技を楽しみたい」という人がたくさんいました。
───障害者にとって、新たな自分の居場所を見つけることは大切ですね。
スポーツに取り組むことによって仲間ができるし、自分の居場所も見つかります。スポーツには身体を鍛えるだけではなく、社会性を回復するようなリハビリ効果もあります。
私の指導しているチームに交通事故で受傷した若い女性がいました。病院から訓練施設に移って就職活動をしていたけれど、社会に出ていく自信を持てずにいました。
そうしたときに障害者の訓練施設から紹介されて車椅子バスケを体験し、楽しいからやってみようと練習に通うようになりました。彼女は1年ほど、とてもがんばって練習を続けていました。私も「これは優秀な選手になりそうだ」と期待していました。ところがある日、「チームを辞めます」と突然に言い出してきたのです。驚きました。理由を聞くと、「東京に行って仕事をしたくなりました」と言います。
怪我をする前にも東京で仕事をしていたので、もう一度チャレンジしたくなったそうです。就労に向けて意欲的な気持ちになれたのは、車椅子バスケをしたからだと言ってくれました。バスケットを辞めてしまうことは残念でしたが、嬉しい話ですね。
スポーツをすることで、自分にもできることがあるという自信がつきます。自分自身を認めることにもつながるのだと思います。これからはセラピスト向けに障害者スポーツの講習会を開催したいと考えています。セラピストの皆さんも体験する機会がありましたら、ぜひチャレンジしてみてください。

安藤啓一(あんどう けいいち)
福祉ジャーナリスト。大学在学中からフリー記者として活動を始める。1996年アトランタパラリンピックをきっかけに障害者スポーツの取材をはじめる。夏冬パラリンピックや国内大会を多数取材。パラリンピック関係者に読み継がれている障害者スポーツマガジン「アクティブジャパン」「パラリンピックマガジン」記者などを経験。日本障がい者スポーツ協会発行誌『No Limit』などの媒体にも寄稿している。取材活動のほかチェアスキー教室講師としてもスポーツに取り組んできた。共著に「みんなで楽しむ!障害者スポーツ」(学習研究社)がある。
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